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ミルテアリアにて ②

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 ミルテアリアの朝は早い。
 この国ではウェイランドと違い、決まった時間にミルテアリア城の大聖堂で鐘がなる。
 朝5時と10時、正午、午後3時、夕方5時、それぞれ『一の鐘』から『五の鐘』と呼ばれ国民に親しまれている。

「おはよ、ジェミニ」
「ぎゃう」

 ダブルベッドは快適であった。
 先日まで暖かい陽気が続いたのでシーツも掛け布団もしっかり干されてほんのり草の匂いとお日様の香りがして弥生は幸せに浸っていた。エキドナが『その匂いダニの死骸だよ』と余計な一言を言ってきたが彼女とジェミニは黙殺である。

「うー、髪の毛ぼさぼさ。櫛と水……」

 のそのそとベッド上を這いずり回りベッドサイドのテーブルに備え付けられている水差しから桶に水を移す。ジェミニもその首をのったり動かして弥生のかばんに入っているであろう櫛を鼻先で探して手伝っていた。

「ぬう、なんか爆睡できたからまだ眠い。このベッド気持ち良すぎ」
「ぎゃうぅ」
「ジェミニも気に入った?」
『姉妹たち、同じようなベッドで寝てる。うらやまけしからん』

 弥生がジェミニにさっそく知らなくてもいい言葉を教え込んでいたりするが、実際適度な弾力とジェミニの体温が比較的低いので快適な睡眠ができたのは確かだった。

「今日はジェミニの姉妹に会いに行くのよね。お土産忘れないようにしなきゃ」

 いまだぼんやりする思考を何とか叩き起こし、ジェミニから受け取った櫛と水で髪を整える。
 今日からオルトリンデ、弥生、ジェミニでミルテアリアの観光だ。
 なんでもお仕事自体はある程度手紙のやり取りで進めているので、オルトリンデはいつも初日に済ませることを済ませてミルトアリアで休暇を取っているという。

 手早く櫛を通して髪形を整えると一張羅の書記官ワンピースに袖を通し、肩掛けのバックを装備。弟と妹が居ないと朝の支度がこんなにも早いというなんだか主婦みたいな事も考えてたりする。
 ちなみに今回、弥生とジェミニにあてがわれたギルドの客室――実は貴賓室なのだがフィヨルギュンが『どうせ空いてるし、使える時に使うのが最善って奴よね』と手配してしまった。
 ベッドの寝心地も良いはずである。
 
「弥生、起きていますか?」

 ドアの軽いノック音と共にオルトリンデから声がかかった。

「おはようオルちゃん。準備できてるよ」

 のっそりとした動作でジェミニがドアノブを器用にしっぽで開ける。
 そこにはいつも通り、上から下まできっちりとギルトの制服を着こなすオルトリンデが居たが……その後ろに見慣れない人物が立っていた。

 金髪碧眼と先日の危険人物を弥生に連想させるが、背筋に一本芯が通った姿勢の男性だ。
 服装もしっかりとアイロンをかけた仕立ての良い服で、藍色に統一された上下のスーツは金糸で細やかな刺繡が施されている高級品だと弥生の眼にも一目でわかった。

「あの、オルちゃん。こちらの人は?」
「すみません、後で伺うといったのですがどうしてもと聞かないんですよ……要件は直ぐにすみますからちょっとだけ時間をください。さあ、どうぞ」
「はいっ!!」

 両手を挙げて、軽く跳躍、ぎゅいん! と風が唸るほどの機敏さで両膝をコンパクトにたたみ。石畳の地面にどすんと着地! そのまま流れるように両手を合わせて頭を深々と……地面にこすりつける。

「な、なに!? オルちゃん! 朝一土下座とか何の暴力!?」
「申し訳ないと思っている!!」
「ひあっ!? 顔上げてください!! 私単なる書記官で何の実権もありませんからぁ!?」
「本当に! 申し訳ないと思っている!!」
「弥生、混乱していますよね。私も困っています。なぜかというと彼の名前は『マトモナ・ウザインデス三世』なので」
「チェンジで」

 すんっ、と弥生の眼が真一文字と化す。
 小刻みに肩が痙攣し始めているのは仕方がないといえるだろう。

「本当に! あの兄が申し訳ないと思っている!!」
「そういう事です。彼に非はないので許してあげてください」
「強く、生きてください」
「大丈夫、毎日ウェイランドの方角へお詫び土下座を1000本欠かしておりません!!」
「もう家を分けてしまったほうが良いんじゃないかなと思います」
「国王から許可が下りません! 全員から強く生きろと! 私が何をしたんですか!?」
「家系そのものから見直すべきかと」
「家計を見直すみたいなノリで家系図を見直してもあんなのしかいません!!」
「弥生、彼は唯一ウザインデス家の良心ともいえる人物です。許してあげてください……最近胃薬が手放せなくて、とあまりにも可哀そうなんです」

 まあ、名前からしてマトモそうではある。
 直近で被害に会った弥生達3きょうだいに謝罪に来ようとしていたのだとオルトリンデから説明を受け、弥生はあっさり許して今後の人生について適当に励ました。そうしないと多分今日という日が終わってしまうから……と予想していたから。

 ちょうどその頃、真司が再び彼の手によってひどい目に会っているというのに虫の知らせも無い弥生。真司に対する信頼の表れなのかそれとも鈍感なのか、判別しづらい所ではある。

「まあ、マトモナさんが悪いわけではないので本当に気にしないでください」

 正直な所、謝罪そのものは受け入れるが関わりたくないというのが弥生の中では強い。
 なぜか知らないけど弥生は一度関わった相手を引き寄せる体質があったりする。その直感が叫んでいるのだ――手遅れだと。

「ありがとうございます! 今度探索者ギルドの我が妹をお尋ねください!! 最高級の「お断りします」」
「そうですよねー。弥生の反応は正解ですよ……さ、マトモナさん。もういいでしょう? 今日は我々用事がありますので」

 朝一番から微妙な始まりとなったミルテアリアでの二日目だった。
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