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第一章 定食屋で育って
夏祭り 2
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今年の夏祭りは、ナツさんとみんなで考えた「浴衣特典」が採用された。
浴衣を着て訪れるとお得なサービスが受けられるようなプランを、それぞれのお店が用意している。
祥太の美容室で浴衣の着付け500円、ヘアセットを1000円で出したところ、かなり好評で予約が埋まったらしい。
浴衣の着付けは女性ばかりだから、祥太は店にいられなくなって商店街をずっとフラフラしていた。
「よー。どうだよ、鮭とば」
「売れてるよ。目標はすでに達成しちゃった」
「いいなあ。この店、日葵さんも眺められるし、手伝おっか?」
祥太がそんなことを言って居座ろうとする。
「邪魔するならどっか行ってよ。商店会の手伝いしてるんじゃないの?」
「んーまあ、ね」
祥太は私が座っている隣に立って、道の方を向いている。
「ナツさんと、なんかあったの?」
ああ、なるほど。それを聞きたかったのか。
祥太は相変わらずお店の子のブリーチ実験台になっているらしく、今は白っぽい金髪のストレートヘアになっている。隣に立たれると表情は見えない。
背が高いのと細身なのがよく分かった。
「なんか、って言うほどのことはないよ。ただちょっと怒らせちゃったみたい」
「あの人でも怒ることあるんだな」
「ね」
私がそれ以上何も言わないから、祥太も何も言わなかった。
こういう気遣いができるから、私と祥太はなんだかんだ関係が続いているんだろう。
「有志でさ、夏祭りの打ち上げやろうって言ってんだよ、今夜。まあ夜の営業が無いお店だけだから限られるけど、駅前の居酒屋、一緒に行かね?」
「それ、私が行っても良いのかな?」
「良いに決まってんだろ? お前いつからこの商店街に居るんだよ」
「ああ、そうでした」
ナツさんがどうこうではなく。私にとってこの商店街は20年を過ごしてきた場所だ。
「大丈夫だよ」
「何が」
「気まずいとか思ってんだろ? 気にすんな。人間、誰だって生きてりゃ誰かを傷つける」
「でもね、傷つけたり怒らせたりするつもりはなかったんだ」
そうやってポツリポツリと本音を口に出すと、本当は夏祭りをきっかけにしてナツさんと元通りに話せるようになるかもと期待していたのだと思い出す。
人の願いとは楽観主義的に出来ていて、何かがきっかけできっとうまくいくだろう、なんて思いがちなのかもしれない。
ここまでずっと、ナツさんが私を訪ねて来てくれたことなんかなかったのに。この近い距離で、ひとことすらかけられたことはなかったのに。
「そんなもんだよ。怒らせるつもりなくても、言われたくない事ってのが予想外なところにあったりするからな。美容室の接客だけでもそういうのにはしょっちゅう出くわすよ。それだけ、利津とナツさんが色んな話をしたってことじゃないのかな」
祥太はそう言いながら、店の売り物である鮭とばを勝手に炙りはじめた。
「利津、お前、顔に寂しいって書いてある」
「そりゃ、寂しいよ」
「まあ、近くにいるのに話せないってのは、寂しいな」
「……」
それだけでもない、気がする。
こうなる直前、私とナツさんはすごくいい関係が築けていた、と思う。
私は、ナツさんを尊敬していたし、ナツさんも私を頼ってくれた。
「利津ってさ、ナツさんのこと好きだったわけ?」
祥太は炙った鮭とばの熱をふーふーと逃がしながら、やっぱり前を向いたまま言った。
「分かんない」
もう長いこと恋というのを知らない。ナツさんに対する感情がそういったものなのかもよく分からない。
「あのさ、これは俺の持論なんだけど。ここで否定しないってことはもう、好きで確定だろ」
「――……」
祥太の顔がこっちを向いているのが分かったのに、私はやっぱり前を向いたままだった。
否定しない……。確かに、否定はできなかった。だからと言って、肯定できるほど自分の感情も分からない。
「違うよ。好きだけど、そういう好きなのかは分からないってこと」
「利津は、そんなに好きの種類を使い分けられないと思う」
祥太は分かった風のことを言う。私の恋愛関係なんてそんなに知らないくせに、まるでお見通しだとでも言うように。
すぐに祥太が鮭とばをかじり始め、会話はそこで中断された。「やっぱこれ酒飲み用だろ」と笑いながら勝手に商品を食べている祥太に、私は文句のひとつすら言えなかった。
「今日の夜、もし俺が……ナツさんと利津を普通に戻してみようと思うって言ったら、乗る?」
「乗る!」
そこで初めて祥太と私は目が合った。祥太はいつも通りの顔でニコっと笑い、太陽に反射した髪の毛が妙に光ってちょっとだけヒーローのように見える。口の中には鮭とばが咀嚼されているくせに。
「よし、分かった。じゃあ、今日の夜迎えに来るから。逃げんなよ」
祥太はそう言って私の頭に手を置いた。同い年のくせに生意気な、その手はさっきまで鮭とばを握っていた手じゃないのかと私はその祥太を睨んだけど、太陽のように笑う祥太を見て感謝の気持ちが沸いて来る。
「……ありがと」
「おう」
「ところで、ナツさん来るの? 打ち上げ」
「来るって言ってたよ。遅くまでいられるように、うちに泊まることになってるし」
「……へえ」
ナツさん、祥太の家に泊まったりするのか。
……日葵さんは、今日どうするんだろう。
そんなことが気になっていたら、隣のお店の扉が開いて日葵さんが店内から出て来た。
「あ、こんにちは――」
日葵さんがキラキラの笑顔で挨拶をくれる。
「こんちは! 今日ずっとナツさん見てませんけど、何やってんですか?」
祥太がさりげなく日葵さんにナツさんのことを尋ねている。
確かに、声は何度か聞こえたけど顔を見ていない。
「ずーーっとアイスコーヒーを淹れてるの。豆の焙煎も足りなくなりそうだとか言ってるし、淹れる時に豆を挽くから大変みたい」
日葵さんはそう言ってふふっと笑いながら、店先に置いていたゴミ箱のゴミ袋を交換していた。
「接客から何から任されるのも、大変じゃないですか?」
私が日葵さんに声をかける。日葵さんとの距離は3メートルくらい離れている。声を張らなきゃいけない分、ナツさんにも聞こえているのだろうかとドキドキしながら。
「まあ、大変は大変だけど、楽しいから平気ですよ。ごめんなさい、2人の邪魔をしちゃって……」
気まずそうに日葵さんが謝ったので、何のことだろうかと私たちは一瞬固まった。
「いやいや、違います。私と祥太はそういうんじゃないです」
「利津、嘘でも良いから喜べよ」
日葵さんは何も言わずに笑顔で店内に消えて行った。
その扉が閉まるベルの音を聞きながら、日葵さんはすぐにナツさんと話せるんだななんてことが私の心によぎっていた。
浴衣を着て訪れるとお得なサービスが受けられるようなプランを、それぞれのお店が用意している。
祥太の美容室で浴衣の着付け500円、ヘアセットを1000円で出したところ、かなり好評で予約が埋まったらしい。
浴衣の着付けは女性ばかりだから、祥太は店にいられなくなって商店街をずっとフラフラしていた。
「よー。どうだよ、鮭とば」
「売れてるよ。目標はすでに達成しちゃった」
「いいなあ。この店、日葵さんも眺められるし、手伝おっか?」
祥太がそんなことを言って居座ろうとする。
「邪魔するならどっか行ってよ。商店会の手伝いしてるんじゃないの?」
「んーまあ、ね」
祥太は私が座っている隣に立って、道の方を向いている。
「ナツさんと、なんかあったの?」
ああ、なるほど。それを聞きたかったのか。
祥太は相変わらずお店の子のブリーチ実験台になっているらしく、今は白っぽい金髪のストレートヘアになっている。隣に立たれると表情は見えない。
背が高いのと細身なのがよく分かった。
「なんか、って言うほどのことはないよ。ただちょっと怒らせちゃったみたい」
「あの人でも怒ることあるんだな」
「ね」
私がそれ以上何も言わないから、祥太も何も言わなかった。
こういう気遣いができるから、私と祥太はなんだかんだ関係が続いているんだろう。
「有志でさ、夏祭りの打ち上げやろうって言ってんだよ、今夜。まあ夜の営業が無いお店だけだから限られるけど、駅前の居酒屋、一緒に行かね?」
「それ、私が行っても良いのかな?」
「良いに決まってんだろ? お前いつからこの商店街に居るんだよ」
「ああ、そうでした」
ナツさんがどうこうではなく。私にとってこの商店街は20年を過ごしてきた場所だ。
「大丈夫だよ」
「何が」
「気まずいとか思ってんだろ? 気にすんな。人間、誰だって生きてりゃ誰かを傷つける」
「でもね、傷つけたり怒らせたりするつもりはなかったんだ」
そうやってポツリポツリと本音を口に出すと、本当は夏祭りをきっかけにしてナツさんと元通りに話せるようになるかもと期待していたのだと思い出す。
人の願いとは楽観主義的に出来ていて、何かがきっかけできっとうまくいくだろう、なんて思いがちなのかもしれない。
ここまでずっと、ナツさんが私を訪ねて来てくれたことなんかなかったのに。この近い距離で、ひとことすらかけられたことはなかったのに。
「そんなもんだよ。怒らせるつもりなくても、言われたくない事ってのが予想外なところにあったりするからな。美容室の接客だけでもそういうのにはしょっちゅう出くわすよ。それだけ、利津とナツさんが色んな話をしたってことじゃないのかな」
祥太はそう言いながら、店の売り物である鮭とばを勝手に炙りはじめた。
「利津、お前、顔に寂しいって書いてある」
「そりゃ、寂しいよ」
「まあ、近くにいるのに話せないってのは、寂しいな」
「……」
それだけでもない、気がする。
こうなる直前、私とナツさんはすごくいい関係が築けていた、と思う。
私は、ナツさんを尊敬していたし、ナツさんも私を頼ってくれた。
「利津ってさ、ナツさんのこと好きだったわけ?」
祥太は炙った鮭とばの熱をふーふーと逃がしながら、やっぱり前を向いたまま言った。
「分かんない」
もう長いこと恋というのを知らない。ナツさんに対する感情がそういったものなのかもよく分からない。
「あのさ、これは俺の持論なんだけど。ここで否定しないってことはもう、好きで確定だろ」
「――……」
祥太の顔がこっちを向いているのが分かったのに、私はやっぱり前を向いたままだった。
否定しない……。確かに、否定はできなかった。だからと言って、肯定できるほど自分の感情も分からない。
「違うよ。好きだけど、そういう好きなのかは分からないってこと」
「利津は、そんなに好きの種類を使い分けられないと思う」
祥太は分かった風のことを言う。私の恋愛関係なんてそんなに知らないくせに、まるでお見通しだとでも言うように。
すぐに祥太が鮭とばをかじり始め、会話はそこで中断された。「やっぱこれ酒飲み用だろ」と笑いながら勝手に商品を食べている祥太に、私は文句のひとつすら言えなかった。
「今日の夜、もし俺が……ナツさんと利津を普通に戻してみようと思うって言ったら、乗る?」
「乗る!」
そこで初めて祥太と私は目が合った。祥太はいつも通りの顔でニコっと笑い、太陽に反射した髪の毛が妙に光ってちょっとだけヒーローのように見える。口の中には鮭とばが咀嚼されているくせに。
「よし、分かった。じゃあ、今日の夜迎えに来るから。逃げんなよ」
祥太はそう言って私の頭に手を置いた。同い年のくせに生意気な、その手はさっきまで鮭とばを握っていた手じゃないのかと私はその祥太を睨んだけど、太陽のように笑う祥太を見て感謝の気持ちが沸いて来る。
「……ありがと」
「おう」
「ところで、ナツさん来るの? 打ち上げ」
「来るって言ってたよ。遅くまでいられるように、うちに泊まることになってるし」
「……へえ」
ナツさん、祥太の家に泊まったりするのか。
……日葵さんは、今日どうするんだろう。
そんなことが気になっていたら、隣のお店の扉が開いて日葵さんが店内から出て来た。
「あ、こんにちは――」
日葵さんがキラキラの笑顔で挨拶をくれる。
「こんちは! 今日ずっとナツさん見てませんけど、何やってんですか?」
祥太がさりげなく日葵さんにナツさんのことを尋ねている。
確かに、声は何度か聞こえたけど顔を見ていない。
「ずーーっとアイスコーヒーを淹れてるの。豆の焙煎も足りなくなりそうだとか言ってるし、淹れる時に豆を挽くから大変みたい」
日葵さんはそう言ってふふっと笑いながら、店先に置いていたゴミ箱のゴミ袋を交換していた。
「接客から何から任されるのも、大変じゃないですか?」
私が日葵さんに声をかける。日葵さんとの距離は3メートルくらい離れている。声を張らなきゃいけない分、ナツさんにも聞こえているのだろうかとドキドキしながら。
「まあ、大変は大変だけど、楽しいから平気ですよ。ごめんなさい、2人の邪魔をしちゃって……」
気まずそうに日葵さんが謝ったので、何のことだろうかと私たちは一瞬固まった。
「いやいや、違います。私と祥太はそういうんじゃないです」
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