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やれやれです。

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「くっ……」
「頭……痛い」

 ケインたちが今晩は我が家で! と楓が張り切って晩御飯をふるまう頃……統括ギルドの一室で犯人の小太りの男と初老の男は縄で縛られて座らされていた。

「いやぁ……手ごわかったですね。ずいぶんと逃げるのが上手くて」
「そうそう、まさか火まで付けるとは思わなかったが……弥生秘書官が周辺の家に事前に通達までしていたらしいですね。手が込んでいた」

 空挺騎士団と近衛騎士団の隊長は首尾良く捕らえた犯人に笑いながら声をかける。

「君たちもずいぶん準備したんだね……さすがに窮屈だろう。縄を解くから弥生秘書官が来るまで何か食べると良い」
「実戦演習の協力に感謝するよ。ところで君らは何処のギルド員なんだい? 見ない顔だが」
「「は!?」」

 思いもよらない言葉に二人の犯人は混乱する。
 弥生に利用されていたのを知らないのだから当たり前だが、自分たちが犯罪者として捕まったと思っていたのは違うようだとお互いの顔を見合わせた。

「この二人……はて?」

 唯一オルトリンデが首を傾げながら二人を見つめる。
 
「どうしました? 監理官」

 空挺騎士の隊長がオルトリンデの様子に気づいた。

「いえ、この人たち……手配されてる盗賊の一人と昔……捕まえた方じゃないでしょうか?」
「……え? そんなまさか」

 演習で実際の犯罪者を捕まえていたとは露にも思わない隊長たち二人が笑う。
 しかし、オルトリンデが初老の男をじーーーーっと見る。

「………………貴方、スタンビートの生き残りの方ですよね?」
「…………」

 初老の男が気まずそうに目を背ける。
 そう、彼はあの事件の際オルトリンデと会っていた。しかも、その後捕まえられた時もオルトリンデに恩赦を貰っている。

「ふむ……まあ良いです。これは弥生に一杯食わされましたね」

 なんとなくこの演習の裏が見えてきたオルトリンデが溜息をつく。
 同時に弥生がもはや自分を超え始めている可能性にも行き当たり、若人の成長に驚くと共に少し寂しくも思う。

「近衛騎士団、拘留所へ連絡を……空挺騎士団、万が一に備え巡回している騎士に警戒を促しなさい」

 おそらく彼ら以外に何かいるとは思っていないが。
 万が一と言う事もある。まさかの追加指示に隊長二人も戸惑いつつも素直に従って部屋を飛び出そうとすると……タイミング良くジェノサイドに乗った弥生が入ってきた。

「おっつかれさまー! 楓さんからお夜食もらってるから一緒に食べましょー!」

 外の雨を避けるためにかぶっていた大きめの防水処理が施された外套を脱いで、弥生がおなかに抱えていた籠をみんなに掲げた。

「弥生……そんな場合ですか?」
「あれ? もしかしてもうバレた???」

 困った顔の隊長二人とふてぶてしい犯人二人、溜息を吐くオルトリンデを見て……弥生は理解する。

「バレる前にと思って急いだんだけど……オルちゃんの眼は誤魔化せなかったかぁ」

 正直オルトリンデには早ければ演習が始まってすぐにばれるかも、と思っていた弥生なので良く持った方だと腕組みしながら自分をほめる。

「はあ、やっぱり織り込み済みでしたか……ケイン王子の安全は?」
「キズナ、洞爺おじいちゃん、楓さん、糸子さん、真司、文香でがっちり固めてる」
「貴方の警護は?」
「エキドナさんとジェミニが上空から、桜花さんとカタリナさんがどっかの家の屋根から銃で警戒、ジェノサイドと……夜音ちゃん出てきていいよ」

 弥生の言葉に部屋の照明が一瞬明滅した……もちろん、雨が降っているので窓は開けてないし弥生の入ってきたドアからも風は吹きこんできていない。

「なかなか楽しかったわね。籠の中でシェイクされた時はちょっと気持ち悪かったけど」
「いつからいたんです? 夜音……」
「え、ずーっとケイン王子のフリしてたよ? うひひ、オルトリンデの眼でも私は見抜けないのか……収穫収穫」

 そう、初老の男はずっと夜音を運んでいた。
 入れ替わったのは最初にケインに籠をかぶせて路地裏に連れ込んだ時、その後ケインを安全にキズナ達を引き合わせた後は先回りして初老の男の目の前に籠に入って待っていた。
 
「馬鹿な!! 本物だったはずだ!!」

 初老の男が夜音の話に反応して叫ぶが、夜音は笑いながらくるりと身をひるがえす。
 するとどうだろう、体格や髪の色、服に至るまで全員の目の前でケイン王子になったではないか。

「怪しく異なる私たちが本気になったら欺けない事なんてないの。お分かりぼーや?」

 くっひっひ、と声だけは夜音の物でケイン王子が悪い笑みを浮かべる。

「こういう事~」

 弥生がこれが全部だよ!! とオルトリンデに声をかけるが訳が分からない。

「ちゃんと説明しなさい。安全だという事しかわかりませんよまったく」
「はぁい、まあ掻い摘んで言うと……ケイン王子を誘拐して売ったお金で西の大陸に逃げようとしていたのがその二人。調べたのはベルトリアに居るクワイエットからの情報、その後は夜音ちゃんにずーっと監視してもらって……ちょうどいいから騎士団さんに捕まえてもーらおっとしたの。でもケイン王子が少し滞在伸ばしたいって言ったから調整して利用しました!!」

 これ以上ないくらい簡潔な説明に、犯人たちですらも呆れる。
 様は最初から最後まで弥生の手のひらの上で転がされていたのだ。大の大人全員が見抜けずに。

「なるほど、大したもんです……で。貴方の採点は?」
「100点満点。まさか日付が変わるまでに終わると思ってなくて、慌ててここに来ちゃった」
「ふむ、近衛騎士団、空挺騎士団、ご苦労様でした。現時点を持って不定期演習を終わります……いろいろと質問その他があると思いますが後日受け付けます。ここから先は一度統括ギルド内で処理しますので」
「そっちの二人も拘置所に入れておいてくださいね」

 そうしてオルトリンデが隊長二人と犯人2人を開放する。
 やれやれ、と二人は思う反面……あの秘書官から100点を貰えたことに内心胸をなでおろしていた。後で反省会頼むな? と弥生に声をかけて部屋を後にする。

「100点取れたのに反省会するんだ」
「結果が100点と言うだけで、過程においては彼らなりに改善点があるという事ですよ」
「そっか、やっぱりプロは違うね」
「何を馬鹿な事を言ってるんです。弥生秘書官、あなたもそのプロの一員ですよ? 今度から頼みますから私にぐらいは話して巻き込んでおいてください。心臓に悪いったらありゃしません……まあ、もうしないでしょうけど? 自分に対しても試験を課したみたいですし」
「へへ……バレた」

 最終的に弥生が課した自分への課題は『秘書部だけですべてを終わらせて、報告の段階でオルトリンデにバラす』だろう。とオルトリンデは目算をつけていた。

「まったく、独立組織にでもなるつもりですか? これ以上管理する組織が増えるのは困りますよ……貴女は私の後継者なんですから自分の首が締まりますよ」
「大丈夫大丈夫、その時にはオルちゃんが秘書部のトップだもん!」
「まだ働かせるつもり!? 良い感じで締めたいんですが!?」

 監理官としてトップになるつもりがあったことにオルトリンデは驚く反面、自分がその構想に組み込まれていて若干引く。どうやっても弥生と同じことができる未来が見得ないから。

「まあまあ、結果は上々。アーク対策も大分目途が立ってきたから良しとしてほしいなぁ」
「悪いとは言ってません。まあ、今回ハブにされたのはちょっと根に持ちますが」
「も、もうしないから!! あ!! 楓さんの夜食あの二人に渡し忘れた!! ちょっと行ってくるね!! オルちゃん!!」
「あ! こら!! 廊下は走らない!!」
「はーい!」

 ジェノサイドに乗って恐ろしく静かに廊下を高速移動する弥生の背中を見送って、ため息と共に部屋の戸締りをするオルトリンデ。
 
「そろそろ、本気で考えなきゃいけませんね。指揮権の配分」

 窓の外の雨が上がったら、一晩ぐっすり寝ていろいろと始めよう。
 季節も巡る事だし。
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