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第三章 足りない僕とコーヒーと
平日の営業 3
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「へえ……なんだか、ナツさんがコーヒーショップの店長さんをしている理由が分かった気がします」
「そうですか?」
「だってナツさん、前の仕事では提案をするのが仕事だったんですよね?」
よく知ってるな、そんなこと。そういえば、前の仕事でインタビュー受けてそう言うことにしてたんだっけ。
意外と、利津さんには僕がどんな人物なのかを調べられているのかもしれない。
「コーヒーショップも、色んな提案ができますね」
「そうですね」
「羨ましいなあ」
羨ましい? 聞き間違えたかな?? 利津さんに羨ましがられる要素、どこにもないもんな……。
「ナツさんは、何をしていてもそうなんですね」
「何をしていても……?」
「商店会にいても、お店にいても、常に提案をしているじゃないですか」
「そうでしたっけ……?」
自覚がない。常に提案……。
お店にいる時は提案も何も、メニューにして注文されたものを出しているだけだしなあ。
商店会は、単にアイデアを言っただけで……。
「今まで私、ナツさんみたいな人に会ったこと無かったですもん」
「それは、単に利津さんより年が行ってるってだけだと思いますけど……」
僕の感覚からすると、どんな仕事だって提案が必要だ。営業職だって、販売だって、接客だって、全部提案が要る。
コーヒーショップだからといって、特別提案力が必要ということはない。
「だって、ナツさんと会ってから私、どんどん色んな事を考えるようになってます」
「色んな事……?」
僕はカウンターの中でカップを拭いている。
いつも利津さんとはこの距離で接客をしているけれど、普段より込み入った話をしている気がした。
「ナツさんにコーヒーのことを教わって、ペアリングのことを考えるようになって、なんだか世界が広がって」
「そうですね、コーヒーの世界は広いですね。利津さんが世界を広げただけで、僕は何もしていませんけど」
利津さんの持つ味覚と嗅覚は、コーヒーを楽しむのに向いている。
大抵の人はコーヒーの酸味は分かっても、それがどんな種類の酸味なのか分からないし、コクの強さを正確に把握する能力もない。
まして、香りを嗅いだだけで産地を言い当てるような嗅覚は、普通ではない。
味覚は訓練で鍛えることができるけれど、利津さんの持っているものは鍛錬で到達できる範疇を超えていた。
「利津さんは、コーヒーに向いていると思いますよ」
「……コーヒーショップの店員にですか?」
「まあ、そうですね、向いていると思います」
利津さんは焙煎士やコーヒーブレンダーなんか適任かもしれない。それに、豆の仕入れなんかも任せられるだろう。
僕より、利津さんの方がコーヒーショップに向いている。
この世に利津さんのような人が他にもいるのだと想像に難くないわけで、僕はコーヒーショップの店長としてのレベルは低いのだろう。
この間、祥太くんに天才肌の話を聞いたけれど、確かに天才肌ってやつは周りに劣等感を与える。
僕は利津さんと話しているうちに生まれた劣等感をなるべく奥に追いやるようにしてから、利津さんの水を足す。
食の世界でトップを走れるような人生を送っては来なかったのだから、ここで利津さんに嫉妬をするのは筋違いだ。
「私、コーヒーショップで働いて……ナツさんの手伝いができたらなあ」
「……え??」
「もっともっと、コーヒーのことが勉強できるし、ナツさんの役にも立てるのに」
「い、いや……そんな。恐れ入ります」
利津さん、何を言っているんだろうか。
下宿させてもらっているだけでも、僕は充分お世話になってるっていうのに。
「いや、ありがたいですけど、僕が利津さんに教えられることなんて大してありませんよ」
「ナツさんは、自分のことがよく分かっていないんですか?」
「いや、よく分かってますって」
利津さんの方が、豆の違いを明確に分かっている。僕は知識の範囲と一般的な味覚を頼りに、あとはクリエイティブで勝負するしかない。
「祥太が言ってたんです。人間って『素』よりも『繕い方』が大事なんだって。最初聞いた時、私はそんなの嫌だって本能的に思ったんですけど……」
「今は、納得しているんですか?」
祥太くんらしい理屈だ。
確かに、素を出すのは家族や身近な人の前だけで良い。社会に出たら取り繕う技術って意外と大事だし、美容師はそういうことをする人のためにあるって言いたいんだろう。自虐も含めて。
「私に足りないのは、そういうところなんだろうなって分かって来て。ナツさんは、あらゆることの魅せ方が上手いじゃないですか」
えーと? これは僕の素が否定されているわけじゃなくて、僕のクリエイティブが良いってことで間違いないのかな?? 褒められてるよね??
「利津さんは、自分を取り繕いたくなったんですか?」
「だって、日葵さんみたいに綺麗な人がいるのに、私が何も努力をしないのは諦めているのと同じだなと思って」
うん、日葵はメイクうまいよね。すっぴんビックリするよ。
整ってはいるけど、左右差が結構あるのにメイクすると全然分からなくなるんだから。
「それで利津さんがいいなら僕は別に否定しませんけど、さっき言った通り利津さんはちゃんとすっぴんも……」
「やめてください! 調子に乗らせようとしないでください!」
なんで?? 褒めてるだけなのに、ちょっと叱られ気味なんですけど??
僕はカップを拭く手を止めずに、利津さんに怪訝な表情を向けてしまった。
「調子に乗らせているわけじゃなく、僕は利津さんが素を出しがちなところを評価してるって言いたいだけです」
「……そうですか」
「今度はなんでそんな落ち込んでるんですか」
「私の努力は全く評価されないんだなって……」
あっ……。そういえばそういう意味か。しまった。
「評価はしています!」
「……いいですよ、もう」
僕って、こういうところが本当にダメだ。
それに、何度反省しても同じような失敗をする。救いようがない。
「すいません、利津さんをただ褒めようと思っただけで」
「ナツさんてクリエイティブ発想でいつも隙が無いと思いきや、そうでもないんですね」
「返す言葉もございません……」
僕が気まずそうにしていると、利津さんは楽しそうにこっちを見ている。
もうすぐ、利津さんは夜の営業を前に仕込みに帰って行く。
その後で僕らは、夕食を一緒にとるようになっていた。
「そうですか?」
「だってナツさん、前の仕事では提案をするのが仕事だったんですよね?」
よく知ってるな、そんなこと。そういえば、前の仕事でインタビュー受けてそう言うことにしてたんだっけ。
意外と、利津さんには僕がどんな人物なのかを調べられているのかもしれない。
「コーヒーショップも、色んな提案ができますね」
「そうですね」
「羨ましいなあ」
羨ましい? 聞き間違えたかな?? 利津さんに羨ましがられる要素、どこにもないもんな……。
「ナツさんは、何をしていてもそうなんですね」
「何をしていても……?」
「商店会にいても、お店にいても、常に提案をしているじゃないですか」
「そうでしたっけ……?」
自覚がない。常に提案……。
お店にいる時は提案も何も、メニューにして注文されたものを出しているだけだしなあ。
商店会は、単にアイデアを言っただけで……。
「今まで私、ナツさんみたいな人に会ったこと無かったですもん」
「それは、単に利津さんより年が行ってるってだけだと思いますけど……」
僕の感覚からすると、どんな仕事だって提案が必要だ。営業職だって、販売だって、接客だって、全部提案が要る。
コーヒーショップだからといって、特別提案力が必要ということはない。
「だって、ナツさんと会ってから私、どんどん色んな事を考えるようになってます」
「色んな事……?」
僕はカウンターの中でカップを拭いている。
いつも利津さんとはこの距離で接客をしているけれど、普段より込み入った話をしている気がした。
「ナツさんにコーヒーのことを教わって、ペアリングのことを考えるようになって、なんだか世界が広がって」
「そうですね、コーヒーの世界は広いですね。利津さんが世界を広げただけで、僕は何もしていませんけど」
利津さんの持つ味覚と嗅覚は、コーヒーを楽しむのに向いている。
大抵の人はコーヒーの酸味は分かっても、それがどんな種類の酸味なのか分からないし、コクの強さを正確に把握する能力もない。
まして、香りを嗅いだだけで産地を言い当てるような嗅覚は、普通ではない。
味覚は訓練で鍛えることができるけれど、利津さんの持っているものは鍛錬で到達できる範疇を超えていた。
「利津さんは、コーヒーに向いていると思いますよ」
「……コーヒーショップの店員にですか?」
「まあ、そうですね、向いていると思います」
利津さんは焙煎士やコーヒーブレンダーなんか適任かもしれない。それに、豆の仕入れなんかも任せられるだろう。
僕より、利津さんの方がコーヒーショップに向いている。
この世に利津さんのような人が他にもいるのだと想像に難くないわけで、僕はコーヒーショップの店長としてのレベルは低いのだろう。
この間、祥太くんに天才肌の話を聞いたけれど、確かに天才肌ってやつは周りに劣等感を与える。
僕は利津さんと話しているうちに生まれた劣等感をなるべく奥に追いやるようにしてから、利津さんの水を足す。
食の世界でトップを走れるような人生を送っては来なかったのだから、ここで利津さんに嫉妬をするのは筋違いだ。
「私、コーヒーショップで働いて……ナツさんの手伝いができたらなあ」
「……え??」
「もっともっと、コーヒーのことが勉強できるし、ナツさんの役にも立てるのに」
「い、いや……そんな。恐れ入ります」
利津さん、何を言っているんだろうか。
下宿させてもらっているだけでも、僕は充分お世話になってるっていうのに。
「いや、ありがたいですけど、僕が利津さんに教えられることなんて大してありませんよ」
「ナツさんは、自分のことがよく分かっていないんですか?」
「いや、よく分かってますって」
利津さんの方が、豆の違いを明確に分かっている。僕は知識の範囲と一般的な味覚を頼りに、あとはクリエイティブで勝負するしかない。
「祥太が言ってたんです。人間って『素』よりも『繕い方』が大事なんだって。最初聞いた時、私はそんなの嫌だって本能的に思ったんですけど……」
「今は、納得しているんですか?」
祥太くんらしい理屈だ。
確かに、素を出すのは家族や身近な人の前だけで良い。社会に出たら取り繕う技術って意外と大事だし、美容師はそういうことをする人のためにあるって言いたいんだろう。自虐も含めて。
「私に足りないのは、そういうところなんだろうなって分かって来て。ナツさんは、あらゆることの魅せ方が上手いじゃないですか」
えーと? これは僕の素が否定されているわけじゃなくて、僕のクリエイティブが良いってことで間違いないのかな?? 褒められてるよね??
「利津さんは、自分を取り繕いたくなったんですか?」
「だって、日葵さんみたいに綺麗な人がいるのに、私が何も努力をしないのは諦めているのと同じだなと思って」
うん、日葵はメイクうまいよね。すっぴんビックリするよ。
整ってはいるけど、左右差が結構あるのにメイクすると全然分からなくなるんだから。
「それで利津さんがいいなら僕は別に否定しませんけど、さっき言った通り利津さんはちゃんとすっぴんも……」
「やめてください! 調子に乗らせようとしないでください!」
なんで?? 褒めてるだけなのに、ちょっと叱られ気味なんですけど??
僕はカップを拭く手を止めずに、利津さんに怪訝な表情を向けてしまった。
「調子に乗らせているわけじゃなく、僕は利津さんが素を出しがちなところを評価してるって言いたいだけです」
「……そうですか」
「今度はなんでそんな落ち込んでるんですか」
「私の努力は全く評価されないんだなって……」
あっ……。そういえばそういう意味か。しまった。
「評価はしています!」
「……いいですよ、もう」
僕って、こういうところが本当にダメだ。
それに、何度反省しても同じような失敗をする。救いようがない。
「すいません、利津さんをただ褒めようと思っただけで」
「ナツさんてクリエイティブ発想でいつも隙が無いと思いきや、そうでもないんですね」
「返す言葉もございません……」
僕が気まずそうにしていると、利津さんは楽しそうにこっちを見ている。
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その後で僕らは、夕食を一緒にとるようになっていた。
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