いざ出陣!! 南相馬高校 野馬追部!

七日町 糸

文字の大きさ
29 / 40
本編

第二十三話 旗の覚悟

しおりを挟む
「さて・・・・・」
 いつものように野馬追部第一厩舎二階。
「栞奈ちゃんの一家って、これまでずっと会津だったんだよね・・・・・」
「そうですね。こっちに親戚はいるんですけど、長年疎遠でしたし・・・・」
 栞奈ちゃんが考えながら言った。
「栞奈ちゃんの家って、武士?」
「いえ、そういうのではないですし、旗指物のデザインとかもありませんね」
 そういいながら、栞奈ちゃんはさらさらとスケッチブックに図案を描いていく。
「とりあえず、旗指物台帳置いとくね」
 わたしが差し出したのは、「旗印台帳」と呼ばれる書類。野馬追に参加するすべての家の旗指物のデザインが集められているものだ。
「ありがとうございます!」
 栞奈ちゃんはスケッチブックから顔を上げず言うと、さらさらと図案を描き上げていく。
「ほう。栞奈ちゃんは雷光ベースですか・・・・・・」
 一階から上がってきた結那が、スケッチブックを覗き込んで言った。
「はい!会津にあった前の家、一度雷が落ちたことあるんだそうです。ちょうどそのころ、母がわたしを授かったみたいで・・・・・」
「なるほど、雷は栞奈ちゃんのシンボル的なものってことね」
「そうです!」
 栞奈ちゃんはそう言いながら、描き上げた図案を見てうなずく。
「これでどうでしょうか!」
「いいんじゃない?闇夜に雷光」
「なんか強そうだね~!」
 わたしと結那が言うと、栞奈ちゃんは嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます!」











 それから一週間後・・・・・・

 ヒュン!ヒュン!

 家の庭で木刀を振っていると、母屋から冴子お姉ちゃんが顔を出した。
「あさひちゃん!」
「はい、どうしましたか?」
 わたしが答えると、冴子お姉ちゃんはニッコリ笑って言う。
「あさひちゃんの装備って、今どのあたりまでそろってたっけ?」
「ほぼそろってるんじゃないですか?鎧も大鎧がありますし、太刀も作ってもらいましたから」
 答えると、冴子お姉ちゃんは少し笑った。
「まだ何かありましたっけ?」
「あさひちゃん、旗指物忘れてない?」
 あ・・・・・・
「そういえば、そうでしたね」
「でしょ~?」
 冴子お姉ちゃんはわたしの手を握り、車の方に引っ張っていく。
「あの~、冴子お姉ちゃん、一体わたしをどこに連れて行くおつもりで?」
「染物屋さん」
「だと思ってました~」
 そうして、わたしは木刀を持ったまま車に乗せられ、染物屋さんに連れていかれたのだった。





 キキッ!

 冴子お姉ちゃんがブレーキを踏み、一軒のお店の前に車が止まった。
「わたしはエンジン切ってから行くから、あさひちゃんは先にお店に行ってて!」
「え?ちょっ⁉」
 わたしは木刀を手に持ったまま車外に出ると、染物屋さんの暖簾をくぐる。
「すみません!」
 お店の奥に向かって声をかけると、中から一人の男の人が出てきた。そして、開口一番・・・・・
「うちは道場じゃないよ」
「はい?」
「いや、道場破りならあっち・・・・・・」
 男の人の視線が右手の木刀に向けられているのを見たわたしは、サッと木刀を背中に隠す。
「すいません。道場破りではなくて、旗指物の注文に・・・・・・」
 そこまで言ったところで、後ろから気の抜けた声が聞こえた。
「あさひちゃ~ん、遅くなってごめんね~」
 冴子お姉ちゃんが、いつもの腑抜けた笑みで走ってくる。
「なんだ、春峰んとこか・・・・・・」
「そうですよ~」
 男の人が気の抜けたような顔をし、冴子お姉ちゃんがへらへらと笑った。
「と、言うことは、この子はもしや・・・・・」
「そう。わたしの姪にして自慢の弟子だよ~」
 冴子お姉ちゃんは、わたしの肩に両手を置き、うなずく。
「そうか。あのガキもこんなにでっかくなったか・・・・・」
 感慨深げに無精ひげの生えた顎を撫でる男の人を見ながら、わたしは冴子お姉ちゃんに言った。
「この方、どなたですか?」
「あ、言い忘れてたね~。この方は、代々うちの旗指物を染めて下さってる、西野染物店の旦那、智樹さん」
 冴子お姉ちゃんの紹介に、智樹さんが会釈をする。
「初めまして・・・・ではなさそうですね。わたしは春峰あさひ。今年から野馬追に参加することになりました」
 わたしも会釈を返し、自己紹介する。
「で、智樹さん!」
 冴子お姉ちゃんが智樹さんの目を見て言った。
「わたしの可愛い可愛い姪っ子の旗指物はどうなってるかな?」
「まったく、お前の叔母バカは変わらずだな」
 智樹さんが後頭部を掻きながら言う。「叔母」というワードを聞いた冴子お姉ちゃんがすさまじい殺気を放つけど、そんなのお構いなしだ。
「昨日染まったとこだ。これから糊を落とす」
 智樹さんはそう言うと、お店の奥に消えていく。
「よしよし、これだな・・・・・・」
 手にたたまれた旗指物を持って出てきた。
「さて、行くか・・・」
「どこへですか?」
 わたしが訊くと、智樹さんはニヤッと笑って答える。
「川だ」







 バサッ

 川の水面に大きな影が映る。

 ビチャッ

 その影はそのまま川に落ちると、その姿を現した。
「こうして、川の水で糊を落とす」
 智樹さんがそう言いながら川の中に浸けた旗指物の隅を石で抑える。

 ゴシゴシ・・・・

 布をこすり合わせ、丁寧に糊を落としていった。
「・・・・綺麗ですね」
 わたしが言うと、冴子お姉ちゃんが首を縦に振る。
「この時期は、野馬追の旗指物で川が埋め尽くされるんだ」
 周りを見ると、川のそこかしこで旗指物が水中にたなびいていた。
「この旗指物全部、野馬追で武者が背負うんですよね・・・・・」
「そうだよ。その家にしか許されていない、家の象徴」
 そういう冴子お姉ちゃんの方に、わたしは向き直った。
「冴子お姉ちゃん」
「どうしたの?」
 わたしは冴子お姉ちゃんの目をまっすぐ見つめ、口を開く。
「わたし、この旗に恥じないように、春峰家の名を汚さないよう、精一杯頑張ります」
「ふふっ」
 冴子お姉ちゃんは少し笑うと、わたしの肩に手を置いた。
「大丈夫。あさひちゃんなら行けるって、わたし信じてるから」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...