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異世界デート③
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「おい、いつまで泣いてるんだ」
「いや、もうね、こんな感動作だなんて予想してなかったから」
ずびっと鼻をかみ、木蓮は今日二枚目の手巾をダメにした。
今日の演目は、国を滅ぼそうと暗躍する女剣士と、衰退する国を守ろうとする官吏のラブストーリーだった。
初めは敵対していた二人が徐々に心を通わせていき、駆け落ちを決行するも軍の追手に捕まり、最後は二人とも処刑されるという内容だ。
涙腺決壊選手権があればまず間違いなくベスト3には入ると自負している木蓮は、中盤からずっと泣き通しだ。
嗚咽を漏らし、鼻をかみを繰り返す木蓮を、周瑛はずっと興味深げに見ていた。
「お前の泣き顔が面白すぎて全然話に集中出来なかった」
「うるさい。あー、たくさん泣いてすっきりした。お腹減っちゃった」
ようやく感動のスイッチがオフになったところで、木蓮の腹が空腹を訴えた。
劇場があったのは上流階級の人々が住む高級住宅街のど真ん中だが、周瑛が見つけた茶館はその住宅街の外れにあるらしい。
馬車を走らせることしばらく、住宅が減る代わりにのどかな畑が広がり始めた中で、一軒の茶館がぽつんと建っていた。
つい先ほどまで都の喧騒のただ中にあったため、木蓮は茶館の静寂さに心が癒された。
美しく装飾された金蓮堂の扁額と、花とお茶の芳しい香りが二人を迎える。
一階はそれなりに賑わっていたが、案内された二階にはまだ誰も客がいない。
これから混雑するのかと予想した木蓮だが、卓上に置かれていた“本日は二階貸切”と書かれた紙に目玉が飛び出そうになる。
店員がいそいそと紙を隠し、愛想の良さそうな笑顔で周瑛のもとに来た。
「おすすめの茶葉は?」
「良い白牡丹を仕入れましたよ、旦那様」
「じゃあそれと、包子を四つ。それから適当に炒め物でもつけてくれ」
「ただいまご用意いたします」
店員がいなくなると、木蓮はじっくりと店内を見渡した。
焦げ茶色の落ち着きのある調度品に、あちこちに活けられている芍薬の花が華やかさを添えている。
窓の外を見渡せば見事な庭園が広がっており、さながら貴族の屋敷のようだ。
注文を取ったのとは別の店員が、お茶を運んできた。
十五歳くらいの少女が顔を赤らめながらお茶を淹れ蓋碗を差し出すが、その目は周瑛に釘付けで、木蓮は視界に入っていないようだ。
「お茶が無くなりましたらお申し付けください」
座っている客に立ちながら上目遣いをするという高度な技を披露し、彼女は優雅な足取りで去っていった。
人が秋波を送る瞬間を初めて見た木蓮は、標的にされた周瑛の顔を盗み見た。
こういう場面には慣れているのか、無表情で蓋碗を手繰り寄せている。
冷める前にいただこうと、木蓮も蓋碗の蓋をずらした。
寧世宮で飲むお茶とも、都までの道中で飲んだお茶とも違う香りがする。
白茶の一種であることは想像がつくが、なんの茶葉かわからないまま一口含む。
「あ、このお茶美味しい。こっちで初めて飲む味だね」
甘くまろやかな口当たりは、味は全然違うが日本の玉露と似たようなものを感じる。
碗を空にする木蓮を見て、周瑛は少しだけ口元を綻ばせた。
「普段お前が飲んでいるのは白豪銀針という高級茶だ。内務府がお前の宮に届けるのは、皇后、徐貴妃と同じものだからな」
「その高級茶よりこっちのほうが美味しいと思った私って一体……」
「前から思っていたんだが、お前けっこう庶民的な味覚だよな」
「そりゃそうだよ。庶民だもん」
サラリーマンの父にスーパーでパートをしている母という、典型的な一般家庭で育ったのだ。当たり前である。
会話が途切れたその時、湯気を立てながら包子と炒め物が運ばれてきた。
炒め物は、青菜の塩炒めと白身魚の野菜餡かけだ。
食べ慣れているものが来たことにホッとしつつ木蓮は箸を取った。
「いや、もうね、こんな感動作だなんて予想してなかったから」
ずびっと鼻をかみ、木蓮は今日二枚目の手巾をダメにした。
今日の演目は、国を滅ぼそうと暗躍する女剣士と、衰退する国を守ろうとする官吏のラブストーリーだった。
初めは敵対していた二人が徐々に心を通わせていき、駆け落ちを決行するも軍の追手に捕まり、最後は二人とも処刑されるという内容だ。
涙腺決壊選手権があればまず間違いなくベスト3には入ると自負している木蓮は、中盤からずっと泣き通しだ。
嗚咽を漏らし、鼻をかみを繰り返す木蓮を、周瑛はずっと興味深げに見ていた。
「お前の泣き顔が面白すぎて全然話に集中出来なかった」
「うるさい。あー、たくさん泣いてすっきりした。お腹減っちゃった」
ようやく感動のスイッチがオフになったところで、木蓮の腹が空腹を訴えた。
劇場があったのは上流階級の人々が住む高級住宅街のど真ん中だが、周瑛が見つけた茶館はその住宅街の外れにあるらしい。
馬車を走らせることしばらく、住宅が減る代わりにのどかな畑が広がり始めた中で、一軒の茶館がぽつんと建っていた。
つい先ほどまで都の喧騒のただ中にあったため、木蓮は茶館の静寂さに心が癒された。
美しく装飾された金蓮堂の扁額と、花とお茶の芳しい香りが二人を迎える。
一階はそれなりに賑わっていたが、案内された二階にはまだ誰も客がいない。
これから混雑するのかと予想した木蓮だが、卓上に置かれていた“本日は二階貸切”と書かれた紙に目玉が飛び出そうになる。
店員がいそいそと紙を隠し、愛想の良さそうな笑顔で周瑛のもとに来た。
「おすすめの茶葉は?」
「良い白牡丹を仕入れましたよ、旦那様」
「じゃあそれと、包子を四つ。それから適当に炒め物でもつけてくれ」
「ただいまご用意いたします」
店員がいなくなると、木蓮はじっくりと店内を見渡した。
焦げ茶色の落ち着きのある調度品に、あちこちに活けられている芍薬の花が華やかさを添えている。
窓の外を見渡せば見事な庭園が広がっており、さながら貴族の屋敷のようだ。
注文を取ったのとは別の店員が、お茶を運んできた。
十五歳くらいの少女が顔を赤らめながらお茶を淹れ蓋碗を差し出すが、その目は周瑛に釘付けで、木蓮は視界に入っていないようだ。
「お茶が無くなりましたらお申し付けください」
座っている客に立ちながら上目遣いをするという高度な技を披露し、彼女は優雅な足取りで去っていった。
人が秋波を送る瞬間を初めて見た木蓮は、標的にされた周瑛の顔を盗み見た。
こういう場面には慣れているのか、無表情で蓋碗を手繰り寄せている。
冷める前にいただこうと、木蓮も蓋碗の蓋をずらした。
寧世宮で飲むお茶とも、都までの道中で飲んだお茶とも違う香りがする。
白茶の一種であることは想像がつくが、なんの茶葉かわからないまま一口含む。
「あ、このお茶美味しい。こっちで初めて飲む味だね」
甘くまろやかな口当たりは、味は全然違うが日本の玉露と似たようなものを感じる。
碗を空にする木蓮を見て、周瑛は少しだけ口元を綻ばせた。
「普段お前が飲んでいるのは白豪銀針という高級茶だ。内務府がお前の宮に届けるのは、皇后、徐貴妃と同じものだからな」
「その高級茶よりこっちのほうが美味しいと思った私って一体……」
「前から思っていたんだが、お前けっこう庶民的な味覚だよな」
「そりゃそうだよ。庶民だもん」
サラリーマンの父にスーパーでパートをしている母という、典型的な一般家庭で育ったのだ。当たり前である。
会話が途切れたその時、湯気を立てながら包子と炒め物が運ばれてきた。
炒め物は、青菜の塩炒めと白身魚の野菜餡かけだ。
食べ慣れているものが来たことにホッとしつつ木蓮は箸を取った。
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