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異世界デート②
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「お姉様、本当に周瑛殿のことをお慕いしていないのよね?」
「もう、莞莞ってばしつこいよ。周瑛はただの友達!女友達みたいなもんだって」
「今をときめく出世頭を女友達扱いだなんて……後宮に勤める宮女達が聞いたらなんて言うかしら」
舜には身内以外の男性と親しくする文化が無い。
そのため、付き人も伴わずに木蓮が周瑛と二人で出掛けることに、莞莞は難色を示した。
それでなくとも周瑛はモテるらしく、寧世宮の見回りのために数日に一回来る時は、用もないのに他の屋敷の侍女が寧世宮前をうろつくらしい。
宮女からの嫉妬を心配する莞莞に、そもそも嫉妬されるようなものは何も無いと自負している木蓮は考え過ぎだと流した。
かくして寧世宮を出発し、人足、輿無しで初めて外朝に繰り出す。
御花園には入らず、外堀沿いの路を歩いていくと、遠くに東門が見えた。
紺色の生地に金糸と銀糸で刺繍を施した豪奢な旗袍に、赤い帽子、背中から真っ直ぐ垂らされた三つ編みの男が誰かを待っている。
「周瑛!」
同じ服装、髪型の男はこの城に何人もいるが、木蓮は後ろ姿だけで周瑛だとわかった。
振り返った周瑛の杏仁型の目が、30センチ近く身長差がある木蓮の目をとらえる。
「今日はいつもの変わった髪じゃないのか」
「外で悪目立ちしたくなかったから。そういえば、今日はどこに行くの?」
「巷で人気の歌劇の特別席を用意した。観劇の後は、最近出来たばかりだが評判の良い茶館で遅めの昼食を摂ろうと思う」
現代日本でも通じるデートプランである。
デートという言葉すら知らない文化圏で育ちながらそつなく女性が喜びそうなものを提示する辺り、さすがはモテる男だ。
街までは馬車での移動であるため、木蓮は周瑛の手を借りて乗り込んだ。
ベンチのような長椅子に腰かけ、向かいに周瑛が座ると、ゆったりと馬車が動き出す。
「お前が言っていたデートとやらは、どうやら西の国々では一般的なことのようだな。宮廷音楽家のワシリー・スミルノフは、アクイラやフォーブルドンといった国では未婚の男女が二人で出掛け、気が合うと確認してから婚約するのだと言っていた」
「待って、まず舜の宮廷に外国人いたの!?」
異世界のどこかにあったデートの風習よりも、明らかにヨーロッパやロシアっぽい人名、国名が出たことに木蓮は食いついた。
「先帝が洋楽趣味だったんだ。ここ最近は出番が無いが、交響楽団もある。団員は全員外国人で、多分四十人はいたな」
なんということだ。
勝手に中華風異世界だと思っていたが、ヨーロッパ風の国も存在するらしい。
「デートという言葉の語感からおそらくあちらの風習であろうと推測し、スミルノフ氏に助言を求めたんだが、お前の反応を見る限り正解だったようだな」
「そこまで頭回るとか、周瑛凄いよ」
感心したように呟く木蓮に、周瑛は不敵に笑った。
「以前お前は、俺相手じゃときめきもクソもないなんて言ったな」
「言った言った。事実だし」
「お前のような女らしさを捨てた女でさえ心を動かせることが出来るようになれば、より結婚相手の選択肢は広がる訳だ」
「え、結婚相手探してるの?」
思ってもみなかった発言に、木蓮は眉をつり上げた。
「周家は公主が降嫁したこともある名家だ。跡継ぎだった兄貴が去年戦争で死んでな、成人した男子は俺だけだからお鉢が回ってきた。兄貴の喪が明けるまでに婚約者を探す必要がある」
馬車の外を見ながらそう語る周瑛の横顔は、木蓮の知らない顔だった。
胸がざわつき、視線が周瑛に縫いつけられる。
「俺は何人も妻を持つ気はない。一人か二人で十分だ。どんな女を妻にしたいのか自分でもまだわからないが、秋波を送ってくる宮女達に心が動かないのは確かだ」
「それで、今回のデートで学習したことを色んな女性に試して、結婚したい女性を探すってわけ?」
「そういうことだ。着いたぞ」
馬車から降りて人混みの中を一緒に歩きながら、木蓮はモヤモヤとした気持ちを抱えた。
焦燥感とも苛立ちとも微妙に違うそれが胸を巣食い、自然と口数が少なくなる。
しかしモヤモヤは、歌劇場に入った瞬間に頭から吹き飛んだ。
オペラハウスさながらの、赤い壁に金細工を施した派手で優美な建造物に足を踏み入れると、ほんのりと茉莉花の香りがした。
周瑛が用意した特別席というのは二階にあり、屏風で他の客が見えないようになっている。
ほぼ個室の贅沢な空間に、木蓮は目を輝かせた。
「気に入ったか」
「うん!しかもここ、舞台を一望出来るね!」
客席から話し声が徐々になくなっていき、一瞬の静寂が劇場を支配する。
スルスルと緞帳が上がると同時に、あちこちで拍手が巻き起こった。
ワクワクを抑えながら木蓮も手を叩き、歌劇の始まりを息を潜めて見守った。
「もう、莞莞ってばしつこいよ。周瑛はただの友達!女友達みたいなもんだって」
「今をときめく出世頭を女友達扱いだなんて……後宮に勤める宮女達が聞いたらなんて言うかしら」
舜には身内以外の男性と親しくする文化が無い。
そのため、付き人も伴わずに木蓮が周瑛と二人で出掛けることに、莞莞は難色を示した。
それでなくとも周瑛はモテるらしく、寧世宮の見回りのために数日に一回来る時は、用もないのに他の屋敷の侍女が寧世宮前をうろつくらしい。
宮女からの嫉妬を心配する莞莞に、そもそも嫉妬されるようなものは何も無いと自負している木蓮は考え過ぎだと流した。
かくして寧世宮を出発し、人足、輿無しで初めて外朝に繰り出す。
御花園には入らず、外堀沿いの路を歩いていくと、遠くに東門が見えた。
紺色の生地に金糸と銀糸で刺繍を施した豪奢な旗袍に、赤い帽子、背中から真っ直ぐ垂らされた三つ編みの男が誰かを待っている。
「周瑛!」
同じ服装、髪型の男はこの城に何人もいるが、木蓮は後ろ姿だけで周瑛だとわかった。
振り返った周瑛の杏仁型の目が、30センチ近く身長差がある木蓮の目をとらえる。
「今日はいつもの変わった髪じゃないのか」
「外で悪目立ちしたくなかったから。そういえば、今日はどこに行くの?」
「巷で人気の歌劇の特別席を用意した。観劇の後は、最近出来たばかりだが評判の良い茶館で遅めの昼食を摂ろうと思う」
現代日本でも通じるデートプランである。
デートという言葉すら知らない文化圏で育ちながらそつなく女性が喜びそうなものを提示する辺り、さすがはモテる男だ。
街までは馬車での移動であるため、木蓮は周瑛の手を借りて乗り込んだ。
ベンチのような長椅子に腰かけ、向かいに周瑛が座ると、ゆったりと馬車が動き出す。
「お前が言っていたデートとやらは、どうやら西の国々では一般的なことのようだな。宮廷音楽家のワシリー・スミルノフは、アクイラやフォーブルドンといった国では未婚の男女が二人で出掛け、気が合うと確認してから婚約するのだと言っていた」
「待って、まず舜の宮廷に外国人いたの!?」
異世界のどこかにあったデートの風習よりも、明らかにヨーロッパやロシアっぽい人名、国名が出たことに木蓮は食いついた。
「先帝が洋楽趣味だったんだ。ここ最近は出番が無いが、交響楽団もある。団員は全員外国人で、多分四十人はいたな」
なんということだ。
勝手に中華風異世界だと思っていたが、ヨーロッパ風の国も存在するらしい。
「デートという言葉の語感からおそらくあちらの風習であろうと推測し、スミルノフ氏に助言を求めたんだが、お前の反応を見る限り正解だったようだな」
「そこまで頭回るとか、周瑛凄いよ」
感心したように呟く木蓮に、周瑛は不敵に笑った。
「以前お前は、俺相手じゃときめきもクソもないなんて言ったな」
「言った言った。事実だし」
「お前のような女らしさを捨てた女でさえ心を動かせることが出来るようになれば、より結婚相手の選択肢は広がる訳だ」
「え、結婚相手探してるの?」
思ってもみなかった発言に、木蓮は眉をつり上げた。
「周家は公主が降嫁したこともある名家だ。跡継ぎだった兄貴が去年戦争で死んでな、成人した男子は俺だけだからお鉢が回ってきた。兄貴の喪が明けるまでに婚約者を探す必要がある」
馬車の外を見ながらそう語る周瑛の横顔は、木蓮の知らない顔だった。
胸がざわつき、視線が周瑛に縫いつけられる。
「俺は何人も妻を持つ気はない。一人か二人で十分だ。どんな女を妻にしたいのか自分でもまだわからないが、秋波を送ってくる宮女達に心が動かないのは確かだ」
「それで、今回のデートで学習したことを色んな女性に試して、結婚したい女性を探すってわけ?」
「そういうことだ。着いたぞ」
馬車から降りて人混みの中を一緒に歩きながら、木蓮はモヤモヤとした気持ちを抱えた。
焦燥感とも苛立ちとも微妙に違うそれが胸を巣食い、自然と口数が少なくなる。
しかしモヤモヤは、歌劇場に入った瞬間に頭から吹き飛んだ。
オペラハウスさながらの、赤い壁に金細工を施した派手で優美な建造物に足を踏み入れると、ほんのりと茉莉花の香りがした。
周瑛が用意した特別席というのは二階にあり、屏風で他の客が見えないようになっている。
ほぼ個室の贅沢な空間に、木蓮は目を輝かせた。
「気に入ったか」
「うん!しかもここ、舞台を一望出来るね!」
客席から話し声が徐々になくなっていき、一瞬の静寂が劇場を支配する。
スルスルと緞帳が上がると同時に、あちこちで拍手が巻き起こった。
ワクワクを抑えながら木蓮も手を叩き、歌劇の始まりを息を潜めて見守った。
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