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第一章 定食屋で育って
ブレンドコーヒー 1
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商店会の会合が終わってから、ナツさんの噂は一瞬で商店街に広まった。
祥太をはじめとする商店街の若者は、ナツさんの経歴を調べて崇拝し始めている。
私たちがかっこいいと思った若者向けWebムービーを作っていたのがナツさんだったと分かったりもして。
祥太はナツさんにお店の看板デザインを発注したらしい。ナツさんもナツさんで、かなり破格でデザインを請けてくれたのだとか……。
ナツさんがみんなに受け入れられているのは別にいいけれど、私はなんだか面白くない。今日も午後の休憩をナツさんのお店のカウンターで取っていた。
「みんな、ちゃっかりしすぎですよ。ナツさんはもうコーヒーショップの店長さんなんだから、デザインをお願いするんじゃなくてコーヒーを買っていくべきでしょ?」
この日に注文したコロンビア豆のコーヒーは、これまで飲んできたコーヒーとあまり印象が変わらず馴染みのある味だ。
「まあ、コーヒーショップの店長になってからは日が浅いですが、クリエイティブディレクターの職歴はそれなりに長いですからね。商店街のお役に立てるなら構いませんよ」
ナツさんはそう言うけれど、名刺からクリエイティブディレクターを取ろうとしていたくらいなんだから、本当は店長として成功したい人なんじゃないだろうか。
それに、私の勝手な思い込みかもしれないけれど、ナツさんはクリエイティブディレクターとしての自分を捨てようとしているようだ。
でなければ、どうしてあんなにインターネット上に名前や顔が出るような人が仕事を辞めてコーヒーショップを開いたのだろうか。
だけど、私のような部外者には、それをどうこう言う筋合いもない。
「ところで、気になっていたんですけど……このお店はブレンドコーヒーが無いんですか?」
私もこのお店に通うようになって10日以上、通算10杯以上のナツさんのコーヒーを飲んできた。
産地が限定されたいわゆる「シングルオリジン」のコーヒーを飲みながら、当然の様な疑問が浮かぶ。どのお店にも、ブレンドコーヒーというメニューはあるものだ。
「やっぱり……気になりますよねえ……」
私の言葉に、明らかに落ち込んでいるナツさん。まさかブレンドコーヒーがないのを尋ねるのは、禁句だったのだろうか。
「なんていうか、あるのが普通ってイメージがあって」
「やっぱり……普通のイメージはそうですよね。シングルオリジンだけじゃなく、ブレンドも用意すべきですよね」
「すべきかどうかは、分かりませんけど」
こういう、下町の商店街にいるようなおじさんおばさんは、シングルオリジンの複雑なオーダーを好まない。コーヒーと言えば「ブレンドコーヒー」一択があれば足りる、というような人たちばかりなのだ。
「実は、何度もオリジナルブレンドを作ろうとしたんですよ」
「へえ」
「でも、うまくいかなくて……」
「うまくいかない?」
私には、ブレンドコーヒーがうまくいかない、のイメージが全くつかない。
「ブレンドコーヒーって、いくつかの豆をブレンドして、調和させて飲みやすくしたりするんですけど、僕、分からなくなってしまうんです」
「……正解が?」
私の問いに、ナツさんは無言で頷いた。
ブレンドコーヒーの世界など知らないけれど、そんなに難しいのだろうか。
「例えば、どんな風に迷ってしまうんですか?」
「多くの人にとって飲みやすい、の定義に迷ったり、酸味と苦味のバランスに迷ったり、これからどんなフードメニューを出していくかも決まっていないからどんなものに合うのにすればいいのかも……」
「はい、難しく考えすぎ!」
私は呆れた。
あんなホイホイと商店街の人間に提案ができる男が、悩む内容がこれか。
「いいんですよ、フードメニューが増えたらブレンドコーヒーの種類を増やせば。最初に、ナツさんが美味しいと思ったブレンドコーヒーをひとつ作ってみれば良いじゃないですか」
私は当然のことを言っただけなのに、ナツさんは「ええー利津さん、そんな男気溢れる感じですかー?」と私を見ながら引いている。
「ああもう。もし……ご迷惑でなければ、ですよ」
「はい」
「私、ブレンドコーヒーの試飲と意見を言うくらいなら、協力します」
「え!!」
私は決しておかしなことは言っていないし、大した協力でもないはずだった。なのに、ナツさんはカウンター越しに私に握手を求めて来たから「ええ? やめてくださいよ……」と言いながらナツさんの手を渋々取る。
「利津さんが協力してくれるなんて、百人力です!」
「大袈裟です。1人分にすら足りません」
「いや、この瞬間、成功する未来が視えました!」
単純だなあ……。定食屋の給仕が協力するだけで、なんで百人力なんだろ。
それに手とか握られても困るんですけど……。
キラキラした目で嬉しそうなナツさんを見て、ああ、あのアゴ髭剃ってくれないかなーなんて変な感想が浮かぶ。
別に剃ったところでそこまで顔が変わるわけでもないけれど、写真で見たナツさんは若々しくて、ぱっと見だと私とあまり歳が変わらないように見えるから。
ん? 私とあまり歳が変わらないからなんだというのだ。
別に、ナツさんと同級生みたいに仲良くなりたいという訳じゃない。
「あの、ナツさん。手を離してもらっても……」
「ああ、すいません! 嬉しくて、つい!」
ナツさんは謝りながら苦笑した。人懐こそうな、くっきり二重が目立つ人だ。一緒にいると、なんかほっとするんだよなあ。
「じゃあ、利津さん、明日から意見もらってもいいですか?」
「……? ええ、別にいいですけど」
「午後お店に来ていただいた時に、試作品を用意しておきます!」
「はい」
さっきまで、ブレンドコーヒーという話を出した途端に顔を曇らせていたナツさんが、すっかりブレンドコーヒーづくりに燃えている。
別にいいけど、私は素人なんだってば……。本当にいいのかなあ……。
祥太をはじめとする商店街の若者は、ナツさんの経歴を調べて崇拝し始めている。
私たちがかっこいいと思った若者向けWebムービーを作っていたのがナツさんだったと分かったりもして。
祥太はナツさんにお店の看板デザインを発注したらしい。ナツさんもナツさんで、かなり破格でデザインを請けてくれたのだとか……。
ナツさんがみんなに受け入れられているのは別にいいけれど、私はなんだか面白くない。今日も午後の休憩をナツさんのお店のカウンターで取っていた。
「みんな、ちゃっかりしすぎですよ。ナツさんはもうコーヒーショップの店長さんなんだから、デザインをお願いするんじゃなくてコーヒーを買っていくべきでしょ?」
この日に注文したコロンビア豆のコーヒーは、これまで飲んできたコーヒーとあまり印象が変わらず馴染みのある味だ。
「まあ、コーヒーショップの店長になってからは日が浅いですが、クリエイティブディレクターの職歴はそれなりに長いですからね。商店街のお役に立てるなら構いませんよ」
ナツさんはそう言うけれど、名刺からクリエイティブディレクターを取ろうとしていたくらいなんだから、本当は店長として成功したい人なんじゃないだろうか。
それに、私の勝手な思い込みかもしれないけれど、ナツさんはクリエイティブディレクターとしての自分を捨てようとしているようだ。
でなければ、どうしてあんなにインターネット上に名前や顔が出るような人が仕事を辞めてコーヒーショップを開いたのだろうか。
だけど、私のような部外者には、それをどうこう言う筋合いもない。
「ところで、気になっていたんですけど……このお店はブレンドコーヒーが無いんですか?」
私もこのお店に通うようになって10日以上、通算10杯以上のナツさんのコーヒーを飲んできた。
産地が限定されたいわゆる「シングルオリジン」のコーヒーを飲みながら、当然の様な疑問が浮かぶ。どのお店にも、ブレンドコーヒーというメニューはあるものだ。
「やっぱり……気になりますよねえ……」
私の言葉に、明らかに落ち込んでいるナツさん。まさかブレンドコーヒーがないのを尋ねるのは、禁句だったのだろうか。
「なんていうか、あるのが普通ってイメージがあって」
「やっぱり……普通のイメージはそうですよね。シングルオリジンだけじゃなく、ブレンドも用意すべきですよね」
「すべきかどうかは、分かりませんけど」
こういう、下町の商店街にいるようなおじさんおばさんは、シングルオリジンの複雑なオーダーを好まない。コーヒーと言えば「ブレンドコーヒー」一択があれば足りる、というような人たちばかりなのだ。
「実は、何度もオリジナルブレンドを作ろうとしたんですよ」
「へえ」
「でも、うまくいかなくて……」
「うまくいかない?」
私には、ブレンドコーヒーがうまくいかない、のイメージが全くつかない。
「ブレンドコーヒーって、いくつかの豆をブレンドして、調和させて飲みやすくしたりするんですけど、僕、分からなくなってしまうんです」
「……正解が?」
私の問いに、ナツさんは無言で頷いた。
ブレンドコーヒーの世界など知らないけれど、そんなに難しいのだろうか。
「例えば、どんな風に迷ってしまうんですか?」
「多くの人にとって飲みやすい、の定義に迷ったり、酸味と苦味のバランスに迷ったり、これからどんなフードメニューを出していくかも決まっていないからどんなものに合うのにすればいいのかも……」
「はい、難しく考えすぎ!」
私は呆れた。
あんなホイホイと商店街の人間に提案ができる男が、悩む内容がこれか。
「いいんですよ、フードメニューが増えたらブレンドコーヒーの種類を増やせば。最初に、ナツさんが美味しいと思ったブレンドコーヒーをひとつ作ってみれば良いじゃないですか」
私は当然のことを言っただけなのに、ナツさんは「ええー利津さん、そんな男気溢れる感じですかー?」と私を見ながら引いている。
「ああもう。もし……ご迷惑でなければ、ですよ」
「はい」
「私、ブレンドコーヒーの試飲と意見を言うくらいなら、協力します」
「え!!」
私は決しておかしなことは言っていないし、大した協力でもないはずだった。なのに、ナツさんはカウンター越しに私に握手を求めて来たから「ええ? やめてくださいよ……」と言いながらナツさんの手を渋々取る。
「利津さんが協力してくれるなんて、百人力です!」
「大袈裟です。1人分にすら足りません」
「いや、この瞬間、成功する未来が視えました!」
単純だなあ……。定食屋の給仕が協力するだけで、なんで百人力なんだろ。
それに手とか握られても困るんですけど……。
キラキラした目で嬉しそうなナツさんを見て、ああ、あのアゴ髭剃ってくれないかなーなんて変な感想が浮かぶ。
別に剃ったところでそこまで顔が変わるわけでもないけれど、写真で見たナツさんは若々しくて、ぱっと見だと私とあまり歳が変わらないように見えるから。
ん? 私とあまり歳が変わらないからなんだというのだ。
別に、ナツさんと同級生みたいに仲良くなりたいという訳じゃない。
「あの、ナツさん。手を離してもらっても……」
「ああ、すいません! 嬉しくて、つい!」
ナツさんは謝りながら苦笑した。人懐こそうな、くっきり二重が目立つ人だ。一緒にいると、なんかほっとするんだよなあ。
「じゃあ、利津さん、明日から意見もらってもいいですか?」
「……? ええ、別にいいですけど」
「午後お店に来ていただいた時に、試作品を用意しておきます!」
「はい」
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