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第二章 動き出す歯車
39 王子の手腕
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――時は、半日と少しだけ遡る。
広場を急いで走ってきたアストラッドとトール、アイリスは、予期せぬ事態に遭遇していた。
「え。これは……?」
足を止め、戸惑う王子二人に北公子息。
周知のために立てられていた飾り看板は取り外され、受付席も撤去されている。
午後公演の場所取り目当てに集まった人びとが遠巻きに眺めるなか、主に有翼の団員たちによって大天幕は豪快に解体されつつあった。
バサバサッ! と、音をたてて外布が剥がされ、骨組みの木が覗き始めている。
扉布が垂れていた辺りでは、納得ゆかなさそうな客が数名、猫型の獣人女性を捕まえて詰め寄っていた。
例年、春の技芸祭典と呼ぶべき期間はまだ残っている。男性たちの食い下がりようは、わからなくもない。
――ないが。
(……?)
どうも様子がおかしかった。
「おいおい、中止ってどういうことだ」
「すっげぇ評判だって言うから楽しみにしてたのによぉ」
「申し訳ありませんニャ~。その、急に体調を崩した者がたくさん出て、お見せできるものがなくなって……」
「あぁん? ふざけんな。俺は入場料と場所取り代金、今朝お前らの仲間に渡しちまったんだぞ。どうしてくれんだ。全額返してくれんのか?」
「それは……当方では把握してないニャ。お兄さん、騙されたニャ?」
「!!? ンなんだとぉ!? このっ、責任者呼べ、責任者!」
「「「…………」」」
――おおむねチンピラのようだった。
でなければ、そうとう柄の悪いうっかり屋さんだ。
客を名乗る無頼漢に囲まれ、獣人女性の猫耳はぺたん、と悲しげに垂れている。
解体作業の音が大きいためか、他の団員は助っ人に現れない。
なお、周囲の人間は呑気な野次馬と化しており、だれ一人仲裁しようとしない。
(まったく。どいつもこいつも……)
隠密中×緊急性の高い非常事態ということもあり、カチン、と来たアストラッドは、表情を無にしてチンピラたちに向かって行った。それにトールがぎょっとする。
「!! ちょ、おいアーシュ。待て待て早まるな。様子を」
「やるんですか? やるんですね?」
兄は弟の肩をつかみ、アイリスは嬉々と主語を省く。
つかまれ、問われた本人であるアストラッドは邪気なくふわっと微笑んだ。(※ただし目は笑っていない)
「いや、何も? とにかくあの女性団員を助けないと調査しづらいでしょう。さっさと済ませたいから二人とも黙ってて。適当に合わせてくださいね」
「あ、あぁ」
「何だ。わかりました」
荒事と呼べる経験は長兄との喧嘩くらい。どちらかというとそっち方面に向いていないトールは、大人しく末弟に頷いた。
逆に全く抵抗なさそうなアイリスは、瞳に剣呑な光を宿したままで付き従う。
(アイリス……“剣はなくても素手でいけますよ”みたいな顔してるけど、大丈夫だよな? 暴れたいってわけじゃないよな……???)
アストラッドは内心のフラグをできるだけ入念にへし折り、にっこりと笑った。
「じゃ、行きますね」
* * *
「あ、君たちはさっきの……」
一見柔和な面持ちで近づく眉目秀麗な少年少女(に見える)に、キティは目を瞬いた。
――敬愛する座長に頼まれた手前、ここは穏便に宥めたいところだったが、いかんせん気の短さに定評のある猫人族。申し訳ないが不適合だなとは思っていた。なまじ人間たちからは『辺境の民』と呼ばれ、軽んじられているのも良くない。
そもそも『膠着した不可侵の平和に、もっと民間レベルで交流があっても良いのでは……』と、魔王陛下直々にお達しがあって編成された一座と聞いている。でなければこんな奴ら、早々にお帰りいただいているところだ。
(猫っかぶりも楽じゃないニャ……)
彼らも、はぐれたという連れの少女たちについての再クレームだろうかと身構えたとき。
にこ、と品の良い笑みを浮かべた短い金髪の少年が男の腕を引いた。
男は頭の天辺から爪先まで相手を品定めしたあと、不機嫌そうに言い捨てる。
「邪魔すんなよ坊主」
「邪魔? それはこっちの台詞です。あなた方のほうがよっぽど邪魔だ。どいてください」
「ど」
「まず第一に。彼らは自由意思でこちらに赴いてくれたとはいえ、ゼローナとは国と種族を違える民。魔族です。これまで積極的な行き来こそありませんでしたが、和平を結んで久しい。こんなところで互いの種族への悪感情に繋がりかねない浅はかな言動はやめてほしい。
第二に、職種に貴賤などない。芸に生きる者を……――失礼。先ほどからやり取りを眺めていたが、軽んずるものではない。確認や頼みごとはもっと丁寧にすべきでしょう。
第三に」
「?! ~~まだあんのかよ!」
いったい何処に台本があったのか。
すさまじい長口上がスラスラと目の前の少年の口から流れてくる。
キティも居合わせた男たちも、少年の連れまでが唖然としていたが、金を払ったという男だけは顔を赤くして吠えていた。
少年は、待ってました、と言わんばかりに感じのよい顔で笑った。
「入場料、いくらでした?」
「え」
「払ったんでしょう? 大人一人。場所取り代金を除いて、いくらでした?」
「せ、千八百フルール……」
答える声が小さい。明らかに気勢が衰えていた。ちょっとたじろいだ風に男が後ずさり、視線を左右に泳がせる。
少年は「おかしいですね」と、続けた。
本当に不思議そうに首を傾げて。
「――ぼったくりもいいところだ。彼らの料金設定は良心的でしたよ。僕たちは午前の公演を観たので知ってる。大人六百。子ども三百。そちらの女性が受付をしてくれましたが、椅子に座った彼女の目線より低い身長の子は全員無料だった」
「!! そ、それは」
ぐぬぬぬ、と変な顔色になる男を相手に、麗しい人族の少年は憐憫すら漂う微笑で引導を渡した。
「お気の毒に。ずいぶんと騙し取られたんですね。……被害届出します? あっちで見廻りの兵士さんたち、いっぱい見かけましたよ」
広場を急いで走ってきたアストラッドとトール、アイリスは、予期せぬ事態に遭遇していた。
「え。これは……?」
足を止め、戸惑う王子二人に北公子息。
周知のために立てられていた飾り看板は取り外され、受付席も撤去されている。
午後公演の場所取り目当てに集まった人びとが遠巻きに眺めるなか、主に有翼の団員たちによって大天幕は豪快に解体されつつあった。
バサバサッ! と、音をたてて外布が剥がされ、骨組みの木が覗き始めている。
扉布が垂れていた辺りでは、納得ゆかなさそうな客が数名、猫型の獣人女性を捕まえて詰め寄っていた。
例年、春の技芸祭典と呼ぶべき期間はまだ残っている。男性たちの食い下がりようは、わからなくもない。
――ないが。
(……?)
どうも様子がおかしかった。
「おいおい、中止ってどういうことだ」
「すっげぇ評判だって言うから楽しみにしてたのによぉ」
「申し訳ありませんニャ~。その、急に体調を崩した者がたくさん出て、お見せできるものがなくなって……」
「あぁん? ふざけんな。俺は入場料と場所取り代金、今朝お前らの仲間に渡しちまったんだぞ。どうしてくれんだ。全額返してくれんのか?」
「それは……当方では把握してないニャ。お兄さん、騙されたニャ?」
「!!? ンなんだとぉ!? このっ、責任者呼べ、責任者!」
「「「…………」」」
――おおむねチンピラのようだった。
でなければ、そうとう柄の悪いうっかり屋さんだ。
客を名乗る無頼漢に囲まれ、獣人女性の猫耳はぺたん、と悲しげに垂れている。
解体作業の音が大きいためか、他の団員は助っ人に現れない。
なお、周囲の人間は呑気な野次馬と化しており、だれ一人仲裁しようとしない。
(まったく。どいつもこいつも……)
隠密中×緊急性の高い非常事態ということもあり、カチン、と来たアストラッドは、表情を無にしてチンピラたちに向かって行った。それにトールがぎょっとする。
「!! ちょ、おいアーシュ。待て待て早まるな。様子を」
「やるんですか? やるんですね?」
兄は弟の肩をつかみ、アイリスは嬉々と主語を省く。
つかまれ、問われた本人であるアストラッドは邪気なくふわっと微笑んだ。(※ただし目は笑っていない)
「いや、何も? とにかくあの女性団員を助けないと調査しづらいでしょう。さっさと済ませたいから二人とも黙ってて。適当に合わせてくださいね」
「あ、あぁ」
「何だ。わかりました」
荒事と呼べる経験は長兄との喧嘩くらい。どちらかというとそっち方面に向いていないトールは、大人しく末弟に頷いた。
逆に全く抵抗なさそうなアイリスは、瞳に剣呑な光を宿したままで付き従う。
(アイリス……“剣はなくても素手でいけますよ”みたいな顔してるけど、大丈夫だよな? 暴れたいってわけじゃないよな……???)
アストラッドは内心のフラグをできるだけ入念にへし折り、にっこりと笑った。
「じゃ、行きますね」
* * *
「あ、君たちはさっきの……」
一見柔和な面持ちで近づく眉目秀麗な少年少女(に見える)に、キティは目を瞬いた。
――敬愛する座長に頼まれた手前、ここは穏便に宥めたいところだったが、いかんせん気の短さに定評のある猫人族。申し訳ないが不適合だなとは思っていた。なまじ人間たちからは『辺境の民』と呼ばれ、軽んじられているのも良くない。
そもそも『膠着した不可侵の平和に、もっと民間レベルで交流があっても良いのでは……』と、魔王陛下直々にお達しがあって編成された一座と聞いている。でなければこんな奴ら、早々にお帰りいただいているところだ。
(猫っかぶりも楽じゃないニャ……)
彼らも、はぐれたという連れの少女たちについての再クレームだろうかと身構えたとき。
にこ、と品の良い笑みを浮かべた短い金髪の少年が男の腕を引いた。
男は頭の天辺から爪先まで相手を品定めしたあと、不機嫌そうに言い捨てる。
「邪魔すんなよ坊主」
「邪魔? それはこっちの台詞です。あなた方のほうがよっぽど邪魔だ。どいてください」
「ど」
「まず第一に。彼らは自由意思でこちらに赴いてくれたとはいえ、ゼローナとは国と種族を違える民。魔族です。これまで積極的な行き来こそありませんでしたが、和平を結んで久しい。こんなところで互いの種族への悪感情に繋がりかねない浅はかな言動はやめてほしい。
第二に、職種に貴賤などない。芸に生きる者を……――失礼。先ほどからやり取りを眺めていたが、軽んずるものではない。確認や頼みごとはもっと丁寧にすべきでしょう。
第三に」
「?! ~~まだあんのかよ!」
いったい何処に台本があったのか。
すさまじい長口上がスラスラと目の前の少年の口から流れてくる。
キティも居合わせた男たちも、少年の連れまでが唖然としていたが、金を払ったという男だけは顔を赤くして吠えていた。
少年は、待ってました、と言わんばかりに感じのよい顔で笑った。
「入場料、いくらでした?」
「え」
「払ったんでしょう? 大人一人。場所取り代金を除いて、いくらでした?」
「せ、千八百フルール……」
答える声が小さい。明らかに気勢が衰えていた。ちょっとたじろいだ風に男が後ずさり、視線を左右に泳がせる。
少年は「おかしいですね」と、続けた。
本当に不思議そうに首を傾げて。
「――ぼったくりもいいところだ。彼らの料金設定は良心的でしたよ。僕たちは午前の公演を観たので知ってる。大人六百。子ども三百。そちらの女性が受付をしてくれましたが、椅子に座った彼女の目線より低い身長の子は全員無料だった」
「!! そ、それは」
ぐぬぬぬ、と変な顔色になる男を相手に、麗しい人族の少年は憐憫すら漂う微笑で引導を渡した。
「お気の毒に。ずいぶんと騙し取られたんですね。……被害届出します? あっちで見廻りの兵士さんたち、いっぱい見かけましたよ」
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