75 / 187
第二章
プレゼント 2
しおりを挟む
東御は静かに涙を流している。
「なっ、どうしたんですか?」
花森が尋ねても、東御は答えない。花森は男性が泣いているのをあまり見たことがないが、静かに伝う涙が美しく見惚れそうになった。
「沙穂は、嘘がないから好きだ」
「そうですね。嘘がつけないんです」
「どうかそのままで……ずっと側にいてくれないか?」
「ずっとっていうのは、その……」
「この先の人生、ずっと」
東御の涙の理由が分からない。悲しそうには見えないが、嬉し泣きとも違うようだった。
「分かりましたから、普段通りにしてください。なんだか……別人みたい」
「誕生日を迎える瞬間に、沙穂といられて嬉しい」
花森はうなずく。これまで誕生日を迎える瞬間にどんな思いをしてきたのだろうか。
大袈裟だなと感じることも、東御にとってはそうではないのかもしれない。
東御が後ろから抱きしめる力を加えたので、花森は振り返ることもままならなかった。
「幸せですか?」
「幸せだ」
「ふふ、おめでたいですね」
「ああ、おめでたいな。我ながら」
花森は自分を抱きしめている東御の腕にそっと触れてみる。
この腕が好きだなと訳もなく思った。
「あの、八雲さん……。私……」
「急に遠慮がちだな。どうした?」
「今日は……あの、今晩なんですけど」
「食事は出前にしよう」
「日付が変わるまで抱いていてくれませんか」
「……ん?」
東御の腕が一瞬緩んだ。花森は恥ずかしくて逃げたいが一番逃げてはいけない場面だと耳まで赤くしながら耐える。
「その、『抱く』の意味を一応確認してもいいだろうか」
「……そっちの意味です」
「……なるほど」
「わ、私をもらってもらおうかなと思って……」
東御は後ろから花森の赤い耳に唇で触れた。顔は見えないが、同じように紅潮しているのだろうと微笑む。
「一生懸命考えた結論が腹上祝いか。いやらしいやつだな」
「ちが、ちがいます、や、やだ、やっぱりやめます」
「嫌だ。もうもらうと決めた。無粋なことを言うな」
「そうじゃなくてっ……ただ私は二人で日付を越えたいなって……」
花森は恥ずかしくて泣きそうだ。ニュアンスとしては同じだったが、いやらしいと言われて堂々とできるほど慣れの段階には入っていない。
「そうか。日付が変わる時に大好きな沙穂と繋がっていたというのは、誕生日の記憶として強烈に残っていい」
「もおおおおおなんか違うううううう」
「沙穂は最中になるとやたらとかわいいことを言い始めるからな」
「それは……」
花森も自分で分かっていた。普段は素直になれず、愛を囁くのは決まって東御を受け入れている時だけだ。
「セクハラでは?」
課長が部下に使う言葉としては完全にアウトだが、ここはオフィスでも仕事中でもない。
「なっ、どうしたんですか?」
花森が尋ねても、東御は答えない。花森は男性が泣いているのをあまり見たことがないが、静かに伝う涙が美しく見惚れそうになった。
「沙穂は、嘘がないから好きだ」
「そうですね。嘘がつけないんです」
「どうかそのままで……ずっと側にいてくれないか?」
「ずっとっていうのは、その……」
「この先の人生、ずっと」
東御の涙の理由が分からない。悲しそうには見えないが、嬉し泣きとも違うようだった。
「分かりましたから、普段通りにしてください。なんだか……別人みたい」
「誕生日を迎える瞬間に、沙穂といられて嬉しい」
花森はうなずく。これまで誕生日を迎える瞬間にどんな思いをしてきたのだろうか。
大袈裟だなと感じることも、東御にとってはそうではないのかもしれない。
東御が後ろから抱きしめる力を加えたので、花森は振り返ることもままならなかった。
「幸せですか?」
「幸せだ」
「ふふ、おめでたいですね」
「ああ、おめでたいな。我ながら」
花森は自分を抱きしめている東御の腕にそっと触れてみる。
この腕が好きだなと訳もなく思った。
「あの、八雲さん……。私……」
「急に遠慮がちだな。どうした?」
「今日は……あの、今晩なんですけど」
「食事は出前にしよう」
「日付が変わるまで抱いていてくれませんか」
「……ん?」
東御の腕が一瞬緩んだ。花森は恥ずかしくて逃げたいが一番逃げてはいけない場面だと耳まで赤くしながら耐える。
「その、『抱く』の意味を一応確認してもいいだろうか」
「……そっちの意味です」
「……なるほど」
「わ、私をもらってもらおうかなと思って……」
東御は後ろから花森の赤い耳に唇で触れた。顔は見えないが、同じように紅潮しているのだろうと微笑む。
「一生懸命考えた結論が腹上祝いか。いやらしいやつだな」
「ちが、ちがいます、や、やだ、やっぱりやめます」
「嫌だ。もうもらうと決めた。無粋なことを言うな」
「そうじゃなくてっ……ただ私は二人で日付を越えたいなって……」
花森は恥ずかしくて泣きそうだ。ニュアンスとしては同じだったが、いやらしいと言われて堂々とできるほど慣れの段階には入っていない。
「そうか。日付が変わる時に大好きな沙穂と繋がっていたというのは、誕生日の記憶として強烈に残っていい」
「もおおおおおなんか違うううううう」
「沙穂は最中になるとやたらとかわいいことを言い始めるからな」
「それは……」
花森も自分で分かっていた。普段は素直になれず、愛を囁くのは決まって東御を受け入れている時だけだ。
「セクハラでは?」
課長が部下に使う言葉としては完全にアウトだが、ここはオフィスでも仕事中でもない。
1
あなたにおすすめの小説
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない
絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。
おじさんは予防線にはなりません
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「俺はただの……ただのおじさんだ」
それは、私を完全に拒絶する言葉でした――。
4月から私が派遣された職場はとてもキラキラしたところだったけれど。
女性ばかりでギスギスしていて、上司は影が薄くて頼りにならない。
「おじさんでよかったら、いつでも相談に乗るから」
そう声をかけてくれたおじさんは唯一、頼れそうでした。
でもまさか、この人を好きになるなんて思ってもなかった。
さらにおじさんは、私の気持ちを知って遠ざける。
だから私は、私に好意を持ってくれている宗正さんと偽装恋愛することにした。
……おじさんに、前と同じように笑いかけてほしくて。
羽坂詩乃
24歳、派遣社員
地味で堅実
真面目
一生懸命で応援してあげたくなる感じ
×
池松和佳
38歳、アパレル総合商社レディースファッション部係長
気配り上手でLF部の良心
怒ると怖い
黒ラブ系眼鏡男子
ただし、既婚
×
宗正大河
28歳、アパレル総合商社LF部主任
可愛いのは実は計算?
でももしかして根は真面目?
ミニチュアダックス系男子
選ぶのはもちろん大河?
それとも禁断の恋に手を出すの……?
******
表紙
巴世里様
Twitter@parsley0129
******
毎日20:10更新
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
鬼隊長は元お隣女子には敵わない~猪はひよこを愛でる~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「ひなちゃん。
俺と結婚、しよ?」
兄の結婚式で昔、お隣に住んでいた憧れのお兄ちゃん・猪狩に再会した雛乃。
昔話をしているうちに結婚を迫られ、冗談だと思ったものの。
それから猪狩の猛追撃が!?
相変わらず格好いい猪狩に次第に惹かれていく雛乃。
でも、彼のとある事情で結婚には踏み切れない。
そんな折り、雛乃の勤めている銀行で事件が……。
愛川雛乃 あいかわひなの 26
ごく普通の地方銀行員
某着せ替え人形のような見た目で可愛い
おかげで女性からは恨みを買いがちなのが悩み
真面目で努力家なのに、
なぜかよくない噂を立てられる苦労人
×
岡藤猪狩 おかふじいかり 36
警察官でSIT所属のエリート
泣く子も黙る突入部隊の鬼隊長
でも、雛乃には……?
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる