鬼上司は間抜けな私がお好きです

碧井夢夏

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第一章

新入社員、上司がよく分からない

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 花森沙穂はなもりさほ、営業部配属30日目ーー。

「待て! 花森。お前が一人で帰ったら変なヤツにつけられるぞ!」
「大丈夫です。タクシーで帰ります」

 夜の飲食店街で東御とうみと花森が言い合いをしている。
 花森は道路に向かって手を挙げると、タクシーを止めた。

「よし、それなら家の前まで俺が」
「子どもじゃないんで平気です」
「馬鹿野郎! 危機感が無さすぎる!」
「親ですか!」

 東御と花森はタクシーの扉が目の前で開いた状態で言い合っている。
 花森はずっと不思議だ。どうして東御は自分に過保護なのか。
 最近は仕事をが終わると何故か食事に連れて行かれる。
 その後、東御は花森を心配して家まで送りたがるようになっていた。

「花森みたいなタイプは男性から狙われやすいんだ」
「東御さん、それちょっとセクハラでは……?」
「これもセクハラなのか?!」
「東御さんの言うことなす事、大抵セクハラです」
「酷い世の中だな……気遣いがセクハラか」
「世の中に適応してください」
「適応……しなければいけないのか?」
「時代は変わるんです」
「花森と俺は6歳しか違わないだろう」
「大学がご一緒できない年齢差です」

 タクシーの運転手は扉の前でずっとやり取りをしている二人に呆れている。

「乗るの? 乗らないの?」

 堪らず運転手が二人に尋ねた。

「乗ります」
「いえ、私一人だけ乗ります」
「馬鹿野郎、俺と乗ればタクシー代が浮くぞ」
「ぐっ……。仕方ありませんね……。今日は特別に送らせてあげます」

 花森は新入社員で金銭的に余裕がないのを見破られてしまった。
 そもそもタクシーで帰るなどと言ったが、家まで着く前にお金が無くなるかもしれない心配をしていたのだ。

 そんなわけで、この日も東御に送られることになる。
 二人でタクシーに乗り込んだ。

「いちいち面倒なやつだな。最初から素直に甘えろ」

 東御は嬉しそうに花森に言う。ああいえばこういう花森。
 だが、そこが良いらしい。

 対して花森はそんな東御を理解できない。
 どうしてこんなに話が通じないのか。上司でなければ絶対に関わっていない。
 自分のペースが乱され、振り回されるのはストレスでしかない。

 タクシーで隣り合いながら、東御は得意げな顔、花森はげっそりとしながら肩を落としていた。

「ときに、花森……」
「何ですか?」
「明日、例の客が開くレセプションパーティがあるだろう」

 二人の勤める会社は大手アパレルや海外ブランドを客先に持つ。
 明日は有名海外ブランド上陸のレセプションパーティなるものが開催されることになっていた。

 上客やマスコミだけを招いて行われる、テレビの情報番組に取り上げられるような特別イベントだ。

「芸能人の方も来るらしいですね」

 花森は、別世界のものだと思っていた。
 いくら仕事で関わりがあるとはいえ、そんなパーティに花森を呼ぶメリットなどない。つまり、一生縁がない。

「行ってみたいか?」
「そりゃ、行けるなら……」

 花森は何気なく答えたが、それも行けないと思ってのこと。
 東御は頷いて鞄の中から白い封筒を出して花森に渡した。
 花森は封筒を開いてそれを確認する。

「招待状……って、東御さん、招待されてたんですか?!」
「この手のものは好きでは無くてな。……花森が行きたいと言うのなら、連れて行ってやらんこともない」
「えっ!?」
「そうか、行きたいか」
「……でも、ドレスコードが……」

 一瞬喜びかけた花森は、思い直したように顔を曇らせた。

「ああ、そうだな。女性は赤のドレスか」
「そんなの、持ってません……」

 花森は下を向きながら招待状を東御に返す。新入社員という身でドレスを用意する余裕はなかった。

「その位、上司に頼めば良いだろう」
「だって、ドレスは私物が要るじゃないですか」
「俺が買ってやる」
「は?」
「花森が欲しいと言うなら、買ってやろうと言っている」
「……え?」

 花森は東御の言っていることが理解できなかった。

「あと数年したら必要になるものだぞ。他人の結婚式にも呼ばれるだろう」
「なんでそれを東御さんが買って下さるんですか?」
「なんでだと思う?」

 花森はタクシーの車内で隣に座っている東御を怪訝な表情で観察した。
 なんでだと思う、と聞かれても分かるはずもない。

「お前の着る物を俺が選んでパーティに連れて行く。悪くない計画だ」
「……何を言ってるんですか?」

 そして花森は一度考え直してみる。
 東御は、ただの可哀そうな人なのだろう。
 だから自分はただそんな可哀そうな上司の望みに付き合ってドレスを買ってもらうだけのこと。

 そう思えば大したことはない、のだろうか。

 花森は自宅に着くまでの間、東御が浮かれていることになど全く気付かない。初めてのパーティという場所への期待に胸を膨らませていた。
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