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第6章 絶叫

絶叫(2)

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凶獣病ライカンスロープっていうのは常在菌の突然変異なんですよ」
 魔法騎士は、淡々と語り出す。
 ヒグマは、巨大な右腕を振り下ろし、その爪で私を裂こうとする。私は、大鉈の柄でその攻撃を受け止める。
 強い。
 恐らく獣人の姿であった頃よりも何倍も力がある。
 このままでは潰されると即座に判断した私は、大鉈を傾けて力を逃し、相手の体勢を崩させ、その腹に蹴りを入れる。
 ヒグマの身体はくの字に折れ曲がり、唾液を吐いて膝を着く。
 私は、魔法騎士に向き直り・・・身を屈める。
 私の胴体のあった部分に灰色の塊が走る。
 私は、視線を背後に走らせる。
 灰色の毛に覆われた巨大な猿がそこに立ち、獰猛な目で私を睨み、唇を歪ませる。
 どこから現れたの?
 魔法騎士の獣人はあのヒグマに変身した奴だけだったはず⁉︎
 しかし、そんな疑問を抱かせる時間も与えぬままに大猿は両腕で振り上げ、私に殴りかかろうとする。
 私は、大鉈の柄を突き上げ、猿の下顎に先端を叩きつける。
 大猿の身体はのけ反り、宙に浮き上がり、そのまま石畳の上に落ちる。
 そんな様子を見ながらも他の騎士崩れ達は動こうとはせず、魔法騎士は話しを続ける。
「女王の中の常在菌もまさに突然変異でした。見つけた時は驚きましたよ。最近は免疫やらで生まれても死滅してしまうことがほとんどなのに奇跡です」
 ヒグマは、体を起こし、私に襲い掛かる。
 私は、大鉈で突進してきたヒグマの攻撃を受け止める。背後から大猿が組んだ両腕を振り上げ、一撃を叩き込もうとする。私は、大鉈から手を離し、ヒグマの足の下に潜り込む。支えを失ったヒグマの身体は前方に崩れ、そこに大猿の両腕が振りおろされ、頭蓋を叩きつける。
 ヒグマは、口と舌を噛み、顎から出血して倒れる。
 大猿は、ヒグマのことなど気にせずに逃げた私を見る。
 私は、大鉈を爪先で蹴り上げ、手で掴む。
「この魔印は、女王の中の菌を活性化させて病気を発症させます」
 魔法騎士は、血に濡れた左手の魔印を見せる。
「それだけではなく女王の中の菌を他の獣人に感染させ、操ることも出来るのです」
 魔法騎士は大猿を見る。
「その猿は騎士崩れではありません。近くにいた感染した誰かが女王の呼びかけに応じたのでしょう。そして・・」
 魔法騎士が左手を掲げる。
 彼の魔印が光り、呼応するようにマナの首の魔印も青く光る。
 唸り声がする。
 街道から、建物の中から、そして空から敵意が溢れ出る。
 私は、大鉈を構えたまま視線だけを動かす。
 街道を身を低くして擦るように近寄ってくる獣の群れ。
 空を見上げれば巨大な翼を羽ばたかせる様々な種類の巨大な鳥の群れ。
 建物の隙間から覗く無数の獰猛な獣の目。
「随分と増えてしまったようだ」
 魔法騎士は、亀裂のような笑みを浮かべる。
 それにつられて騎士崩れ達も笑う。
 獣達がゆっくりと私の周囲を、空を包囲する。
 私は、大鉈を彼らに向けて大きく横薙に振るも怯えた様子すら見せない。
「女王には貴方は逃げたと伝えます」
 魔法騎士の魔印が激しく輝き、マナの魔印も呼応する。
 獣達は、獰猛に唸る。
「さよなら」
 魔法騎士が短く告げる。
 獣達が一斉に私に襲い掛かる。
 私は、大鉈を強く握りしめた。
「くだらない」
 聞き覚えのある声が耳に入る。
 空気を劈く音と同時に獣達の悲鳴が飛ぶ。
 魔法騎士と騎士崩れ達の表情に驚愕が走る。
 私を襲おうとした獣達の身体に銀色の矢が突き刺さっている。
 矢の先端は、矢尻ではなく針になっている。その後ろにはガラスのシリンダーのようなものが付いており、中に液体が入っている。
 矢が刺さった瞬間、獣達は叫び、のたうち回る。
「たかが獣相手に何をしているのです隊長?」
 私は、声の方を向く。
板金鎧プレートメイルをまとった大勢の戦士達がこちらに向かって弓矢を構えていた。
 メドレー。
 その中心にいるのは金髪を刈り上げた凛々しい顔の青年、イーグルであった。
 イーグルは、ゆっくりとした足取りで私に近寄り、侮蔑の目を私に向ける。
「その大鉈はもう飾りになってしまったのですか?」
 小馬鹿にするように鼻で笑う。
 私は、イーグルの侮蔑の目をじっと見る。
 そして小さく頭を下げる。
「助けてくれてありがとうございます」
 イーグルは、口をぽっかりと開けて間抜けた表情を浮かべる。
 お礼を言うのがそんなに変だったかな?
「・・・なんで貴方がここに?」
「別に貴方を助けに来たわけではありませんよ」
 拍子抜けしたように彼は言ってマナと魔法騎士を見る。
「用があるのは彼女とあの魔法騎士ですよ」
 彼は、ポケットから数枚の帝国銀貨を取り出す。
「これが実に有意義に彼らを見つけ出してくれましたよ。使用された場所や換金された場所を割り出し、隠れ家まで教えてくれました」
 イーグルの言葉に魔法騎士の顔に初めて動揺が走る。
「貴方のお仲間は全て捕まえましたよ」
 そう言ってイーグルは、嘲笑する。
「貴方のお仲間はそこにいる騎士崩れと女王と呼ぶ彼女だけです。神妙になさい」
 建物の影に隠れていたメドレーの戦士達が飛び出し、騎士崩れ達を包囲し、拘束する。
 魔法騎士は、左手を掲げて魔印を輝かせる。
 マナの首筋が輝く。
 しかし、獣達は反応しない。
 イーグルは、小さくため息を吐く。
「だから無駄です」
 変化が起きる。
 石畳の上で悶えていた獣達の身体が小さく、形を変えていく。獰猛な爪と牙が縮み、固い体毛が抜け落ち、獣から人の姿へと戻っていく。
特効薬ワクチンですよ」
 イーグルは、冷徹に言う。
「百年前に絶えた感染症ですからね。当然、薬の処方も残ってました。医師達に大量に精製してもらい襲われた獣人達に接種し、武器にも使えるよう改良しました」
 イーグルは、右手を上げる。
 弓矢を構えるメドレーの奥から白衣を着た救護班が現れ倒れている獣人達の手当てを始める。
「準備はしておくものです。まさか今日で一網打尽に出来るとは思いませんでしたが」
 イーグルは、腰に刺した長剣を抜く。
「邪魔だから動かないでくださいね」
 イーグルは、横目で私を見ながら長剣の切っ先をマナに向ける。
 その瞬間、無数の弓矢がマナの身体に突き刺さる。
「マナ!」
 私は、叫び飛び出そうとするのをイーグルが長剣で横に伸ばして制する。
「ただの注射です」
「だからと言って!」
 私は、イーグルを睨みつける。
 マナは、巨大な身体を揺らして地面に伏せ、苦しげに小さく唸る。
「さあ、終わりです」
 イーグルは、長剣の切先を魔法騎士に向ける。
「雷獣のヌエ」
 イーグルの言葉に魔法騎士の細い目が小さく開く。
「帝国でも名の知れた魔法騎士が騎士崩れの首領とは落ちぶれたものだ」
「・・・うるさい」
 魔法騎士・・ヌエは、唸るように言い、イーグルを睨みつける。
「天才と評され、若くして魔法騎士の師団長候補に上がったのに戦い方があまりに非道で新たな時代に相応しくないと除隊クビにさせられたのでしょう?」
「黙れ・・」
 しかし、イーグルは口をと閉まることはなく、見下すようにヌエを見て嘲笑する。
「哀れですね。時代遅れの遺物は」
「黙れ!」
 紫電が乱れ飛ぶ。
 私は、大鉈を振るい迫り来る紫電を全て薙ぎ払う。
 身体中に電気が走り、私は小さく呻く。
 イーグルは、表情一つ崩すことなく冷徹にその様子を見る。
「ありがとうございます」
 イーグルは、短く礼を言う。
「意味のない挑発はしないで下さい」
 私は、イーグルを睨む。
 イーグルは、何も答えずただ口の端を釣り上げた。
「帝国の奴らには俺の・・我々の遂行な戦いが分からないだけだ・・・」
 ヌエは、肩で息を切り、私達を睨む。
「戦争の立役者をなりがしろにし、偽りの平和に現を抜かす連中を俺は許さない!」
 左の魔印が激しく輝く。
「無駄です」
 イーグルは、鼻で笑う。
「貴方達が襲った獣人には全員治療をしたと申し上げたでしょう。病気を発症する者はもういません。それにその娘だって・・・」
 イーグルは、言いかけた言葉を飲み込み、石畳に伏せるマナを見る。
 マナには、何の変化も起きていない。
 苦しげに呻き、獰猛な双眸で私達を睨む。
 首筋の魔印がヌエの魔印に呼応して激しく光る。
 次の瞬間、苦鳴が迸る。
 私とイーグルは、声の方を振り返る。
 何人ものメドレーの戦士、救護班、騎士崩れ達が身体を捻り、悶え、頭を抑えて苦しみ出す。
 ついさっきまで一緒に戦っていた仲間達が苦しみ出したことに他の戦士達は動揺する。
「本番まで取っておくつもりだったが・・・」
 ヌエは、喉を震わせて笑う。
 マナがゆっくりと身体を起こして立ち上がる。
 針が皮膚に突き刺さるような感覚が再び私を襲う。
 まさか・・・。
 マナの双眸が青く光る。
 その瞬間、苦しみ悶えていたメドレーの戦士が、救護班が、騎士崩れ達の身体が爆発するように膨れ上がる。
 筋肉が暴走するように膨れ上がり、肌は血管を浮かび上がらせて青暗く変色する。唇が捲れ上がって歯を剥き出し、目が飛び出さんばかりに剥ける。
 私は、額と背中に冷や汗が流れるのを感じた。
 「オーガ
 巨大な異形へと変貌したメドレーと騎士崩れを見て私はそう呟く。
「だから言ったでしょ?」
 ヌエは、喉をぐぐ漏らして笑う。
バザードだって」
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