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手際良いね!?
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「いたぞ……のんきに市場で買い物をしている」
初老の男が総菜屋の手前で談笑するエルフたちとメイドを見つける。
この四日間、身なりとどんな相手と一緒かを徹底的に観察し、調べ上げたのだから間違うはずもない。
「移動速度が速いから苦労するぜ……」
小太りの男も息を切らせながら初老の男の背後に追いつく。
二人とも髪を切りそろえて普通の町民の服を着ているので、はたから見るとこれから仕事に行く前の同僚の様な見た目だ。
「今日の午後、エルフの国に帰るために馬車で南に向かうらしい。南門の所にあったゴツイ馬車の所にあの金髪女と爺が居た……道中の護衛は他にも近衛騎士が務めるという話だ」
「へへ、残念だよな……その馬車は使われないっての」
「ああ……この後統括ギルドの秘書官と合流する時がチャンスだ。今日は秘書官とその妹しか随伴しない……護衛のエルフもメイドと一緒に出国の手続きで離れるらしいからな」
「アンタの遠くが聞こえる道具、すげぇ便利だな……」
「慣れないとそこらじゅうの音を拾ってしまうがな……」
初老の男の耳には小さなイヤホンのような道具がつけられていた。
ずいぶん昔にベルトリアの道具市場で売られていた骨董品で、遠くの音も鮮明に聞こえると耳が遠くなった老人向けに売られていたのだが……男がたまたまその道具の端っこについた突起を捻ると音の増幅率が変わった。
それ以来盗み聞きには重宝している。
「逃げ道の経路も確保したぜ……例の連中も昼までうろついているはずだ」
「よくやった……とは言え、今日は護衛筆頭の金髪少女が居ない……無駄になるかもな」
「それならそれでいいさ。秘書官とその妹だろ? 大人の脚に追いつける訳がねぇ」
「そう、だな……」
「なんだ、歯切れの悪い……」
「いや……あの秘書官どこか体が悪いのか、ちょっと走っただけで全力疾走の様に息を切らしていてな……歩いても逃げられそうだ」
はい、歩いても逃げられますが何か!? と本人に言ったらそう言い返される秘書官。
いまだに文香にはかけっこで勝てない模様……。
「そんな事はどうでもいいぜ……楽になればそれだけ儲けものだろうが」
「わかってる。じゃあ、最後の確認だ。一つ、絶対秘書官とその仲間を傷つけるな」
「二つ、エルフは殺すな」
「三つ、捕まりそうになったら迷わず捨てろ」
「「よし、北で会おう」」
北門で合流、ベルトリア共和国を大きく迂回しながら西の港町へ移動。
そこから密航船で西の大陸行きの船に乗るところでケインを売りさばく。その後は新しい生活が待っている。
入念に練られた誘拐計画は今まさに決行されようとしていた。
◆◇―――◆◇―――◆◇―――◆◇―――◆◇
「あの枕、貰っていいんですか!?」
「ええ、毛布と一緒に馬車に積むよう手配させていただきましたぁ」
市場で保存用のお肉と根菜類を買い付けながら、糸子が朝に頼まれた寝具の買取についてケインとベクタに答える。
連絡用の蜘蛛がオルトリンデに確認して持ち帰った答えはもちろんOK。
預かったメモ紙には『あれ、確かにハマるんですよねぇ……邪魔にならない程度にあげちゃってください』と綺麗な文字で書かれていた。
「よかったですねケイン様」
「もしかしたら一番うれしいかも」
良かったですねぇ、とほほ笑む糸子が通りの向こうに地味な黒髪、一目でわかる統括ギルドの不人気制服姿の少女を見つける。その隣にはにっこにこに笑う文香も一緒だ。
弥生達も用事が終わり、合流に来たのだろう。
「ケイン様、私はここで別れますねぇ。弥生ちゃんたちが来ましたので南門の馬車の方へ行きますぅ」
「はい! また後で」
「では私も、荷物ぐらいは持たせてください糸子さん」
予定通り、ここでベクタと糸子は南門へ。
弥生達と合流したケインは最後に北門近くにある初日に見た鍛冶工房へ行くのだ。
「ケインくーん!」
通りの向こうで人ごみの中から文香がこちらを見つけたようで、手を振りながら駆け寄ってくる。弥生は走ると疲れるのでゆったりと歩いていた。
「?」
少しだけ、ほんの少しだけケインが違和感をいだくが。
何なのかわからず、すぐに文香に手を振り返す。
「おっはよー!」
今日も元気いっぱいにやってきた文香はケインの手を取り、その場でぴょんぴょん飛び跳ねる。
「おはよう、文香ちゃん」
「うん! 糸子おねーちゃんもベクタおじさんもおはよう!」
「はいぃ、今日も元気いっぱいですねぇ」
「ああ、おはよう文香ちゃん……できればお兄さんで」
ぱぁ、と花が咲いたように周りの雰囲気を明るくして文香がぐいぐいとケインを引っ張ろうとする。時間がもったいないと言わんばかりでケインも苦笑するしかない。
「ではケイン様、のちほどぉ」
弥生もすぐそこまで来ていたので糸子とベクタは南門へ向かう。
「ええ、ベクタ。糸子さんの護衛よろしくね」
「はは……必要なんでしょうか?」
「あらぁ……冷たいですねぇ。シチューのお肉減らしちゃいましょうか? ベクタさんの分」
そんなやり取りをしている時だった。
不意に、ケインの頭上に影が差す……
その隣にいた文香が見たのは人一人、すっぽり入る大きさの籠で閉じ込められるケイン。
その籠がものすごい勢いで人ごみを器用に避けて路地裏へと消え去るところ。
「はにゃ?」
何が起きたのか分からなかった。
ベクタも糸子もすでに踵を返していて、人ごみに消えてしまう。
周りにいる通行人ですら、何が起こったのか正確に理解できていなく……戸惑う様に文香を見て同じように戸惑っていた。
「ケインくん???」
困ったことに朝の市場は込み合っていて、どこに消えたのか分からない。
「…………あれ?」
そこでようやく、文香が気づく……
「ケインくん、いなくなっちゃった……」
顔を青ざめて背後から向かってくる弥生に大声で助けを求めた時には、すでに初老の男と小太りの男もその場からかなり離れていたのであった。
初老の男が総菜屋の手前で談笑するエルフたちとメイドを見つける。
この四日間、身なりとどんな相手と一緒かを徹底的に観察し、調べ上げたのだから間違うはずもない。
「移動速度が速いから苦労するぜ……」
小太りの男も息を切らせながら初老の男の背後に追いつく。
二人とも髪を切りそろえて普通の町民の服を着ているので、はたから見るとこれから仕事に行く前の同僚の様な見た目だ。
「今日の午後、エルフの国に帰るために馬車で南に向かうらしい。南門の所にあったゴツイ馬車の所にあの金髪女と爺が居た……道中の護衛は他にも近衛騎士が務めるという話だ」
「へへ、残念だよな……その馬車は使われないっての」
「ああ……この後統括ギルドの秘書官と合流する時がチャンスだ。今日は秘書官とその妹しか随伴しない……護衛のエルフもメイドと一緒に出国の手続きで離れるらしいからな」
「アンタの遠くが聞こえる道具、すげぇ便利だな……」
「慣れないとそこらじゅうの音を拾ってしまうがな……」
初老の男の耳には小さなイヤホンのような道具がつけられていた。
ずいぶん昔にベルトリアの道具市場で売られていた骨董品で、遠くの音も鮮明に聞こえると耳が遠くなった老人向けに売られていたのだが……男がたまたまその道具の端っこについた突起を捻ると音の増幅率が変わった。
それ以来盗み聞きには重宝している。
「逃げ道の経路も確保したぜ……例の連中も昼までうろついているはずだ」
「よくやった……とは言え、今日は護衛筆頭の金髪少女が居ない……無駄になるかもな」
「それならそれでいいさ。秘書官とその妹だろ? 大人の脚に追いつける訳がねぇ」
「そう、だな……」
「なんだ、歯切れの悪い……」
「いや……あの秘書官どこか体が悪いのか、ちょっと走っただけで全力疾走の様に息を切らしていてな……歩いても逃げられそうだ」
はい、歩いても逃げられますが何か!? と本人に言ったらそう言い返される秘書官。
いまだに文香にはかけっこで勝てない模様……。
「そんな事はどうでもいいぜ……楽になればそれだけ儲けものだろうが」
「わかってる。じゃあ、最後の確認だ。一つ、絶対秘書官とその仲間を傷つけるな」
「二つ、エルフは殺すな」
「三つ、捕まりそうになったら迷わず捨てろ」
「「よし、北で会おう」」
北門で合流、ベルトリア共和国を大きく迂回しながら西の港町へ移動。
そこから密航船で西の大陸行きの船に乗るところでケインを売りさばく。その後は新しい生活が待っている。
入念に練られた誘拐計画は今まさに決行されようとしていた。
◆◇―――◆◇―――◆◇―――◆◇―――◆◇
「あの枕、貰っていいんですか!?」
「ええ、毛布と一緒に馬車に積むよう手配させていただきましたぁ」
市場で保存用のお肉と根菜類を買い付けながら、糸子が朝に頼まれた寝具の買取についてケインとベクタに答える。
連絡用の蜘蛛がオルトリンデに確認して持ち帰った答えはもちろんOK。
預かったメモ紙には『あれ、確かにハマるんですよねぇ……邪魔にならない程度にあげちゃってください』と綺麗な文字で書かれていた。
「よかったですねケイン様」
「もしかしたら一番うれしいかも」
良かったですねぇ、とほほ笑む糸子が通りの向こうに地味な黒髪、一目でわかる統括ギルドの不人気制服姿の少女を見つける。その隣にはにっこにこに笑う文香も一緒だ。
弥生達も用事が終わり、合流に来たのだろう。
「ケイン様、私はここで別れますねぇ。弥生ちゃんたちが来ましたので南門の馬車の方へ行きますぅ」
「はい! また後で」
「では私も、荷物ぐらいは持たせてください糸子さん」
予定通り、ここでベクタと糸子は南門へ。
弥生達と合流したケインは最後に北門近くにある初日に見た鍛冶工房へ行くのだ。
「ケインくーん!」
通りの向こうで人ごみの中から文香がこちらを見つけたようで、手を振りながら駆け寄ってくる。弥生は走ると疲れるのでゆったりと歩いていた。
「?」
少しだけ、ほんの少しだけケインが違和感をいだくが。
何なのかわからず、すぐに文香に手を振り返す。
「おっはよー!」
今日も元気いっぱいにやってきた文香はケインの手を取り、その場でぴょんぴょん飛び跳ねる。
「おはよう、文香ちゃん」
「うん! 糸子おねーちゃんもベクタおじさんもおはよう!」
「はいぃ、今日も元気いっぱいですねぇ」
「ああ、おはよう文香ちゃん……できればお兄さんで」
ぱぁ、と花が咲いたように周りの雰囲気を明るくして文香がぐいぐいとケインを引っ張ろうとする。時間がもったいないと言わんばかりでケインも苦笑するしかない。
「ではケイン様、のちほどぉ」
弥生もすぐそこまで来ていたので糸子とベクタは南門へ向かう。
「ええ、ベクタ。糸子さんの護衛よろしくね」
「はは……必要なんでしょうか?」
「あらぁ……冷たいですねぇ。シチューのお肉減らしちゃいましょうか? ベクタさんの分」
そんなやり取りをしている時だった。
不意に、ケインの頭上に影が差す……
その隣にいた文香が見たのは人一人、すっぽり入る大きさの籠で閉じ込められるケイン。
その籠がものすごい勢いで人ごみを器用に避けて路地裏へと消え去るところ。
「はにゃ?」
何が起きたのか分からなかった。
ベクタも糸子もすでに踵を返していて、人ごみに消えてしまう。
周りにいる通行人ですら、何が起こったのか正確に理解できていなく……戸惑う様に文香を見て同じように戸惑っていた。
「ケインくん???」
困ったことに朝の市場は込み合っていて、どこに消えたのか分からない。
「…………あれ?」
そこでようやく、文香が気づく……
「ケインくん、いなくなっちゃった……」
顔を青ざめて背後から向かってくる弥生に大声で助けを求めた時には、すでに初老の男と小太りの男もその場からかなり離れていたのであった。
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