もしも、いちどだけ猫になれるなら~神様が何度も転生させてくれるけど、私はあの人の側にいられるだけで幸せなんです。……幸せなんですってば!~

汐の音

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第二章 動き出す歯車

38 姫君 VS ベティ

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 黒っぽい猫っ毛を左右の高い位置に結ったツインテール。毛先は肩に届いていない。小さな丸顔にバランス良く配置された目鼻立ちは『綺麗』と言うよりは『可愛い』。
 メイド改め自称誘拐犯となったベティは、それでも細々と身の回りの世話をしてくれた。



「いかがですか? ロザリンド様。お茶のお代わりは」
「いただくわ」

「……」

 せん。
 慎ましやかなパンとスープの朝食を終え、今は心尽くしの食後茶を振る舞われている。
 西洋風のカップに注がれているのはどう見ても緑茶なのだが、『辺境では一般的に飲まれています。グリーンティーです』と、堂々と説明された。味も香りも予想通り。すっきりとした渋みの中にまろやかな甘みがあって、とても美味しいのだが……

「ヨルナ様は?」

「結構です。あの」

「はい?」

 ベティは淡々とした表情のまま、わずかに首を傾げた。湯で蒸らしたばかりのティーポットに布巾を添えて、両手で持っている。
 こうして見ると、一般公募で集められた街娘と言うよりは、行儀見習いのために大貴族の館に上がった下級貴族の子女に近い空気がある。たとえばサリィのような。


 ――――サリィの父は、公都近隣の村落を封地に戴く騎士爵だ。公爵である父ゼオンとは旧知の仲らしく、その繋がりもあるらしい。
 困ったことに色々思い出すと、不安や心細さはどんどん募っていった。

(……サリィ……心配してるだろうな。公都カレスには、まだ知らせは届いてないだろうけど)

 危機感に加え、ホームシックに似た寂寥についしんみりしてしまったが、これだけはハッキリさせないと……と、気持ちを奮い立たせる。
 ヨルナは息を吐き、姿勢を正して、なるべく毅然と問いかけた。

「ベティさん。あなた、本当に主犯なの? 単なる実行犯じゃない? 目的は何?」

 問われた側は、きょとん、と瞬いて「あら」と呟いた。手にしたポットをテーブルに置くと、メイドのお手本のような姿勢でヨルナに向き合う。
 が、少しだけ表情と呼ぶべき綻びが見られた。微笑みすら浮かべ、うやうやしく片手を胸に当てている。

「驚いた。お人形みたいなお姫様かと思ったら違うんですね。……えぇと、実行犯ですが下端したっぱでもありません。れっきとした首謀者一族の末裔。おさの孫です」

 ヨルナは眉をひそめた。
 一族。末裔。なんだかキナ臭い。
 しかも、どうも頭の中身をお花畑と思われているようなので、逆手をとってド直球に尋ねてみる。

「孫……。では、あなたのお祖父さんか、お祖母さんがこんな大それたことを。なぜ?」

「なぜって」

 可笑しなことを、と言わんばかりにベティは笑みを深めた。どことなく闇を思わせるくらいまなざしだった。

「あたしが、直接こうむったことじゃないんですけど。先祖の悲願なんですって。ゼローナの血を取り込むことが」

「血?」
「――もう、いいわよ。そこまで説明しなくって。わりと最近でゼローナが滅ぼした国なら……北公領の端にあった小エキドナかしら? 猫の額くらいの領土の。ベティ、あんた、祖父だか祖母が勝手に王の子孫でも名乗ってるんでしょ」

 カチャン、と乱暴にティーカップを受け皿に戻しながら、ロザリンドは流し目で畳みかけた。
 黒髪の少女は、初めて感情もあらわに王女をめつける。

「祖父を愚弄するのは、王女殿下と言えど許しませんよ」
「あらそう。ごめんなさいね、当たり?」

「!」

 ベティは、はっと自らの口を押さえた。それから悔しそうに顔を歪める。

「本当に……なんて、いけすかない王女! 素行も性格も最悪! ゼローナの能力ギフト目当てじゃなきゃ、貴女なんか絶対にお兄様の花嫁に選ばれなかったわ!」

「! は……っ、花嫁!!? あっ、すみません。つまり、これは完全にロザリンド様目当ての犯行よね。じゃあ私は?」

 思わずオウム返しで水を差したヨルナを、険悪な雰囲気だったかりそめの主従が非難を込めて見つめる。

「空気読みなさいよバカ」
「……ヨルナ様は、ついでというか……すみません。巻き添え? 身代金は魅力的ですし。人質としての価値もあります。保険的な」

「!! えぇぇっ!!?」

 令嬢らしさをかなぐり捨てて叫んだヨルナを、ベティはちょっと気の毒そうに見つめた。

「実は、あの竜人ドラゴニュートたちは混血が進みすぎたエキドナの末裔なんです。意外かもしれませんがあの曲芸一座――“ナイトメーアの幻”じたいは、あたしたちとは関わりありません。都で公演するっていうから、ありがたく仲間を潜り込ませましたけど。肝心のところはうまく連携できなくて……」

「?? どういうこと? ここはあの一座の人たちが滞在してる宿泊所とか、そんなんじゃないの?」

「まさか」

 呆然とするヨルナ。
 注意深く耳を傾けるロザリンド。
 苦笑したベティは、小悪魔じみた仕草で口元に指を寄せた。

「ここは、あたしが城の洗濯係に志願する前に拠点にしてた街はずれの空き家です。今ごろあの一座、きつい尋問を受けてるでしょうね……潜入してた者は抜け出して、こっちに来てますから」

「そんなっ」

 ――どうしよう。大所帯なら移動も遅いはず。隙を見て逃げ出すための情報を仕入れたり、協力者を得られないか試したのに。

(~~! どうするんですか、ローズ様。このままじゃバッドエンドですよ……!?)

「…………」

 ちらりとロザリンドにアイコンタクトをとると、切迫する心情を汲んでか、汲まずじまいなのか。微妙な渋面を返された。


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