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10「思い出のなかをずっと泳いでいたかった~改~」

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 『ちょうど東京に来てるんだけど会えない?』


 今日の朝7時ぴったり。

 僕のスマホにそんなメッセージの通知が届いていた。

 SNSのアイコンはどこか懐かしい、見覚えのあるのだったが、それが誰のものであるか思い出せない。

 随分と前の記憶にある人なのだろうか。

 今朝の僕はそんな眠たげな思いのなかで、過去の人物との接点を再び持つことになったのだった。



★★★★★★★★★★



「まさか、青葉からラインが来てるなんて思いもしなかったよ。アイコンずっと変えてないのな、中学のころから」
「まーね。私ってさ、ほら。結構サバサバしてるでしょ」
「関係あるの?」
「うーん、しょーみわかんない」
「うっわ、しょーみって言葉なっつ!!!!」
「ねー。中学時代のときなんか、教室中がしょーみで溢れてたよね。なんかそのときの芸能人の口癖だったんかな?」
「なー。いま思い返すと、なんで?ってこと多いよな」



 僕は中学時代の友達だった、青葉と再会していた。


 身長は少し伸びただろうか。青葉は成長が早かったせいか、そんなに身長は今と昔とでは変わっていないような気がする。


 それに反して、胸はかなり大きくなっていた。


 僕がそのことに驚いていることを感じ取ったのだろう。


「胸、大きくなったでしょ」
「ん、ああ」
「もう~そんなに気まずくならないでよ、胸くらいで。私たちもう大人でしょ?」
「ああ、まあ……」
「相変わらず、下ネタのことになると挙動不審になるのは変わってないね」
「あははは」


 そういえばそうだった。僕は中学時代、みんながみんな性的関心が強くなっていくなかで、その流れに乗っかれないでいた生徒の一人だった。


 簡単に言うと、怖かったのだ。あの一人で初めて射精をしたときのあの、絶望感。なにか自分が自分でなくなってしまったような、消失感。


 しかし、そんなみんなのなかでも僕は早々に童貞を卒業した。


 そうだ。目の前にいる青葉。


 僕は彼女と中学時代に一回寝たことがあった。


 興味本位だったのだ。

 
 二人とも。


 青葉のほうから誘ってきて、僕はそれに流されるまま。


 気持ち良かったのに、気持ち悪かった。


 心のなかにぽっかり穴が開いてしまったような、そんな気がした。

 
 青葉とはそれ以来、会うのが恥ずかしくなってしまい、今に至るまで何も接点を持ってこなかった。


 どうして僕は今日会おうと思ったのだろう。


 青葉と。


 こんな過去があるというのに。


 どうして僕は青葉と会うことを望んでしまったのだろう。。。



「ねぇ、〇〇君。まだあれから一回もしてないでしょ?」
「……え??」
「セックスしてないでしょ。私以外と」


 青葉はふと、そんなことを言ってきた。

 どうしてだろう。

 急に青葉は申し訳ない顔をして、そんなことを言うのだ。


「ど、どうして急にそんなこと」
「謝りたくって。中学のときのこと」
「え、どうして。あれは僕が……」
「……私ね。あのとき〇〇君が好きだったんだ。とても。だからね、寝たの。中学生の抑制のきかない忠実な性欲を利用して。私ってね、とっても打算的な人間なんだ。〇〇君なら、こうすれば私と寝てくれるってわかってた。ごめんね。気持ちを考えられなくって。辛い思いさせちゃった」
「ちょ、ちょっとまって!!! どうして君が謝るの?? ぼ、ぼくが。僕が君に悪いことをしたのに。あのとき、終わったときに僕は君にひどいこと言った。あの言葉ときみの顔が今でも頭から離れない。ぼくは取り返しのつかないことをしてしまった」


 僕はカフェに流れるクラシックを踏みにじるような声で、青葉に自分の気持ちを吐き出した。


 ほんとに自分勝手だと思う。


 ほんとにみっともない男だと思う。


 謝りたかった? 取返しの付かないこと?


 僕は自分で自分を縛り上げて、罪を少しでも軽くしようと、そう思っていたのかもしれない。



「〇〇君。私ね、大人になるの。もうすぐ赤ちゃんが生まれるんだ。妊娠2か月」
「……」
「私ね、ずっとずっと〇〇君のこと好きだったの。でもね、人生ってね、とっても残酷なの。短いの。本能が訴えかけてくるの。社会が私に訴えかけてくるの。自分の遺伝子を残せってね。結婚しろってね」
「……」
「両親が泣くの。はやく子供の顔を見せてくれって。あはは……。ほんとうにさ……。歳を重ねるとね、不思議と社会に飲み込まれていくね。はぁ……。私はどうしてこんな人間になってしまったんだろう」
「……」
「ごめんね。私ばっかりしゃべっちゃって」


 青葉は少しだけ涙目になりながら、そんなことを一気に言った。


 とても後悔しているような、そんな様子だった。


 顔に皺が少しだができていた。


 僕たちはいつのまにか歳をとっていた。


 僕は大学で博士号を取得して、今年新卒入社したばかり。一方で彼女は地方で新しい家族を作って、これからの世代を育んでいく親として生きていこうとしていた。


「ねぇ……最後にこれだけ聞かせてくれいないかな」
「ん……」


 僕はいまにも泣き出しそうだった。

 
 胸がいっぱいだった。


 僕は僕の面倒くさい性格と、誰にも理解されないくらいに意固地な気質で、いままで何も考えることなく生きてしまっていた。


 罪と後悔ばかりが人生を刻んでいた。



「〇〇君は私のこと少しでも好きでいてくれた?」



 青葉は一筋の涙を流した。


 その顔はもうすでに、中学生のときの青葉ではなかった。


 僕の知っている青葉ではなかった。


 一人の人間の、たった一つの人生だった。



「僕は……」



 ★★★★★★★★★★★




「そう、そこ」


「入れるよ」


「うん……」



『カァカァカァ……』




「あっ……」


「ん……」



『ァカァカァカァ』



「気持ちいいね」


「……」


「……どうして泣いてるの」


「ううう……」





『カァカァカァカァカァカァカァカァ………』






「出ちゃったね」



「…………」



「……大好きだよ〇〇君」


……

……


「本当に、大好きだよ」



★★★★★★★★



 青葉が帰っていった。



 最後の言葉を残して。



 僕のもとから帰っていった。



「〇〇君は〇〇君らしくいてね」
「らしくって……なんだよ」
「それはさ……」



 青葉は雑踏のなか、僕だけを見つめて。



「君にしか分からないんじゃないかな」



 青葉ははにかみを残して、人込みのなかに吸い込まれていった。



 僕はまた一人になった。


 これからどうしていこう。


 もう僕の思い出は消えてしまったのかもしれない。


 僕はまた振り出しに戻るべきなのだろうか。



「ふぅ……」



 都会の空気が僕を飲み込んでしまうまえに。


 僕は踵を返し、とぼとぼと家を目指して帰った。

 
 過去が背中をひたすらに凝視していた。


【了】

 
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