鬼上司は間抜けな私がお好きです

碧井夢夏

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第一章

鬼上司、部下の自信をへし折る

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 花森沙穂、配属32日目ーー。

 花森は新幹線のeチケットを発行する手順を見ていたが、既に1時間近く時間が経過した。もともとが注意散漫なタイプだ。周りで何か動きがあるたびにそちらに気を取られ、読んでいた文章の内容などすっかり忘れる。

「チケットは取れそうか?」

 東御が自席から花森に声をかけると、静かに花森は首を振った。

 これは何かが起きているな、と直感で分かる。花森のことだ、またやらかしたのだろう。
 東御はやれやれという素振りを見せながら、心の中では盛大にスキップをして花森の席に向かう。いざとなったら頼ればいいんだ、そう、俺を。

 ……などと東御が得意げに花森の席までたどり着く。そこにはチケットの発行手順をPC画面に映しながらも何も出来ていない花森の姿が。

「新幹線のチケットとは、そんなに苦労して手に入れるものなのか? お前、コンサートチケットなんか絶対取れないタイプだな」
「こういうのは得意な子がやってくれたんですーー!」
「馬鹿をひけらかして偉そうにするな」

 遠くから女性社員が憐れんだ目で花森を見ている。

「ほんと、東御さんの下ってつらそう……」
「あんな風に人前で馬鹿とか言わなくたっていいのに……」

 花森が新幹線のチケットを取れずに1時間も経過していることには、誰も何も言わない。

「ほら、最初から手順を教えてやる」
「はい……」

 東御は順を追って会社の携帯電話での操作方法を教えていく。
 流石に花森もそこまでされると分かったようで、すぐに理解ができたらしい。

「自分でやってみて無理だと思ったら、時間が経過する前に言え。分からないことで怒ったりはしない」
「……でも、こんなことで時間を取らせるのは……」
「気にするな。人には得手不得手がある」

 東御はそう言って自席に戻って行く。
 花森は、そんな東御が最初から優しければ暴言も吐かずに済むのに、と残念に思う。
 フォローをしてくれる時の東御は、いつだって親切で丁寧だった。

  *

 それは、花森沙穂、配属8日目のことーー。

 東御と花森は会社の会議室にいた。
 花森は売上集計表を見ながら、東御にこの会社の仕事について説明されている。

「営業って、責任が重い仕事ですね……。私みたいな人間に担えるとは思えません」
「社会に出たばかりだとそう思うかもしれないが、別に自分の金でビジネスするわけじゃないんだ。全部他人事だぞ」
「課長がそんなことを言って良いんですか?」

 花森のような新入社員にとっては、全てが責任重大に見える。

「大抵の仕事は金で解決できる。そう思えば上司なんて使いようだ」
「どういうことですか?」
「なにかトラブルを起こしても会社の金で解決できる。いざとなった時に上司を動かせば大抵のことはなんとかなる」
「……ということは、東御さんは私のために動いて下さると?」

 花森が信じられないという表情を浮かべている。まだ信用されていないらしいなと東御は当面の目標を「信頼関係の構築」に置くことにした。

「そのうち分かる日が来る、と言ったら、その時は花森がトラブルに遭っている状況になってしまうわけだが……。まあ、俺は花森が困っていたら最優先でなんとかしてやるから安心しろ」

 花森は、そんなことを言われてもと思いながら、ここ数日一緒に仕事をしてきた東御が頼りになるのは間違いないと納得はできた。

「そうですか。それでは、迷惑をかけるために東御さんを頼ります」
「迷惑をかけるためじゃない、問題解決のためにだろ」
「細かいですね……ほんとに」

 花森は呆れたように言ったが、問題が起きたら解決にあたってくれる気はあるらしい。いつかそんな日が来るのだろうかと漠然と思った。
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