もしも、いちどだけ猫になれるなら~神様が何度も転生させてくれるけど、私はあの人の側にいられるだけで幸せなんです。……幸せなんですってば!~

汐の音

文字の大きさ
24 / 76
第一章 今生の出会い

23 三度目のアストラッド

しおりを挟む
 ――わが国の尊い王家のご兄妹は、天からたまいし奇跡の能力ギフトをいとも気軽に使いすぎやしないだろうか。
 一度目はロザリンド。
 二度目はサジェス。
 まさか長兄殿下にまでとは思いもしなかったヨルナは、瞬く間に空間を越えたことを実感した。

「ここ、どこ……?」

 そろり、と見渡す。うってかわって屋外だった。

 空を仰げば緑の天蓋てんがい。ほっそりとした木々の向こうには白く輝く尖塔群と建物が見える。
 表門付近にあった、川に隣接した林のどこかだろうか。それ以外は見当もつかない。

 王城の敷地面積はとかく広大で、地球で暮らしたころの感覚でいうと、ハイキングで片道二時間以上はかかる森林公園を思わせる。
 とはいえ、周囲の木々は自然を模して植えられた印象を受けた。ぼうぼうの藪や倒木などもなく、平坦で歩きやすい。

 傾き始めたが枝葉越しにやわらかな光を投げかけている。落ち葉一つない芝生と土がふかふかとくつ裏を受け止めるのが気持ちよくて、ヨルナはとりあえず林の奥――城とは正反対の方向を目指した。
 すると。


 カンッ
 カッ、……カァン!


 長閑な風景を引き締めるように甲高い音が響いた。頑丈そうな木が打ち鳴らす、乾いた音だ。ヨルナは躊躇なく前へと進んだ。
(どこ? こっち……。もっと奥のはず)
 近づくたびに大きくなる。やがて、さぁっと視界がひらけた。

「!!」

 ざっ、と、あわてて足を止める。いつの間にか小走りになっていた。

 そこは、小さな練兵場だった。
 兵士の数はまばら。正方形に敷かれた石畳の中央で、短い金髪の少年が木剣を片手に、果敢に壮年の男性へと打ちかかっている。

「甘いですよ王子、木剣でこれではまだまだ」
「ぐっ……!」

 容赦なく下から振り上げられる一閃。
 『王子』と呼ばれた少年は素早く両手で剣を支えようとしたが受けきれず、見事に弾かれてしまった。
 ひゅるるる……と回転しながら高く放物線を描いた木剣は、なんとヨルナ目掛けて落ちてくる。
(うそっ、ぶつかる……?)

 反応できずに固まる、刹那。
 荒い息をつきつつ後ろを振り向いた少年――アストラッドとばちり、と目が合った。

「?!! 危ない、ヨルナ嬢!!」

「……っ……!」

 頭ではわかる。なのに声が出せない。
 顔を伏せ、とっさに腕で庇うように身を縮こませていると、必死の形相のアストラッドが右腕をすばやく振り払うのが見えた。

「!」
 たちまち頭上からかき消える木剣。
 同時に、随分と離れた場所でカラカラァン!! と、派手な音がした。



   *   *   *



「すげぇ……」
「さすが王子」
「ちょ、ていうか誰だ、あの子?」

 外野で稽古を見物していた五、六名の兵士が騒ぎだすなか、壮年の男性とアストラッドはそろってヨルナに駆け寄っていた。

 ――一見すれば、ヨルナは花籠を手に迷い込んだどこぞの令嬢だ。
 が、息一つ乱さず片膝をついた男性は少女に目線を合わせると、ごくごく慇懃に話しかけた。

「申し訳ありません。私はここで兵隊長をつとめております、ザハルと申す者。失礼ですが、カリスト公爵のご令嬢とお見受けいたしました。なぜこんなところへ? 供の者はどうされました」

「あっ」

 色々あって失念していたが、ヨルナはそこで、ようやく気がついた。
 成り行きとはいえ、客分として迎えられている王城内で勝手に動き回るなど、もってのほか。淑女としてあるまじきことだった。羞恥で、かぁぁ……っと頬が熱くなる。

「あ、あの。実は王妃様のご用命で。王子様がたにバラをお配りしていました。先ほどまではトール殿下のお部屋に……。でも、付き添っていただいたサジェス殿下に、どうやら転移の魔法を行使されてしまったようで」

「! あいつら」
「王子」

「あぁ、うん。すまない取り乱した」

 顔色を変えたアストラッドを、ザハルは落ち着いた声音でたしなめる。
 細く息を吐いた王子は気持ちを切り替えるように首を横に振ると、立ち尽くすヨルナに手を差し出した。

「もう。母も姉も兄たちも……。何から何まですみません、ヨルナ嬢。よろしければ、お部屋までお送りします」

「は、はい」

「ザハル、付き合ってくれてありがとう。今日の稽古はここまでにするよ」

「仰せのままに」

 ザハル兵隊長以下、部下らしき兵たちは全員礼をもって二人を見送る。
 花籠を持っていないほうの手を優しく引かれ、ヨルナは練兵場をあとにした。

 木漏れ日のさす、鳥のさえずるしずかな林。
 来た道を戻りつつ、アストラッドはヨルナにそっと囁いた。

「ところで。僕にくださるというバラは、その籠の花? それとも冠のほうですか?」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

異世界ママ、今日も元気に無双中!

チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。 ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!? 目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流! 「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」 おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘! 魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!

神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

処理中です...