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第3章 デート

デート(6)

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「いいから寄越せ!」
 男の怒声が聞こえる。
 私とカゲロウは、声のした方を向くと高齢の女性が石畳に倒れ、身体の大きな男性がその前に立ち、血走った目で女性を睨みつけていた。その手には男には似つかわしくない白い肩掛けの鞄が握られていた。
 あの風体、無駄のない立ち姿、間違いなく正規の訓練を受けてきた騎士の佇まい・・。
 騎士崩れと言う言葉が私の頭を過ぎる。
「ババアに金なんて必要ねえだろ!」
 そう言って倒れ込む女性の腹を蹴り上げる。
 女性は短い悲鳴を上げる。
 私は、泣いていたことも忘れ、怒りのままに立ち上がる。
 弱者を守らなければならない騎士が何てことを!
 私は、大鉈の柄を握り、そのまま白い柵を超えて飛び出そうとする、が。
「待て」
 カゲロウが私の左手首を握って止める。
「なんで⁉︎」
 私は、意味が分からず声を上げる。
 しかし、カゲロウの顔は冷静だった。
「よく見てろ」
 そう言って騎士崩れの方を見る。
 私もそちらに目を向ける。
 女性の鞄を持って立ち去ろうとする騎士崩れの前に板金鎧プレートメイルと金属製の棍棒を持った数人の男達が立ちはだかる。
 あの鎧は・・。
「メドレー」
 私は、呆然と呟く。
「・・・囮に使われたな」
「えっ?」
 私は、声を上げてカゲロウを見る。
 目の隠れたカゲロウの顔に微かに怒りが滲んでいる。
「何だお前たちは!」
 騎士崩れは、声を荒げて拳を振り上げる。
 しかし、それよりも速くメドレーの一人が振り上げた棍棒が騎士崩れの左脇腹を捉える。
 骨の軋む音とともに音が血痰を吐く。
 騎士崩れは、女性から奪った鞄を石畳に落とし、左脇腹を押さえて蹌踉ける。そこに残りのメドレー達が棍棒を振るって何度も何度も騎士崩れに叩きつける。
 騎士崩れは、地面に伏す。それでもメドレー達は止めない。男の骨が折れ、顔面の形が変わるまで叩きつける。
 やがて騎士崩れが小さく痙攣しだすとようやく攻撃を止め、動ける訳がないのに骨の折れた両手に手錠を掛けて無理やり立たせる。
 私は、呆然とその光景を見る。
「囮って・・・⁉︎」
あいつらメドレーは、ずっとあの騎士崩れを付けたんだろう。鎧も武器もないとは言え鍛え上げられた騎士。そう簡単には捕まらない。だから隙が出来るまで待った。そして運良くあの女性が現れ、狙われていることが分かっだから敢えて放置したのさ。捕まえるために」
 私は、お腹いっぱいのはずの胃が冷たくなるのを感じた。
「・・カゲロウは、なんでメドレーがいるって分かったの?」
「・・・なんとなく。空気が少し変だと思った」
 カゲロウは、曖昧に答える。
 メドレー達は、男を両脇から抱えてそのまま引きづりながら去ろうとする。
 地面に倒れた女性をそのままに。
 私は、今度こそ飛び出した。
 白い柵を越えて女性に駆け寄る。
 突然、現れた私にメドレーも周りの人達も驚く。
 私は、女性に声を掛けてゆっくりと抱き起こす。
 騎士崩れに蹴られたお腹の痛みを訴えるものの意識もあり、大きな怪我もない。
 私は、安堵の息を吐く。
「隊長?」
 メドレーの一人がぼそっと呟く。
 私は、顔を上げると呟いたのは昼にグリフィン卿と一緒に着た二人の男のうちの一人だった。
 男は、眉根を顰めて首を傾げる。
「なんでこんなところに?」
 私は、周りの人に呼びかけて女性のことをお願いするとメドレー達に近寄る。
 予想もしなかった私の登場に男以外のメドレーは呆然とする。
「貴方達・・・一体何をしてるの?」
 私は、メドレー達を睨みつける。
 しかし、男は悪びれた様子も見せずに口元を釣り上げる。
「仕事ですが何か?」
「仕事?」
 私は、奥歯をぐっと噛む。
「貴方達の仕事はこの国の人達を守ることでしょ?」
「その通りです」
 男は、さらに口元を深く釣り上げる。
「じゃあ、何故あの女性を見捨てたの?あの人を囮にしたの⁉︎」
 私の言葉に男は、驚いたように目を開く。
「グリフィン卿の言う通りだ。貴方は頭が良いのですね」
 その言葉でカゲロウの言ったことが本当であったのだと分かり、私は、下唇を噛み締める。
「そして本当に愚かだ」
 男は、見下すように私を見る。
「戦果を上げるのに手段は選ばない。利用できるものを利用した。それだけではないですか」
 男は、髪を掻き上げる。
「多くの国民を守るためなら多少の犠牲は構わない。貴方だってそうだったでしょう?」
 気持ち悪い。
 心臓の奥が掻き乱されているようだ。
 脳裏に蘇るのは私の大鉈の一撃を受けて倒れる敵兵と敵兵の攻撃に命を散らしていった大勢の仲間たち・・。
 手が濡れるのを感じる。
 汗のはずなのにそれがべっとりと血が付着しているような錯覚に陥る。
「・・・だからって関係ない人を!」
 私は、喉の奥から弱々しく声を絞り出す。
「関係なくないでしょう?我々が行うことが巡り巡って自分たちの安寧に繋がるのですから」
 この男は何を言ってるのだ?
 何でこんなにも自分の行いを正当化出来るのだ?
 男は、小さく、そして呆れるように息を吐く。
「貴方は本当に腑抜けてしまったのですね」
 そう言って私を見る男の目には失意と侮蔑が浮かんでいた。
「笑顔のないエガオ・・」
 その名を呼ばれ私の身体が小さく震える。
「表情一つ変えることなく大鉈を持って敵を殲滅していく貴方を見て私達は震え上がった。何の感情を持たず淡々と任務をこなす貴方に我々は憧れと嫉妬を描いたものです」
 男の言葉に同意するように他のメドレー達も震える目で私を見る。
「力のある貴方は自分を犠牲にして国を守った。力のない我々は知恵を絞って犠牲を覚悟して国を守る。それのどこに大きな違いがあるのですか?」
 私は、身体の震えを止めることが出来なかった。
 男の言うことは間違ってる。
 どんなに詭弁を放っても他者を犠牲にすることなんて間違ってる。
 そんなこと分かってるのに否定できない。
 私の中の"笑顔のないエガオ"がそれを否定しない。
 男は、嘲るような笑みを浮かべて私に近づく。
 そして私の頬に触れる。
「随分とめかし込んでますね。とても綺麗だ。デートでもしてたんですか?」
 男は、指先で私の頬を拭う。
 白粉が男の指につく。
「もう貴方は私たちの知る隊長ではない。腑抜けた貴方なんて・・必要ない」
 身体が冷たくなる
 意識がクルクル回転して何が起きてるか分からない。
 必要ない。必要ない。必要ない。
 私は・・・居場所は・・どこ?
「腑抜けて何が悪い?」
 後ろから温かな声が聞こえる。
 優しい力が肩当てを通して私に伝わる。
 混濁していた意識が整っていく。
 振り返るとカゲロウがそこに立っていた。
 カゲロウは、私が見ていることに気づき小さな笑みを浮かべる。
 それだけで、それだけなのに心が落ち着いていくのを感じる。
 男も、そして他のメドレーもいつの間にか現れたカゲロウに驚く。
 カゲロウは、鳥の巣のような髪に隠れた目を男に、メドレー達に向ける。
「この娘は平和の為に命を掛けて戦った。顔も知らない俺達の為に戦ったんだ。停戦とは言え平和になったこの国で腑抜けることに、人生を楽しむことの何が悪い?」
 カゲロウの鉄のように強くて曲がらない言葉に、身体から放たれる圧にあれだけ雄弁に語っていた男の顔が引き攣る。
「いっ・・いいわけあるか!」
 男は、声を振り上げる。
「そいつは逃げたんだ!全てを捨てて逃げたんだ!我々は逃げずに国の為に働いてる!それなのに・・」
 男は、必死に叫ぶ。しかし、その声は先程に比べあまりに弱い。
「お前らが捨てたんだろ?」
 カゲロウの声は震えるほどに冷たい。
「それに逃げないんじゃなくて逃げれないんだろ?その騎士崩れと一緒で違う世界に足を踏み出す力も勇気もないんだろう?」
 男は、身体を震わせて後退し、石畳の隙間に足を取られて尻餅をつく。
 カゲロウは、倒れた男を見下す。
「お前らとエガオを一緒にするな」
 カゲロウの強く圧のある、しかし温かい言葉。
 私の心臓が小さく、熱く、そしてはっきりと高鳴った。
 カゲロウは、私の手をぎゅっと握る。
 熱く、優しい感触が伝わってくる。
 カゲロウは、くいっと手を引っ張りそのまま彼らに背を向けて歩いていく。私は逆らうこともせずに付いていく。
 男とメドレーは呆然と私達を見ていた。
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