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第一章 領主の屋敷と青嵐の導き

10 決戦前夜

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 朝から気持ちがざわざわしている。それと言うのも、今夜が領主の館に乗りこむ作戦決行日だからだ。

 クロノスさん、メイヴィルさんに加えヘルムートさんまでいなくて、みんな最後の準備に備えて走り回っているようだ。

 俺は真っ昼間から部屋に鍵をかけて閉じこもっている。
 なるべく人の気配も漏らさない方がいい気がして、ベッドの上で小さくなって考え事をしていた。

 俺も何か手伝えたなら、こんなに心細い気持ちにならなかったんだろうけどなあ。

 手持ち無沙汰に、領主からもらった透き通った石を陽にかざして眺める。

 夕日に照らされキラキラと光を弾くビー玉サイズのそれを見ていると、クロノスさんの銀色の光の風を思い出した。

 あの光はきっと魔力だ。クロノスさんの魔力を俺が使ったんだ。
 何の根拠もないけれど、感覚がそうだと訴えていた。

 クロノスさんの魔力はそっと背中を支えてくれているような、穏やかな勇気が湧いてくる心地のいい力だった。

 クロノスさんは、魔力が使えないんだよね……俺が代わりに使えたら、みんなの力になれる……?

「ただいまー! はー、疲れたわぁ、もっと計画的にやりなさいよね。お陰でアタシが出しゃばるハメになるんじゃないの」
「メイヴィルさん! お帰りなさい」

 扉を開けて入って来たのはメイヴィルさんだった。石をポケットにしまい込み体を起こす。
 彼は俺を安心させるようにニコリと微笑んでくれた。

「スバルちゃん、一人にしてごめんなさいね。平気だった?」
「うん、何もなかったよ」
「そう、よかったわ」

 メイヴィルさんはポンポンと俺の頭を軽く撫で、扉の外を指し示した。

「ヘルも帰ってきてるから晩御飯食べて来なさいな。アタシは一番大事な準備に取り掛かるから、ね?」

 パチンとウインクされて、かっこいい顔とチャーミングな仕草のギャップにやられて頬を染めてしまう。
 そんな俺にメイヴィルさんは目をぱちくりさせていた。

「はー、ホント、スバルちゃんの反応って摩訶不思議だわ……さ、下に行っててくれるかしら?」
「えっと、わかりました」

 階下に降りるよう促すメイヴィルさんに逆らわずに降りると、ヘルムートさんが大鍋をかき混ぜながら調理をしていた。

「よお、スバル。何もなかっただろうな?」
「はい、何もないです」
「そうか……ならいい」

 ヘルムートさんはしばらく鍋をかき混ぜた後に、ハッと慌てて言い募る。

「ばっ、テメェこれはお前が捕まったら面倒なことになるからであって、決してお前が酷い目にあってないかと心配した訳じゃねーからな!」
「え、は、はい!」

 一体何に対する言い訳なんだろう? ヘルムートさんはやっぱりツンデレみたいだね。

「そ、それと……お前敬語やめろよ。メレやクロノスみたいに俺にも話せばいいだろ」

 メレ? あ、メイヴィルさんのことかな。色々呼び名があるんだね。

「あの、はい。じゃなくて、うん。わかった。そうするよ」
「……わかればいいんだ。わかれば」

 ヘルムートさんは頑なに目を合わそうとせず、高速で鍋をかき混ぜながらそっぽを向いていた。
 現実味のない程に綺麗な人なのに、そうしているとただの拗ねた少年のように見える。

 ヘルムートさんのこと怖がっていたけど、実はそんなに怖い人じゃないような気がしてきた。

 そういえば、メイヴィルさんも悪い人じゃないって言ってたもんね、不器用で口が悪いだけだって。

 そう考えると、告白うんぬんは置いておいて、仲良くできるように思える。

「えっと……ヘルムートさん?」
「ヘルでいい」
「じゃあ、ヘル。心配してくれてありがとう」
「……」

 ヘルムートさんは何も言わずに後ろを向いてしまった。
 お、怒らせちゃった? それとも照れてるだけ? ……うーん、やっぱり難しいや。

 たっぷりの間を開けて、ポツリと呟くようにヘルムートさん……ヘルは言った。

「……好きなヤツを心配して悪いかよ」

 じわじわとその言葉の意味を理解した途端、顔が真っ赤になってしまう。なんとか言葉を絞りだした。

「悪くはないと、思います」
「……敬語」
「あ」
「クッ」

 一瞬、噛み殺したような笑い声が聞こえたけど、後ろを向いてるからどんな表情か確認できなかった。
 ちょっと、見てみたかったかも。

 やがてとっぷり日が暮れた頃に、ヘルは俺に暖かいスープの器を差し出した。

「ほらよ、お前の分だ」
「ありがとう」

 ヘルはまだ料理を作っていたけど、俺はお言葉に甘えて先に食べさせてもらうことにした。

 一人の時に感じていた不安がじわじわと溶けてなくなっていくような、優しい味のスープを、ヘルの気配を感じながら頂く。心が温かくなったように感じた。

 スープを飲み終わる頃にはレジスタンスのみんなが店に集ってきて、めいめい食事をして確認作業に入る。

 二十席程のバーは見る間に満席となった。入りきれなくて立ち食い状態の人もいるが、その中にクロノスさんの姿はないようだ。

 気になって、ヘルにこっそり聞いてみた。

「ねえ、これで全員? クロノスさんがいないみたいだけど」
「あいつは別行動だ。もう建物内に潜んでる」

 やっと手の空いたヘルは、自分の分のスープを味気なさそうに食べながら、俺につい、と視線を寄越した。

「あいつが気になるのか?」
「うん」
「好きなのか?」
「うぇっ?」

 何を言うんだろうと振り向くと、真剣な表情で俺を見つめ返す瞳とぶつかった。

 どこまでも澄んだオーシャンブルーの瞳が、俺の心の奥底まで見透かすような強さで訴えかけてくる。

「なあ……この戦いが終わったら、答えを聞かせろよ」
「え、ええぇ……」

 そんな死亡フラグっぽいこと言わないでよ…! 正直考えないようにするのに必死で、何も考えてなかったよ!

「帰ったら聞くから。ちゃんと考えとけ」
「……わ、わかった」

 え、えええぇ……今まで恋の一つもしたことのない俺が、超絶美麗な人、しかも男の人に告白された時の返事の仕方なんてわかるはずもないんだけど……どうすればいいんだろう?

 うんうん唸っていると、にわかに場が騒がしくなった。熱気を帯びたようなざわめきに顔を上げると、みんなある一点を見つめている。

 俺もその方向を見た。見てしまった。そこには……ものすごいブサイクがいた。

 だらしなくせり出した腹、ムチムチの腕と足。それらがやたらとテカテカ光る素材の赤い服に包まれている。

 顔も負けず劣らず酷かった。グロスを塗りすぎて腫れたように見える唇、わざとテープで凹ませたように低い鼻、眠たげな半眼は野暮ったく、ごわついた眉はやたらと主張が激しい。

 わざと素材を台無しにするような化粧は、元の顔の素材を完全に塗り潰していた。

 そのブサイクは、片手を上げてポーズを決めると大きな声で問いかけた。

「みんなー、準備おっけー? メイちゃんのお出ましよ~!」

 うわ、この人メイヴィルさんか! 元の顔の面影が完璧に見当たらないよ!?

 メイヴィルさんが手を振り上げた瞬間、弾かれたように場が湧く。

「うおおおおぉぉ!!」
「メヴィさんマジパネェっす! すげぇ美人じゃないっすか!!」
「これなら間違いなく領主もイチコロっす! むしろ俺も鼻血出そう」

 大好評だった。え? 本当に? みんな、こんなのがいいの? こんなムチムチごんぶと眉毛のたらこ唇が? 本気で絶世の美人扱いなの?

「どーおスバルちゃん? アタシの魅力に惚れ直しちゃった?」
「そもそも惚れてねーよ。近づくんじゃねえよブス」
「ブスじゃないわよ! ほら見て!! めちゃくちゃ美人でしょ!? ね、スバルちゃん!」

 そう言われても、引きつった笑顔を返すことしかできない。あの、すみません、勝手に腰が引けちゃいます。

「お、俺はいつものメイヴィルさんの方が好きだなー?」

 なんとかそう答えていると、ムッと眉をつり上げたヘルにメイヴィルさんが蹴られていた。

「何すんのよ!」
「はっ。とっとと行け」
「何よ、せっかくの美人モードなんだから、少しくらい優しくしてくれたっていいじゃないのー」
「テメェが死ぬようなタマかよ。その厚化粧でとっとと領主を誑かしてきやがれ」
「言われなくともそうするつもりよ」

 メイヴィルさんは自信ありげに微笑んだ。なんていうか、破壊力のある笑顔だ。悪い意味で。

 その時、ブルーリーさんが立ちあがった。一つ手を叩くと、それまで騒いでいた仲間がしんと静まりかえる。

「ついにこの日が来た。俺達の手によって、歴史が変わる日が」

 静かな息遣いが場を満たす店内には、見えない熱気が渦巻いている。
 一呼吸置いて、ブルーリーさんは覇気のある声で宣言した。

「さあ、役者は揃った。策は十分に練った! あとは各々の勇気と行動で道は開けるだろう。そして俺達、青嵐の導きのメンバーは、その勇気と行動力を持っている。領民が無意味に虐げられない平和な世を、実現させられる」

 ブルーリーさんは堂々と全員の顔を見渡しながら、力強い言葉を発する。

「悪の領主に鉄槌を! 正しき秩序をこの手に!!」
『悪の領主に鉄槌を! 正しき秩序をこの手に!!』

 わあああぁ……! と熱気が店内に波のように広がった。ビリビリと肌に刺さるような熱を俺も感じていた。

 俺は感情のままに立ち上がり、ブルーリーさんに話しかけた。

「俺も戦う! 俺もみんなのために何かしたい!!」
「ちょっと、スバル!?」

 仰天するメイヴィルさんには悪いけど、俺の意思は固かった。瞳に力を込めて真っ直ぐにブルーリーさんの瞳を見つめる。黒い瞳が冷静に俺を見返していた。

「あんたは何ができるんだ? 自分の身を守れるか? 人を傷つけることができるか? 躊躇いなく力を振るうことができんのか?」

 俺は頭の中でイメージをしてみた。敵の攻撃を避けるイメージ、ナイフを振るうイメージ、魔力を使うイメージ……

 ブルーリーさんの目が一瞬銀の光を放つ。腕の近くに走った光をさっと避けると、数秒経ってから光の線を追うように、風の刃が走り抜けた。

「テメェスバルに何しやがる!」
「抑えなさいよヘル! 黙って見てなさい」

 カウンターから身を乗り出して怒りをあらわにするヘルを、メイヴィルさんが手で制する。

 また光が走った。今度は背後に一つ、足元に一つ。俺は体を捻って余裕をもって避ける。
 次いでブルーリーさんの手元からナイフが飛びだした。それも後ろに下がって軽く躱した。

「おお、あんたなかなか出来るな」

 俺もびっくりしてる。長年野生動物と戯れた勘は、こんな場面でも役立つんだね。

「獲物は何だ、ナイフは使えるか? それとも魔法か?」
「刃物は野菜を切るためにしか使ったことがないです。魔法は……使えます」

 覚悟を決めてそう言い放つ。

 正直に言うと、人を直接傷つけることはできそうにない。
 けれど、場を混乱させるために魔法を使ったり、敵の邪魔をする程度であればできそうに思った。

「ふーん……なら、聞かせてくれ。お前の属性は?」
「……火、です」

 俺はブルーリーさんから姿勢を逸らさずに、すぐ後ろにいたメイヴィルさんの腕に触れる。流れ込む、熱を帯びた魔力。

 空いた手を胸の前で水を掬うような形にして、魔力を僅かに込める。ボッと物が燃える音がして、火の球が出来上がった。

「スバルちゃん……?」

 メイヴィルさんが呆然と声を上げ、ヘルがひゅっと息を飲み込む音がした。
 ブルーリーさんはヒュウと口笛を吹いた。

「いいだろう。スバル、お前も作戦に参加してくれ」
「何言ってるのボス!?」
「ただし」

 ブルーリーさんは背後の二人に向けてニヤリとタチの悪い笑みを浮かべた。

「けして一人になるなよ。メヴィやヘルと助け合って作戦を遂行するんだ。できるな?」
「はい!」

 何か言いたげな二人に耳うちをして、ブルーリーさんは仲間を引き連れて出て行った。

「くっそ、ふざけんなよ野郎!!」

 ガッとヘルが椅子を蹴る。哀れな椅子はスライディングして床に倒れこんだ。

「やめなさいよ。……もう、スバルちゃん。大変なことをしてくれたわね」
「ごめんなさい。でも、みんなが戦っているのに俺だけじっと一人で待ってるだけなんて、気が狂いそうで……」

 はぁ、と一つため息をついたメイヴィルさんは、しょうがないというように笑った。

「ま、アタシでも同じように言うわね。じゃあ今からどういう動きをするのか頭に叩き込むわよ! ヘルも拗ねてないで協力なさい」
「拗ねてねえ! スバルは俺から離れるな、そうすりゃ後はどうにかしてやる」
「アンタ作戦聞いてた? スバルちゃん、ヘルの言うことは放っておいてね。アタシが説明するわ」

 そうして、準備を整えた俺達は領主の館へと向かった。
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