鬼上司は間抜けな私がお好きです

碧井夢夏

文字の大きさ
17 / 187
第一章

新入社員、スーツを買う 2

しおりを挟む
「いやさあ、花森ちゃんって来週課長と出張なんでしょ? キッツいよねー」
「そうなんですかね?」

 営業部平社員の三木護みきまもるが憐れんだ目を花森に向けている。
 三木にとって2歳年上の上司である東御八雲は、どの要素をとっても好きになれない存在だ。

 三木にとっての東御と言えば……。
 小言が多い、仕事が完璧、態度がデカい、やけに顔がいい、最年少課長、威圧感がある、年齢の割に落ち着きすぎ、小言が多い、スタイルが良い、スーツ似合いすぎ、頭が切れる、計算が早い、理詰めで来る、誤魔化しが効かない、褒めても喜ばない、小言が多い、といったところだった。

 会社近くのパスタ屋に入り、二人はランチセットを注文した。
 花森の席にはセットで頼んだジンジャーエールが置かれている。

「やーまじ、よくやってるよ、花森ちゃん。あんな理不尽上司にいきなりつかされてさあ。俺だったら3日で辞めちゃう。うん。自慢じゃないけどね」

 三木は自分の襟足を指でいじりながら語る。
 どうやら花森は同情されているらしい。

 三木の「3日で辞めちゃう」発言に「なんかわかります」と言いたくなったが、花森は止めた。
 相手が東御だったら気にせずに言っていただろうが三木に言うのはシャレにならない気がする。
 辛口のジンジャーエールを飲みながら、花森は三木の外見を観察した。

 パーマをかけている少し長めの茶髪、スーツは明るめの紺でシャツとネクタイはピンク系。人懐こそうな顔をしているが、軽そうでもある。

 そしてこれで26歳、東御と2歳差なのかと驚く。人としての貫禄に差がありすぎる。

「あの人の厳しさって、時代じゃないよね。若い花森ちゃんが見てどうよ?」
「どう、ですか……」

 なんとなく、三木の狙いが分かってきた。花森に東御の問題点を言わせようとしている。そしてそれを誰かに言いたいのだろう。

「まあ、確かに時代じゃないと言われればそうなのかもしれませんけど」
「だよねー」

 三木は嬉しそうにアイスコーヒーを飲む。花森のひとことで機嫌がよくなったように見えた。

「会社ですし、仕事なんで割り切れば問題ないです。東御さん、そこまで酷い人じゃないですし」
「えーうそー」

 本当は東御のことを「まあまあ酷いな」と思っている。が、実際に花森が数々のミスを連発しているのは間違いないし、その度に東御にフォローをしてもらっていた。

 花森は複雑だったが、東御をここで否定してしまうのは自分の器が小さいと言っているようでプライドが許さない。

「そりゃ、嫌味ばっかり言われたら頭にも来ますけどね……でも、私も色々やらかしちゃうんで」
「へえ。すごいね。花森ちゃんていわゆるイマドキの子かと思ったけど、教えない東御さんが悪い、とか言わないんだ?」
「何ですか? その、いわゆるイマドキの子って」

 花森が怪訝な表情を浮かべると、そこで注文したパスタが運ばれてきた。

 三木は「食べようか」と食事を促した。花森は素直に食事を始める。
 フォークでパスタを絡めて持ち上げると、湯気が上がってオリーブオイルとにんにくの香りが漂ってきた。具の白身魚がよく合いそうだ。

「いや、なんていうかさ。ここ数年の新卒社員て、みんなイチから全部教えないとダメな子ばっかりだったから、時代なんだなと思ってたよ」
「時代でしょうね」
「だから、ああいう東御さんみたいなタイプだと花森ちゃんはうまく行かないだろうなって思ってたんだけど」
「はい」

 三木はにやりと笑って花森を見る。

「あんな課長でも食らいつくつもりなんだね」
「どうでしょうか……。食らいつくつもりは全くないんですけど」

 花森は笑顔でパスタを咀嚼した。食らいつくのは食事だけで充分だ。

  *

「はぁなぁもぉりぃいいいいーーーー」

 ランチから席に戻ると何故か東御に異様な雰囲気で呼ばれた。

 心当たりのない花森は、ぎょっとした後で理由を考える。
 何故、この上司がこんなに鬼の形相なのか。普段のような綺麗な顔を貼り付けたような人造人間風情よりは人らしさがあるが、そんなに眉間に皺を寄せないで欲しい。

「はい」

 あえて普通に返事をしてみる。一緒にオフィスに戻って来た三木は、席で完全に引いていた。

「新幹線のチケット、時間が間違ってるじゃないかああああ!」
「……えっ」

 驚いて花森は手配したeチケットを確認してみる。

「あ、ほんとだ。夜の7時発にしようとして朝の7時発にしてました」
「そんなやつがいるかぁあああ!」

 周囲の先輩たちが心配そうな目で花森を見ている。東御がこんなに怒っているのだから謝った方が良い、早く謝りなさいと祈るばかりだ。

「じゃ、時間変更掛けますね」
「……」
「東御さん、まだ何か?」
「……いや。お前、ちゃんと変更の手続きはできるのか?」
「はい」
「じゃあ、とっとと変更しておけ。この時間帯は東京に来た出張帰りのサラリーマンが多く、チケットが取りにくかったりするんだ」
「かしこまりました」

 そこで東御は静かになり、二人は何事もなかったかのように席でPCに向かった。
 周囲はその一部始終を見ながら、本当に怖いのは東御ではなく花森なのかもしれないと思う。

 あんなに怒っていた東御が、なぜこんなに簡単に静かになったのか。
 他人から見て、これが嫉妬によるものだとはなかなか気付きにくいらしい。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

おじさんは予防線にはなりません

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「俺はただの……ただのおじさんだ」 それは、私を完全に拒絶する言葉でした――。 4月から私が派遣された職場はとてもキラキラしたところだったけれど。 女性ばかりでギスギスしていて、上司は影が薄くて頼りにならない。 「おじさんでよかったら、いつでも相談に乗るから」 そう声をかけてくれたおじさんは唯一、頼れそうでした。 でもまさか、この人を好きになるなんて思ってもなかった。 さらにおじさんは、私の気持ちを知って遠ざける。 だから私は、私に好意を持ってくれている宗正さんと偽装恋愛することにした。 ……おじさんに、前と同じように笑いかけてほしくて。 羽坂詩乃 24歳、派遣社員 地味で堅実 真面目 一生懸命で応援してあげたくなる感じ × 池松和佳 38歳、アパレル総合商社レディースファッション部係長 気配り上手でLF部の良心 怒ると怖い 黒ラブ系眼鏡男子 ただし、既婚 × 宗正大河 28歳、アパレル総合商社LF部主任 可愛いのは実は計算? でももしかして根は真面目? ミニチュアダックス系男子 選ぶのはもちろん大河? それとも禁断の恋に手を出すの……? ****** 表紙 巴世里様 Twitter@parsley0129 ****** 毎日20:10更新

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

鬼隊長は元お隣女子には敵わない~猪はひよこを愛でる~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「ひなちゃん。 俺と結婚、しよ?」 兄の結婚式で昔、お隣に住んでいた憧れのお兄ちゃん・猪狩に再会した雛乃。 昔話をしているうちに結婚を迫られ、冗談だと思ったものの。 それから猪狩の猛追撃が!? 相変わらず格好いい猪狩に次第に惹かれていく雛乃。 でも、彼のとある事情で結婚には踏み切れない。 そんな折り、雛乃の勤めている銀行で事件が……。 愛川雛乃 あいかわひなの 26 ごく普通の地方銀行員 某着せ替え人形のような見た目で可愛い おかげで女性からは恨みを買いがちなのが悩み 真面目で努力家なのに、 なぜかよくない噂を立てられる苦労人 × 岡藤猪狩 おかふじいかり 36 警察官でSIT所属のエリート 泣く子も黙る突入部隊の鬼隊長 でも、雛乃には……?

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

処理中です...