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ミルテアリアにて ⑤

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「ねえオルリン、あれ何」
「私も始めて見ます。染めてあるのでしょうか……作る側としては大変だったでしょうに」
「これ迷彩服って言ってさ、森とかで戦う時風景に溶け込むんだよ。後は単純に生地が厚くて頑丈だからちゃんと戦う時はこの服だね」

 いつもの装備品を入れたアタッシュケースからエキドナは黒一色と褐色の迷彩服を出す。
 今着ているものの予備だ。

「黒いのは夜用ね。褐色のは……もしかして岩場とか砂場用で合ってる?」
「感が良いね。満点だよ、こうして近くで見ると目立つかもしれないけど遠目だとこれがなかなかわからないもんだからさ。よし、僕の準備はできたよー」

「できたよって……素手じゃないですか。報告では鉄の塊を飛ばす武器やナイフを使ってたと聞きましたが?」
「私たちが使う魔法障壁なんか素手で殴ったら骨が折れるわよ?」
「へーきへーき、やればわかるさ」

 その場で軽く跳躍し、体をほぐすエキドナを見て二人は首を傾げながらも距離をとる。
 試合の場として借りた衛兵の訓練場はかなり広くて魔法を使うにも適していた。

 また、何人かの非番の衛兵が他国の監理官、オルトリンデの戦いぶりを見られると聞いて遠巻きに見学している。事前に魔法を使うことも伝えてあるので壁際の出入り口付近に固まってはいたが。

「じゃあ、確認しますね。私とフィンは魔法使用可で貴方は素手のみ。戦闘不能になった場合、もしくは明らかに怪我をする危険があった場合はその場で終了。時間はこの砂時計が落ちるまで……良いですね?」

 ピンク色の砂が入った砂時計は大体5分ほどで落ち切るのをエキドナは事前に確認していたので問題ない、とオルトリンデに応えた。

「じゃあ、始めますよ?」
「いつでも良いよー」

 おおよそ10メートルほど距離をとったエキドナとオルトリンデ達。
 試合開始の合図はオルトリンデが右手に持つコインを指ではじいて地面に落ちた瞬間だ。

「では」

 ピンッ! と親指ではじかれたコインが宙を舞う。
 重力と釣り合いが取れてわずかに滞空した後、地面に落下していく。

 そして……

 試合は始まった。

 ――ダンッ!!

 コインの行く末に目を向けていたオルトリンデが聞いたのはコインの着地と同時に踏み込んだエキドナの足音だった。

「オルリン!!」

 反対にしっかりとエキドナの動向を観察していたフィヨルギュンが警告を飛ばす。
 
「はやいっ!」

 そう言いつつもオルトリンデは流れるような所作で鞭を広げ、手首の返しを利用してエキドナの進行方向へ鞭を振るう。ほんのわずかな動きでも4メートルもの長さを持つ鞭の先端は弧を描くように空を裂き、エキドナの足元へと向かった。

 その打撃をエキドナは足の裏で止めようと軽く踏み込みを弱めて右足を合わせる。

 無論、いくらタイミングを合わせようとも移動を止めないまま鞭を逸らしたり止めたりは不可能。オルトリンデの鞭の習熟度は並みの衛兵では視認すらも難しい。
 しかし、エキドナは違う。

「よっと!」

 たぁん!!

「はあっ!?」

 なんと鞭の先端を蹴り落したのだ。
 踏みつぶすようにではなく靴の裏を斜めにして、走る勢いそのままに。
 しかもその打撃力を利用して真上に飛ぶ!

 あまりにもな行動にオルトリンデが疑問の声を上げるが手は止まらない、蹴り落された鞭を追撃させるように鞭を持った左手を真上に振り上げて即座に下に振り下ろす。

 新たな力を加えられた鞭はちょうど蛇が鎌首をもたげるかのようなたわみを作り上げた後、真上……エキドナめがけて猛追した。
 これにはエキドナもわずかに驚く、本来なら一度手元に戻すのが鞭のやり方で伸びきったの所から有効打となる一撃を繰り出すのは難しいからだ。

「くぬっ!」

 腰を真上に引っこ抜くように無理やり前転して今度は手でそれをつかもうと試みる。
 危険だが引っ張り合いになれば体格、馬力共にオルトリンデを凌駕するエキドナに分があった。

「しっ!!」

 それを冷静に判断してオルトリンデはさらに鞭を操作する。
 最短距離、つまり直線で向かった鞭に込めた力をふわりと抜いた。

 ずぱんっ!!

 今度はエキドナの予想を超えて、うねるように鞭が振れ……エキドナの左肩を強打する。
 この鞭生きてるのかい!? と内心悪態をついてエキドナが派手に地面を転がった。

 もちろん受け身も取っているし即座に行動がとれるよう腰を低くして足に力を込める。
 だが、左肩の迷彩服は無残にも裂けてしびれるような痛みが残ってしまった。

「器用だ……ねっ!!」

 ――土よ!

 エキドナへ間髪入れずにフィヨルギュンが杖を地面に突き立て声を上げる。
 息つく暇もなくエキドナの周辺の地面から円筒形の筒形が十重二十重に筍よろしく生えてきた。

「フィンは、精霊魔法が得意ですよ? 真司と同じように術式やら図形を必要としません。これで終わり……」

 です。と言い放とうとしてオルトリンデの言葉が止まる。
 
「くっそう、予備無いから縫わなきゃいけないんだけどなぁ」

 次々とせりあがる土の槌を体をひねり、手を視点にしてのけぞり、躱し……時にはすでにせりあがった土の柱を足場にバク転し、回避を続けるエキドナを見たのだ。

「く……」
「氷よ!」

 フィヨルギュンは追撃のために虚空に氷柱を生み出しエキドナを狙う、照準の精度を上げるためあえての一本。但し先端は丸く、太さも丸太ほどに調整してだ。

「穿てっ!!」

 キュン! と最大速度でそれを射出する。
 が、青ざめたのはオルトリンデだった。

「フィンっ!!」

 その声に我に返るフィヨルギュン。あまりにもエキドナの動きが冴えていたため思わず本気で氷の柱を飛ばしてしまった。
 もちろん先端は丸いがミサイルのような速さで直撃などしたら、人間など木っ端みじんになる。

 とはいえ今更フィヨルギュンにはどうしようもない。
 エキドナの四肢がばらばらになる光景が現実のものとなるかと思われたが。

「よっと」

 がぎんっ! と野太い衝突音と共に氷と土が周囲に飛び散る。
 エキドナがいつの間にか土の柱を一本折って、氷の弾丸をフルスイングでたたき返したのだ。

「……はい?」

 フィヨルギュンがかくん、と膝を折りかけるほどに冗談じみた光景だった。
 きらきらと舞い散る氷の欠片と土埃はエキドナのスイングがどれだけの速度と力であったかを物語っている。

 思わずオルトリンデですら鞭を振るうこともせず手元に戻したまま魅入ってしまうほどに。

「いいねぇいいねぇ、ちょっと楽しくなってきたよ僕。ちょっと本気でやろうか」

 久々のまともな対人戦にエキドナの闘争心が火を噴いた。

「オルリン、これまずくない?」
「手を抜くと……負けますね」

 ただでさえ優位、しかも数の上でもエキドナに多大なハンデがあると加減する事しか頭になかった二人の眼光も鋭さを増していく。


 ――――ごくり


 観客の誰かののどが鳴る音は第二ラウンドの始まりの鐘となった。
 
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