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終章 人生の酸いも苦いも
変化を受け入れて 1
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私はPCの画面を睨んで、さてこの注文はどう裁こうかと考えている。
50人分のお弁当の発注が入ったばかりで、同日に20人分が追加された。
「うーん……やっぱり茜さんにヘルプを頼むしかないか」
結城茜さんに手伝って欲しいと臨時バイトの電話をすると、いつも快諾してくれる。
そればかりか、最近は茜さんの料理教室に通う生徒さんまでもが手伝いに入ってくれるようになった。
「定食まなべ」が仕出し弁当屋にシフトしてからというもの、定食屋よりも数が見えない発注に毎日翻弄されるようになっている。
全く注文がない日もあるけれど、お父さんは仕事を辞めずに済んでいることがよっぽど嬉しいのか、いつも楽しそうだ。
そして、月の売上は前の定食屋の時よりも良い。法事などだけでなく、商店街関係の集まりや近所のサークルの会合などでも注文をもらえている。
定食屋だった時の縁が、そのまま注文になっていた。
配膳がないこともあって、常にバイトが要るというわけでもない。
ただ、目の前にお客さんがいた日々を思い出すと、あれはあれで幸せだったんだなと最近はよく思い出す。
お弁当では、どんな表情で食べてくれているのかが分からない。
お店を出て行くときに向けてもらえていた「ご馳走様」が聞けないというのはやっぱり寂しい。
私は発注関係の仕事を終えると隣のお店に向かう。
カウベルがカラランと鳴って、カウンターからこちらを見るいつものナツさん。この顔を家でもお店でも見るようになったのに、未だに私は毎回胸の奥が音を立てる。
「もう、発注関係は大丈夫そうですか?」
「はい。焙煎に入りますね」
ナツさんに焙煎機の使い方を教えてもらい、私は焙煎士になった。
お父さんのお店を手伝わなくてもよくなってから、ナツさんは私をバイトとして雇ってくれたのだ。
私がコーヒーを焙煎している間、ナツさんは焼き菓子を焼いたり店内の準備をする。
ナツさんはお菓子作りが上手くて、焼き菓子がコーヒーと一緒に注文されるようになっていた。
「そろそろ、2種目のブレンドコーヒーを作ろうと思うのですが」
「賛成です! 何にしましょう??」
私が焙煎機を動かしながら興奮気味に言うと、ナツさんは穏やかに笑う。
「今度こそ、リツブレンドにしましょう。商品名は別でも良いですが、利津さんが良いと思ったブレンドを商品化したいんですよ」
「私が……ブレンドを任されるってことですか??」
驚いてうまく反応ができない私に、ナツさんはマドレーヌをオーブンから取り出しながら続けた。
「利津さんは豆の特徴も種類も覚えてきましたし、そろそろ独断でブレンドを作ることもできるはずです」
「そんな……」
ナツさんがひとりではできなかったブレンドコーヒーの配合を、どうして私に任せてくれるんだろう。
「利津さんは、ブレンダーに向いています。それを、証明してみせてください」
「いや、でも……」
「利津さんが本当に美味しいと思うブレンドを作れば良いんですよ。コーヒーに正解はないと思って」
私はもう、自分で焙煎ができる。それに豆のことも分かるようになった。
「じゃあ、試作をしたら確認してくれますか?」
「僕では利津さんほど分かりませんが、それでも良ければ」
ナツさんに言われて、私の心は決まった。
作りたいブレンドコーヒーがある。その味を、頭の中でシミュレーションしてみた。
*
「へえ、利津がブレンドコーヒーをねえ」
「でも、利津さんって前のブレンドコーヒーの時も配合を決めたんじゃないんですか?」
最近客としてよくお店に来る祥太と真樹さん。
2人は今、この町で一緒に暮らしている。
私とナツさんは同居だけど、祥太と真樹さんは同棲だ。
「今お店で出しているブレンドは、あくまでもナツさんが配合を決めたものに私が感想を言っていただけ。今回は配合も焙煎もやるから緊張するの」
「ふうん、よく分かんないけど。やってみたらいいんじゃないの?」
祥太は私の緊張などまるで関心が無いように、平気でそういうことを言う。
お店のセンスが問われるから、ブレンドコーヒーってそれだけ大事なのに。
「今のブレンドコーヒーは僕が配合したと言っても、利津さんのアドバイスが明確過ぎたからできたようなものですけどね」
ナツさんがカウンターでコーヒーを淹れながら言う。
「でも、最初から最後までやるってプレッシャーですよ」
私がそう返すと、祥太は「頑張れ」と歯を見せて笑った。真樹さんも笑顔だ。
祥太と真樹さんはいつだって穏やかに、そしてとても仲良さげに私たちと会話をする。
真樹さんは私と祥太が幼馴染だという事実に特に嫉妬することもなく、普通に受け入れてくれていた。
祥太に必要だったのは、この町にある当たり前の光景をそのまま受け入れてくれるパートナーだったんだろう。
真樹さんと一緒にいる姿を見ているうち、そんなことが分かった。
美容師をしながら繕うことが重要だと言った祥太が、今は自分を繕わずに過ごせる真樹さんと暮らしている。
祥太はいつも派手な髪色だし真樹さんはモデルさんみたいで、2人は見た目に華やかで目を惹くカップルだった。
だけどこうしてお店にいる時はどこにでもいる普通の男女で、そんな2人がいると私はいつも安心する。
祥太が本当に幸せそうで、私も嬉しい。
いつか祥太は自分の夢に「可愛い奥さん」の存在を話していたけれど、真樹さんと結婚したらその夢が叶うことになる。
真樹さんは綺麗だけどどこかあどけなさがあって可愛い人だった。
私だけでなく、この商店街のみんなも同じように祥太の真剣交際を見守っている。
私は真樹さんにも家族のような感覚を持ち始めていて、祥太と真樹さんが別れることにでもなったら寂しくて泣いてしまう自信がある。
幼馴染の恋人にこんなに感情移入したのは初めてだけど、家族ってやっぱりこんな感じなんだろう。
今日も仕事休みを合わせた祥太と真樹さんが、遅く起きた時間をこのお店で過ごしている。なんでもない時間を当たり前のように過ごす2人を見ていると、どうしてなのか時々涙が出そうになった。
私にとって、2人はかけがえのない存在だとつくづく思い知らされている。
お願いだから、真樹さんに振られないように頑張ってよね、祥太。
50人分のお弁当の発注が入ったばかりで、同日に20人分が追加された。
「うーん……やっぱり茜さんにヘルプを頼むしかないか」
結城茜さんに手伝って欲しいと臨時バイトの電話をすると、いつも快諾してくれる。
そればかりか、最近は茜さんの料理教室に通う生徒さんまでもが手伝いに入ってくれるようになった。
「定食まなべ」が仕出し弁当屋にシフトしてからというもの、定食屋よりも数が見えない発注に毎日翻弄されるようになっている。
全く注文がない日もあるけれど、お父さんは仕事を辞めずに済んでいることがよっぽど嬉しいのか、いつも楽しそうだ。
そして、月の売上は前の定食屋の時よりも良い。法事などだけでなく、商店街関係の集まりや近所のサークルの会合などでも注文をもらえている。
定食屋だった時の縁が、そのまま注文になっていた。
配膳がないこともあって、常にバイトが要るというわけでもない。
ただ、目の前にお客さんがいた日々を思い出すと、あれはあれで幸せだったんだなと最近はよく思い出す。
お弁当では、どんな表情で食べてくれているのかが分からない。
お店を出て行くときに向けてもらえていた「ご馳走様」が聞けないというのはやっぱり寂しい。
私は発注関係の仕事を終えると隣のお店に向かう。
カウベルがカラランと鳴って、カウンターからこちらを見るいつものナツさん。この顔を家でもお店でも見るようになったのに、未だに私は毎回胸の奥が音を立てる。
「もう、発注関係は大丈夫そうですか?」
「はい。焙煎に入りますね」
ナツさんに焙煎機の使い方を教えてもらい、私は焙煎士になった。
お父さんのお店を手伝わなくてもよくなってから、ナツさんは私をバイトとして雇ってくれたのだ。
私がコーヒーを焙煎している間、ナツさんは焼き菓子を焼いたり店内の準備をする。
ナツさんはお菓子作りが上手くて、焼き菓子がコーヒーと一緒に注文されるようになっていた。
「そろそろ、2種目のブレンドコーヒーを作ろうと思うのですが」
「賛成です! 何にしましょう??」
私が焙煎機を動かしながら興奮気味に言うと、ナツさんは穏やかに笑う。
「今度こそ、リツブレンドにしましょう。商品名は別でも良いですが、利津さんが良いと思ったブレンドを商品化したいんですよ」
「私が……ブレンドを任されるってことですか??」
驚いてうまく反応ができない私に、ナツさんはマドレーヌをオーブンから取り出しながら続けた。
「利津さんは豆の特徴も種類も覚えてきましたし、そろそろ独断でブレンドを作ることもできるはずです」
「そんな……」
ナツさんがひとりではできなかったブレンドコーヒーの配合を、どうして私に任せてくれるんだろう。
「利津さんは、ブレンダーに向いています。それを、証明してみせてください」
「いや、でも……」
「利津さんが本当に美味しいと思うブレンドを作れば良いんですよ。コーヒーに正解はないと思って」
私はもう、自分で焙煎ができる。それに豆のことも分かるようになった。
「じゃあ、試作をしたら確認してくれますか?」
「僕では利津さんほど分かりませんが、それでも良ければ」
ナツさんに言われて、私の心は決まった。
作りたいブレンドコーヒーがある。その味を、頭の中でシミュレーションしてみた。
*
「へえ、利津がブレンドコーヒーをねえ」
「でも、利津さんって前のブレンドコーヒーの時も配合を決めたんじゃないんですか?」
最近客としてよくお店に来る祥太と真樹さん。
2人は今、この町で一緒に暮らしている。
私とナツさんは同居だけど、祥太と真樹さんは同棲だ。
「今お店で出しているブレンドは、あくまでもナツさんが配合を決めたものに私が感想を言っていただけ。今回は配合も焙煎もやるから緊張するの」
「ふうん、よく分かんないけど。やってみたらいいんじゃないの?」
祥太は私の緊張などまるで関心が無いように、平気でそういうことを言う。
お店のセンスが問われるから、ブレンドコーヒーってそれだけ大事なのに。
「今のブレンドコーヒーは僕が配合したと言っても、利津さんのアドバイスが明確過ぎたからできたようなものですけどね」
ナツさんがカウンターでコーヒーを淹れながら言う。
「でも、最初から最後までやるってプレッシャーですよ」
私がそう返すと、祥太は「頑張れ」と歯を見せて笑った。真樹さんも笑顔だ。
祥太と真樹さんはいつだって穏やかに、そしてとても仲良さげに私たちと会話をする。
真樹さんは私と祥太が幼馴染だという事実に特に嫉妬することもなく、普通に受け入れてくれていた。
祥太に必要だったのは、この町にある当たり前の光景をそのまま受け入れてくれるパートナーだったんだろう。
真樹さんと一緒にいる姿を見ているうち、そんなことが分かった。
美容師をしながら繕うことが重要だと言った祥太が、今は自分を繕わずに過ごせる真樹さんと暮らしている。
祥太はいつも派手な髪色だし真樹さんはモデルさんみたいで、2人は見た目に華やかで目を惹くカップルだった。
だけどこうしてお店にいる時はどこにでもいる普通の男女で、そんな2人がいると私はいつも安心する。
祥太が本当に幸せそうで、私も嬉しい。
いつか祥太は自分の夢に「可愛い奥さん」の存在を話していたけれど、真樹さんと結婚したらその夢が叶うことになる。
真樹さんは綺麗だけどどこかあどけなさがあって可愛い人だった。
私だけでなく、この商店街のみんなも同じように祥太の真剣交際を見守っている。
私は真樹さんにも家族のような感覚を持ち始めていて、祥太と真樹さんが別れることにでもなったら寂しくて泣いてしまう自信がある。
幼馴染の恋人にこんなに感情移入したのは初めてだけど、家族ってやっぱりこんな感じなんだろう。
今日も仕事休みを合わせた祥太と真樹さんが、遅く起きた時間をこのお店で過ごしている。なんでもない時間を当たり前のように過ごす2人を見ていると、どうしてなのか時々涙が出そうになった。
私にとって、2人はかけがえのない存在だとつくづく思い知らされている。
お願いだから、真樹さんに振られないように頑張ってよね、祥太。
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