いざ出陣!! 南相馬高校 野馬追部!

七日町 糸

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本編

第七話 信頼

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 病院から退院した次の日・・・・
「もしも~し」
 わたしは天照の馬房の前に立つと、その中に向かって声をかけた。
「・・・・・・・」
 馬房の中の天照は、わたしに尻を向けて何も反応しない。
(やっぱりね・・・・・)
 一応、予想はしていた。


 昨日、病院に搬送されたわたしのところに、冴子お姉ちゃんが迎えに来た。
「あさひちゃん、大丈夫だった?」
「はい、大丈夫です」
 わたしはそう言って、座っていた椅子から立ち上がる。
「じゃあ、行こうか・・・・」
 二人並んで歩き、病室をあとにした。
「・・・・ごめんね、あさひちゃん」
 並んで歩きながら、冴子お姉ちゃんが口を開いた。
「なんで冴子お姉ちゃんが謝る必要があるんですか?」
 わたしが首をかしげると、冴子お姉ちゃんはこっちを向いた。
「あさひちゃんに、天照のことをしっかり伝えてなかったの。あの子は気性難がある馬だし」
「天照が気性難・・・・?」
 少なくとも、わたしがこれまでお世話してきた範囲では、特に悪癖とか気性難らしいそぶりは見たことがない。
「うん、いわゆる暴れ馬ではないんだけどね。天照って結構頭がいい馬なの」
 確かに、天照は一度注意されたことは二度とやらないし、一度した失敗はできる限り回避しようとする。
「天照の厄介なとこは、その頭の良さ。一度やられた嫌なことは絶対に忘れないし、誰が何をやったかもしっかりと覚えている」
「それはつまり・・・・」
 わたしが言うと、冴子お姉ちゃんは首を縦に振った。
「天照は中央で結果を出せなかった後、狼森さんの手を離れて、地方に移籍したの」
「でも、馬が中央から地方に移籍するのは、別によくあることですよね?」
 わたしが問うと、冴子お姉ちゃんはゆっくりと話し出す。
「狼森さん、天照を地方に移籍させたの、後悔してた。どうも、地方で担当してた厩務員さんが悪かったらしくてね・・・・」
「そのころ、何かされたと・・・・?」
「そう。ちょっと扱いが手荒だったらしくてね。特に、鞭を多く使っていたみたい」
 そういうことか・・・・・
「つまり、天照は昔、使・・・・と」
「そういうこと」
 で、わたしはそんなことは知らずに、天照を鞭で思いっ切り打ってしまったってことだ。
「冴子お姉ちゃん・・・・」
 わたしは冴子お姉ちゃんに問いかける。
「天照は、わたしを受け入れてくれるのでしょうか・・・・?」
「それは、わたしにも分からないな・・・・・」
 冴子お姉ちゃんはそう言うと、寂しげに笑った。




「つまり、天照とわたしの信頼関係は崩壊したってことね」
 馬房の入り口に尻を向けるのは、「入ってきたら蹴る」っていう意思表示。このまま入ったら、間違いなく蹴りが飛んでくるだろう。
「天照」
 わたしはゆっくりと、低い声で話しかける。
「この前はごめんね・・・・」
 天照の耳がピクリと動いたような気がした。
「ほら、今日は鞭持ってないから」
 天照に向かって両手を広げ、その場でクルリとターンする。
「・・・・・」
 天照が黙ってこっちに顔を出してきた。

 そぉっ・・・・

 ゆっくりと引手を持ち、天照の無口につけようとする。

 スッ

 天照が頭を引っ込めた。
「むぅ・・・・・」
 根気よく続けていくしかないってことか・・・・

 ガタッ

 わたしは飼葉桶を持ってくると馬房内の置き場に置く。
「ここに餌置いとくから、ちゃんと食べるんだよ」





 退院から二日目・・・・・
「・・・・・」
 昨日と違い、天照は馬房の中でこっちに顔を向けていた。
「餌は全部食べてる・・・・」
 飼葉桶を覗き、中身の減り具合を確認。
「ちょっと待っててね」
 わたしはそう言うと、飼料庫からニンジンを一本取り、馬房の前に戻った。
「食べる?」
 天照の目の前に突き出す。
「・・・・・」
 天照は、少し迷ったようにニンジンに口をのばしかけたけど、すぐに引っ込めた。
「う~ん・・・」
 そろそろ馬房が汚くなってるから、掃除してあげたいんだけどね・・・・・。
「じゃあ、ここにニンジン置いとくから、あとで食べなよ」
 馬房の前の床にニンジンを置くと、わたしは朝のホームルームに向かった。





 一週間後・・・・・・
 わたしはまたニンジンと乾草を持つと、天照の馬房に向かう。狼森先輩たちが馬房掃除をしてくれたけど、まだわたしは天照に触れていない。

 じっ・・・・

 天照は、馬栓棒の中からこっちを見ていた。
「見た?見たね?」
 わたしはそう言うと、にんじんとヘイキューブをもって馬房に近づく。
「今日も持ってきたよ。天照の好きなニンジン」
 ニンジンを天照の鼻先に出す。
「・・・・」
 天照は食べようか食べまいか迷ったような顔をした後・・・・

 パクッ!

 わたしの持っているニンジンに食いついた。
(やった!)
 わたしは心の中で小躍りしながら、ヘイキューブも天照の前に出す。

 ガフッ

 天照は、ヘイキューブも一口で食べた。
「よし!」
 引手を頭絡にかけようとすると、天照はサッと顔を引っ込めた。
「まだ引手はダメか・・・・・」
 わたしはいつも通りの乾草と燕麦の飼葉の中に、小さく切ったニンジンとリンゴを入れると、天照に与えて授業に向かった。




 その日の放課後・・・・・
「天照~」
 わたしはいつものごとく、天照の馬房の前に立つ。

 ヌッ・・・・・

 いななきも鼻を鳴らしもせず、天照が馬栓棒の上から顔を出した。
「はい。今日はリンゴを持ってきたよ」
 わたしは馬の一口大に切ったリンゴを手のひらに乗せると、天照の口元に近づける。

 ガボッ

 いつものごとく一口でリンゴを頬張る天照。

 モッシャモッシャ、シャリッ

 口の中でリンゴを咀嚼し、飲み込む天照。
「よしよし・・・・」
 わたしはそっとその鼻面に手を伸ばした。

 ナデナデ・・・・

 鼻先を優しくなでる。
「・・・・」
 天照は何も言わず、リンゴを食んでいた。
(やった!)
 久しぶりに、天照に触れた!
(もう少し・・・・・)
 さらに指を這わせ、天照の頬をゆっくりとなでる。天照がうっとりとしたように目を細めた。
「よいしょっと・・・・」
 そっと馬栓棒の下をくぐり、馬房内に入る。

 ナデナデ・・・・

 右肩をなでられ、目を細める天照。
「もしかしたら・・・・」
 左手で天照をなでながら、右手を天照の無口頭絡に伸ばす。

 ギュッ

 無口を握っても天照は抵抗しなかった。
(もしかしたら・・・・)
 わたしは、そっと無口を左手に持ち替えると、右手で馬栓棒をスライドさせ、馬房の入り口を開く。
「おいで」
 引手はつけずに、無口を少し引くと、天照はすんなりと歩き出した。
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