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事故案件:いやこの人駄目だってぇぇ!? 後編

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「マリアベルさん!! キズナ姉を運んだら戻るから!! それまで!!」
「承知しましたわぁ!! お兄様!! ご乱心ですか!!」

 判断は一瞬だった。
 水柱の中にその偉丈夫の影が見えたその瞬間に、真司は指輪を杖に滑らせて川を凍らせた。
 おかげでキズナが恐慌状態一歩手前ですんでいる……。

「え? あ? おにい、さま!?」

 事態が呑み込めていないケインに答える者はいない。そんな場合ではない。予定外も予定外、ありえない人外者がエンカウントしてしまったのだ。

「ケインさん! こっちに!! キズナ姉のそばにいて!!」

 ぐい! と真司はケインの腕を引き離脱を敢行する。
 のどかな北街道、そこに流れる大きな川は今や災害地帯となってしまった。当然他国の要人を保護するのは最優先。

「真司様! うまい具合に霜が降りてていろいろ隠れましたわ!!」
「今その報告いらないからね!? キズナ姉!! お願い立ってぇ!!」
「キン……ニク……イ……ヤ」
 
 ぷるぷると部屋の隅っこで震える何かに退化してしまったキズナさん、視線をさまよわせて真司の声も聞こえていない。
 
「……真司様、キズナは捨て置いてくださいませ! ウザインデスの誇りにかけて護りますわ!!」
「そのウザインデスが原因でこうなってるって自覚ある!? 寝言は寝て言うから許されるんだよ!?!?」
「安心してくださいませ!! いつも寝てるようなものですわ!!」
「それはそれで問題だ!!」

 ――ピシッ

 ほんの僅かなヒビが氷の柱に一本奔る。
 その一音がマリアベルに警戒を促す……それは。

「真司様……何かおかしいですわ」

 マリアベルの視線が氷の牢に封じ込められた兄へと注がれる。真剣な声音に何かを感じ取ったのか真司も手と足を止めて聞き返す。

「何が?」
「お兄様は氷に……体温低下に弱いのですわ。私であれば炎に弱いように……ウザインデスの血統は何かしらの対価が存在しておりますの」
「……炎で倒せるんだ。ええと、赤の指輪どこだっけ」
「……ここで本気を出しても良いんですのよ?」
「……姉ちゃんにあることないこと言っていい?」
「その対価である氷に閉じ込められればいくらお兄様でも復活に時間がかかりますわ」

 その発言が意味するところに真司が思い至らない。しかし、その答えはすぐに明かされることとなる。

 ――ビシィィ!!

 氷柱に無数の裂け目が発生し、真司が、ケインが振り向いた時。

 ――パァァァァァァァン!!

 いっそ……その光景は幻想的だった。

 粉々に破砕された氷の粒が舞い散り……真司の知るダイアモンドダストのようなきらめき。

 ――ふぁっ、は……はっはっは、ふはははははははは!! あーっはっはっはっはっはっはっはっはぁ!!

 哄笑に答えるかの如く渦を巻き、辺りの気温を物理的に下げていく。
 しかし、その高笑いは熱を帯び、どんどん熱量が増えていった。

「うそぉ」

 それなりに……殺さないように手加減したものの真司はかなり本気で氷を作った。
 以前の戦いでエキドナが銃を使っても止められない事を知っていたから……だから先日アークを閉じ込めた時に匹敵するぐらい魔力を込めた。

 それを、自力で突破するものなどいないはず。

「……お兄様、一体」

 マリアベルがそんな兄の行動を見て、戦慄する。同じ家系に生まれたものとしてその対価への弱点は絶対とも言えた。兄は冬場に雪が降った程度でも調子が悪そうにしている。

 先日の北の海に調査に行くといった時も、魔法士ギルドで開発した保温の魔道具や対寒装備を徹底的に用意していた。それぐらい寒さに弱いはずなのに……自力でその氷から抜けだす。

「ひかえるのであっる」

 すたん、とまだ氷の残る川に降り立つ紳士。
 ウェイランド唯一無二の貴族にして至高の変態は……その身を余さず見せつけるように両腕を広げた……大鷲のごとく。

「ひ」

 ケインが目じりに涙をためて絶句する。
 何が楽しいのかその変態は高級そうな革靴と……よく見れば肌色のブーメランパンツしか身に着けていない。

「ケインさん、見ないで……」
「く、くつとぱんつだけ……」
「気をしっかり持って!! 逃げるんだ!!」
「それは許されんのであっる!」

 くいっとフレアベルは両手の中指を天に向けると、周囲30メートルほどの地面が隆起し……さながら闘技場の様に円形に囲まれてしまった。

「馬鹿な!! ウザインデス家は魔法が使えませんのよ!」
「それは誤りである……弟よ」
「何が違うのですか!」
「筋肉はすべてを凌駕するのである」

 意味が分からない。ケインの脳がパンク寸前まで情報を詰め込まれてくらくらする。
 しかし、そんな中……元被害者の真司は冷静に土壁を魔法で砕き、逃げようと試みた。

「未来ある若人よ、甘いのであっる!! 結構長らく人里を離れたから我が肉体を披露する機会に飢えていたのである!! 存分に愛でるがいいのであっる!!」

 それを見逃す変態ではなく、とある物を真司へ投擲する。
 それは空を裂き弧を描くように回転しながら真司へと迫った。

「真司様!」

 なりふり構わず日傘に仕込んだ剣を投擲して阻止しようとするマリアベルだが、その速さには及ばず剣は何もない場所を通過し壁に突き刺さる。

 そして悲劇が起きた。

 それはとっさの行動だった、自分を逃がすために必死に動く真司を見てケインが真司を全力で突き飛ばす。

「む!?」

 これはフレアベルも予想外だったのか目を見張る。
 ちょうど真司の居た所に入れ替わる様に、ケインが割り込んだ。

 ――ぺちょん

 それは生暖かかった。
 しっとりと濡れて、肌触りだけは良い物だった。

「ケインさん!!」
「ケイン様!!」

 二人が見たのは、ケインの顔面に張り付く……

「投げるのを間違えたのであっる!! 吾輩の昨日履いていたパンツである!! 本当はナイフのはずだったのであるがそもそも持ってないのである!!」

 地団太を踏むフレアベルから最低の一言が飛び出す。

「……」

 ケインが緩慢な手つきで顔に張り付いたものをぺろりと指でつまみ、剝がした……。
 三角形の布を二枚重ね合わせたシンプルなつくり、そして鼻を突く酢臭。
 もとは真っ白だったであろうその布は経年劣化で若干くすんでいた。

「昨日まで履いていたのである」

 いつの間にかケインの肩をぽむ、と叩いて余計な一言を繰り返す。
 本人的に大事な事だったので!! ので!!

「ナンデ?」
「貴族の体臭! 萌えるかもしれないやん?」

 振り返ると奴がいた。とばかりに膝立ちのケインの眼前には肌色の下着に包まれたナニカがある。

「いやあああああああああああああああああ!!!」
「なぜ怯えるのであるかっ!? 可愛いのだはふはふ!!」
「ぎぃぃぃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 何かが終わった瞬間だった。
 エルフの国との外交なんて小さい物ではなく、他の何かが終わった瞬間だった。

「マリアベルさん!」
「承知ですわ!!」

 もう手加減とか言ってられない、実害が出てしまった。
 これから予想される弥生の行動を考えると震えが止まらないマリアベルである。
 きっと想像もつかないようなひどい目に合うのだろう……と考えてしまい。

「……なんで涎を垂らしてるの?」
「タギリマスワァァ!!」
「もう……嫌」

 SAN値(正気度)がある程度保ててしまっている自分にほろりと涙がこぼれそうになる真司。
 それでも今回はそれが救いの一手だった。何とか駆け出してケインの保護に向かう。マリアベルも同時に剣を回収。真司の援護に回った。

「お兄様!! エルフの国の王族を前に……王族を前に!! なんて堂々と!! さすがウザインデスの当主ですわぁぁ!!」

 みしり!! と筋肉を躍動させてフレアベルへ突貫するマリアベル。
 
「なんと!! では土産話のために吾輩ハッスルを!!」

 腰をくいくいうねらせとてもうれしそうに笑顔を見せるフレアベルへ、マリアベルは躊躇なく剣を力任せに振り下ろす。

「御覚悟!!」
「……ふん!!」

 ぎゅるんと大気を抉ってフレアベルが剣を絡め捕る様にポーズを決める。
 
 ――ズガンッ!!

 決めただけだった。

「きゃああああああ!」
「うわあああぁ!?」

 凄まじい膂力で叩きつけられた剣の勢いがフレアベルの身体を挟んで地面を陥没させるほど、その衝撃はすさまじくケインと真司をその場から吹き飛ばしてしまう。

 それも含めてのマリアベルの攻撃だったのだが……思いのほか軽いケインの身体がぽーんと投げ出されて真司の身体をクッションに着地した。

「ぶげっ!?」

 意図せず真司が顔面でケインのお尻に挟まれてしまう形になったが……別な悲劇が始まる。

「ひあっ!!??」

 ちょうど真司の顔面にまたがる様に落ちてしまったケインが悲鳴を上げたのだ。
 真司も後頭部の痛みと闘いながらケインの無事を確認したとき……気づく、気づいてしまった。

 真司は過去、事故案件でフレアベルにのしかかられたことがある。
 ちょうど今のケインと真司の位置関係で。

「……あれ?」

 見た目は文香と同い年ぐらいだが、その中身はエルフ。
 ケインは20歳を超えていてそれ相応の精神年齢だ。

「ない」
「!?!?!?!?!?!?!???!!!!??」

 そう、あの真司のトラウマとしていまだに悪夢として出てきたあの感触が無い。
 つまりだ。

「王族の女の子!! 吾輩もう死んでもいいのであっる!! もうちょっと! もうちょっと際どいラインを踏みたいのであっる!!」
「それは弥生に迷惑が掛かりますわぁぁ!!」

 どうやらフレアベルは最初から気づいてというか……知っていたらしい。

「おんなの、こ?」
「……(コクリ)」

 顔を真っ赤にして、ケインはそのまま後ろに卒倒した。
 昔からエルフの女の子は人さらいに狙われやすく、王族も含めて肉体がある程度成長するまでは全員……男として育てられているのを真司が弥生から知らされるのはこの後、帰りを心配した洞爺とレンが飛び込んできて制圧した後だった。

 ちなみに、何故フレアベルが居たかと言うと……ギルド祭前に北の海を調査に行った帰りでたまたま通りかかったので声をかけようと思った。
 字面だけ見るとまともな理由だった。それだけだった。

 まさかこの十年後、真司君がこの時の責任を取るという名目で……大恋愛の結婚をすることになるとは誰も予想できないのである。
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