悪魔につけこまれたお姫様の話

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侍女と狼

17 迷子

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 広場に出ていた大型の屋台に、王子が欲しがっていた飴の瓶があった。勘定をしてエマが振り返ると、ジークがいない。
 少し離れたところで、泣いている男の子の側にしゃがんでいた。

「この子、迷っちゃったって」

 ジークは男の子の匂いをくんくん嗅ぎまわる。泣き止んだ子どもが、人型をとっても変わらないジークの立ち耳を触ると、プルプル振って笑わせてやっていた。

「お兄ちゃん変な耳。しっぽ」
「俺、狼だもん。人の真似してるだけ」

 ジークは気を悪くするふうもなく、子どもをひょいと抱き上げると、肩車をした。
 子どもはケラケラ笑い出す。
 ジークは振り返って、エマの手を再び握った。
 ジークの鼻を頼りについていくと、裏路地で小さなワゴンを出していた女性が、ジークと子どもを見て悲鳴を上げた。

「やめて、返して!」

 首輪がついていても、人狼を忌避する人間は多い。
 ジークが子どもを下ろすと、母親が駆け寄って背に庇った。

「狼のおにーちゃん、ばいばい」

 子どもがちいさな手のひらを振る。隣の屋台の男が口を出した。

「奥さん、このひと女王様の狼さ。悪さなんかしないよ、今だって坊や送ってくれたんだろ。邪険にしたら失礼だ」
「……ええ、ご安心ください。彼は近衛の兵士です」

 エマも言い添える。
 まだ青ざめている母親が、子どもとジークを見比べる間に、ジークはさっさと踵を返してしまった。

「ジーク、気にしないで」
「うん、平気。よくあるから」
「そう」

 沈む様子もないのが、本当によくあることなのだと実感させられる。

「お待ちください……近衛様!」

 子どもを片腕に抱いて、母親が小走りに追ってきていた。

「失礼いたしました。あの、つまらないものなのですけれど」

 ワゴンで商っていた、クッキーの包みだ。
 ジークは受け取ると、屈託なく笑った。

「ありがと」

 母親は、ほっと顔を緩め、頭を下げると戻っていった。
 ジークの尾が、ゆったりと揺れている。

「エマ、一緒に食べよ」

 広場に戻って、今は人々の長椅子になっている石造りの大階段の空きを見つけて、ふたり並んで座った。

 もう夕刻だった。空は茜に焼けて、街並みが黒く影絵になっている。
 広場の舞台に篝火が焚かれ、人々が入れ替わり立ち替わり、音楽に合わせてダンスに興じている。

「ジーク」
「なに?」
「ひとが憎くはならないの。女王様の名前が出たら態度を変えられて、嫌な気持ちにはならないの」

 何を言っているのだろうと思う。それでも、エマは問わずにいられなかった。
 ジークに首輪をかけて偉そうに命令し続けた自分も含めて、この国の人間は一人残らず勝手だった。

「ん? んーっと、別に。人間って俺を好きじゃないんだろうし、俺もあんまり人間好きじゃない。お互い様。でも、ちっちゃいのが泣いてるとかわいそーだなって思うし……あ、俺エマは人間でも大好きだよ!」

 ジークはエマの口元に、クッキーを一つ持ってくる。

「これいい匂いするよ、美味しそうだよ」

 エマは、ジークの温かさと、クッキーの甘さに、泣きたくなるのを堪えていた。
 しばらく黙って、祭りの景色を眺めていた。

 ジークがふと、エマのストールを外す。薄闇に、隷属の首輪が現れる。
 首輪の金具が軽い音をたてて、呆気なく外れた。
 エマは信じられない気持ちでジークを見つめる。彼は珍しく視線を逸らした。

「だってこのヒラヒラ暑そうだし、せっかくかわいい服だし……これ似合わない。……俺、首輪外してもらって毎日楽しいんだ。……そしたらさ、エマに首輪させてるの、悪いなって……思ってて……エマずっと怒ってるし、俺喜んでほしくて色々したけど……お祭り楽しくないのそのせいかなって……」

 だんだん声がちいさくなって、尾が垂れてくる。
 情けない上目遣いになって、ジークは伺いをたてた。

「やっぱり、首輪なかったら、俺と一緒にいてくれない……?」

 夕方の涼しい風が、解放された首を撫でる。
 エマは微笑んだ。

「ずるいわ、ジーク」
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