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第一章 定食屋で育って
新メニュー 1
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ナツさんと調査に行った時に話していた、新メニューの件は立ち消えにはなっていなかった。
私はまた、ナツさんに試食や意見を聞きたいと言われている。
味の意見を述べる位でしか役に立てないけれど、ナツさんは喜んでくれるからすっかりやる気になっていた。
2日に1度ほど会いに行っているナツさんと違って、祥太とは会っていない。そろそろ髪を切りに行こうかと思う度、美容室に行くことに二の足を踏んでしまった。
そろそろ、髪をなんとかしたい、のに。
美容室の大きな鏡に自分を映されてしまうと、嫌でも日葵さんと違う自分に落ち込むのが明らかで。
そんなことを考えたってどうにもならないっていうのに、日葵さんにはなれないんだと思うと悲しくなるばっかりだ。
多分、祥太には私のこの気持ちがバレているのだと思う。
祥太と私は家族みたいなもので、家族は恋愛にはならない。
だからずっと適度な距離感で付き合ってこれたのだろう。
お互いの両親との関係も良くて、家族ぐるみで仲良くしていて。
昔から知っているから、ちょっとしたことでは信頼も揺らがない。
それはある意味結婚のような制度には向いているのだろうけど、その前に恋愛があるとなるとハードルはものすごく高い。
私も祥太も、お互いを恋愛対象として見たことはない。
どうして恋愛は手に入らない人を望んでしまうのだろう。
どうしたら好きな人に好かれる人になるんだろう。
巷のカップルが遠い存在に思えて仕方がない。
ナツさんが私のことを全く女性として意識していないのが明らかなのに。
まあ、祥太が手に入る人かというとそういうわけではないとしても。
私は、そんなことを考えながらナツさんの新メニュー試作品を待っていた。
「お待たせしました~」
ナツさんが運んできたのは、形を留めるのすら難しそうなスフレパンケーキ。くたっとした外見の黄色いパンケーキは、表面をきつね色に焼かれていて2枚が支え合っているかのように重なっている。
上に載った丸いバターが溶けかけていて、横にクリームとミントの葉が添えられて粉砂糖がまぶされいて……。
「うん、ノーマルですけど、美味しそう!」
「ノーマル!!」
私の第一印象にナツさんがショックを受けたようだ。
そりゃそうか。相手はクリエイティブ界では有名人で、きっとこういう見た目に関してはプロ中のプロだというのに。
「いや、ほら、果物とかが無いって意味ですよ」
「最初に見た感想が全てだと思うんです、僕」
ナツさんは落ち込んでいる。ああ、しまった。普通に美味しそうって言っておけばよかった……。
食べた感想で信頼を取り戻そうと、私はお皿の横に置かれたメープルシロップの入った小さな器を持ち上げる。
「あ、最初はシロップかけないで食べてみてもらっても良いですか??」
「……はい。そうでした。ごめんなさい」
これは試食でした。味の感想を言わなきゃいけないのに、いきなりシロップをかけるのはよくない。間違いない。
ナイフとフォークが一緒に運ばれてきていたので、それを使って切ろうとする。この柔らかさはメレンゲによるものだろう、ナイフを刺した場所から「シュワ」っと泡を切った音が立った。
フォークだけで充分切れる柔らかさ。
ひと口大にしたそのパンケーキを口の中に入れる。口の中でも、また泡が弾けるような音がする。
「……どうでしょうか?」
「はい、ええと……」
さっきナツさんをがっかりさせたから、言葉を選ぼうと頭をフル回転させる。
「スフレパンケーキらしくて、期待を裏切らないと思います」
「……味は……」
「普通に美味しいです」
「普通ですか……」
ナツさんは私の言葉を繰り返すと、「いや、本音は違いますよね?」と疑り深い目でこちらを見る。
「……これ、コーヒーに合うとは思えなくて」
「本音きついです……ありがとうございます……」
なぜこのお店にスフレパンケーキを出そうと思ったのか。ナツさんは、これなら飽きられないで食べてもらえると思ったんですと白状する。
「日本でロングヒットするスイーツって、『ふわふわ』とか『とろける』『なめらか』な食感で『卵を使って作られている』んですよ」
「なんですかそれ……誰が言ってんですか?」
「お菓子業界では割と有名ですよ。フランスではお菓子も食感をより複雑にしないと認められにくいんですが、日本はとにかく『ふわふわ』『とろける』好きな国民だと言われています。フランスで修行を終えたパティシエはそこでつまづくらしくて。日本のショートケーキも日本発祥ですからね」
どうだろうか、と思い返してみる。ショートケーキに代表されるスポンジケーキ、シュークリーム、プリン、カステラなんかは確かにナツさんが言う話に合うような気がするけど、別にそれだけってこともないような気がする。
「なんでふわふわじゃなきゃいけないんですか?」
「噛み切るストレスがかかる料理があまり受け入れられないのが日本なので」
「んー……例えば?」
「日本の牛肉は海外に比べて圧倒的に柔らかいですし、柔らかいことが正義ではないでしょうか?」
「世界の神戸ビーフ……」
確かにそうかもしれない。海外はパンも堅い。日本のパンは柔らかくてモチモチとした水分量が多いものが好まれている。
何故海外では柔らかくする工夫が発展しないのだろうか。つまり、それを求めているわけではないってこと??
「ナツさん、あと気になったんですけど。ひとりで営業するのに向いていないと思うんですけど、このメニュー」
「それは……これから考えようと思ってましたっっ!」
まさかのノープラン!!
「いやー無理無理無理。控え目に言って無謀です」
なんで一品ごとにメレンゲを作る手間がかかるメニューをワンオペ営業でやろうと思った??
はははは、冗談きっついわあ~。
私が止めなかったら、オペレーションが死んでしまうわ~。
……脳内に関西人が出没しちゃうからやめて欲しい。
その時、店のカウベルが鳴った。店に入って来る人を見て、私は咄嗟に声をあげる。
「日葵さん! お久しぶりです!」
いつか、こういうことが起きるとは思っていたけど。
私はまた、ナツさんに試食や意見を聞きたいと言われている。
味の意見を述べる位でしか役に立てないけれど、ナツさんは喜んでくれるからすっかりやる気になっていた。
2日に1度ほど会いに行っているナツさんと違って、祥太とは会っていない。そろそろ髪を切りに行こうかと思う度、美容室に行くことに二の足を踏んでしまった。
そろそろ、髪をなんとかしたい、のに。
美容室の大きな鏡に自分を映されてしまうと、嫌でも日葵さんと違う自分に落ち込むのが明らかで。
そんなことを考えたってどうにもならないっていうのに、日葵さんにはなれないんだと思うと悲しくなるばっかりだ。
多分、祥太には私のこの気持ちがバレているのだと思う。
祥太と私は家族みたいなもので、家族は恋愛にはならない。
だからずっと適度な距離感で付き合ってこれたのだろう。
お互いの両親との関係も良くて、家族ぐるみで仲良くしていて。
昔から知っているから、ちょっとしたことでは信頼も揺らがない。
それはある意味結婚のような制度には向いているのだろうけど、その前に恋愛があるとなるとハードルはものすごく高い。
私も祥太も、お互いを恋愛対象として見たことはない。
どうして恋愛は手に入らない人を望んでしまうのだろう。
どうしたら好きな人に好かれる人になるんだろう。
巷のカップルが遠い存在に思えて仕方がない。
ナツさんが私のことを全く女性として意識していないのが明らかなのに。
まあ、祥太が手に入る人かというとそういうわけではないとしても。
私は、そんなことを考えながらナツさんの新メニュー試作品を待っていた。
「お待たせしました~」
ナツさんが運んできたのは、形を留めるのすら難しそうなスフレパンケーキ。くたっとした外見の黄色いパンケーキは、表面をきつね色に焼かれていて2枚が支え合っているかのように重なっている。
上に載った丸いバターが溶けかけていて、横にクリームとミントの葉が添えられて粉砂糖がまぶされいて……。
「うん、ノーマルですけど、美味しそう!」
「ノーマル!!」
私の第一印象にナツさんがショックを受けたようだ。
そりゃそうか。相手はクリエイティブ界では有名人で、きっとこういう見た目に関してはプロ中のプロだというのに。
「いや、ほら、果物とかが無いって意味ですよ」
「最初に見た感想が全てだと思うんです、僕」
ナツさんは落ち込んでいる。ああ、しまった。普通に美味しそうって言っておけばよかった……。
食べた感想で信頼を取り戻そうと、私はお皿の横に置かれたメープルシロップの入った小さな器を持ち上げる。
「あ、最初はシロップかけないで食べてみてもらっても良いですか??」
「……はい。そうでした。ごめんなさい」
これは試食でした。味の感想を言わなきゃいけないのに、いきなりシロップをかけるのはよくない。間違いない。
ナイフとフォークが一緒に運ばれてきていたので、それを使って切ろうとする。この柔らかさはメレンゲによるものだろう、ナイフを刺した場所から「シュワ」っと泡を切った音が立った。
フォークだけで充分切れる柔らかさ。
ひと口大にしたそのパンケーキを口の中に入れる。口の中でも、また泡が弾けるような音がする。
「……どうでしょうか?」
「はい、ええと……」
さっきナツさんをがっかりさせたから、言葉を選ぼうと頭をフル回転させる。
「スフレパンケーキらしくて、期待を裏切らないと思います」
「……味は……」
「普通に美味しいです」
「普通ですか……」
ナツさんは私の言葉を繰り返すと、「いや、本音は違いますよね?」と疑り深い目でこちらを見る。
「……これ、コーヒーに合うとは思えなくて」
「本音きついです……ありがとうございます……」
なぜこのお店にスフレパンケーキを出そうと思ったのか。ナツさんは、これなら飽きられないで食べてもらえると思ったんですと白状する。
「日本でロングヒットするスイーツって、『ふわふわ』とか『とろける』『なめらか』な食感で『卵を使って作られている』んですよ」
「なんですかそれ……誰が言ってんですか?」
「お菓子業界では割と有名ですよ。フランスではお菓子も食感をより複雑にしないと認められにくいんですが、日本はとにかく『ふわふわ』『とろける』好きな国民だと言われています。フランスで修行を終えたパティシエはそこでつまづくらしくて。日本のショートケーキも日本発祥ですからね」
どうだろうか、と思い返してみる。ショートケーキに代表されるスポンジケーキ、シュークリーム、プリン、カステラなんかは確かにナツさんが言う話に合うような気がするけど、別にそれだけってこともないような気がする。
「なんでふわふわじゃなきゃいけないんですか?」
「噛み切るストレスがかかる料理があまり受け入れられないのが日本なので」
「んー……例えば?」
「日本の牛肉は海外に比べて圧倒的に柔らかいですし、柔らかいことが正義ではないでしょうか?」
「世界の神戸ビーフ……」
確かにそうかもしれない。海外はパンも堅い。日本のパンは柔らかくてモチモチとした水分量が多いものが好まれている。
何故海外では柔らかくする工夫が発展しないのだろうか。つまり、それを求めているわけではないってこと??
「ナツさん、あと気になったんですけど。ひとりで営業するのに向いていないと思うんですけど、このメニュー」
「それは……これから考えようと思ってましたっっ!」
まさかのノープラン!!
「いやー無理無理無理。控え目に言って無謀です」
なんで一品ごとにメレンゲを作る手間がかかるメニューをワンオペ営業でやろうと思った??
はははは、冗談きっついわあ~。
私が止めなかったら、オペレーションが死んでしまうわ~。
……脳内に関西人が出没しちゃうからやめて欲しい。
その時、店のカウベルが鳴った。店に入って来る人を見て、私は咄嗟に声をあげる。
「日葵さん! お久しぶりです!」
いつか、こういうことが起きるとは思っていたけど。
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