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第三章 運命の人
61 あちこちの火花(後)
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「さて。そろそろ俺も馬車でご一緒するとしよう」
出発にあたり、それまでずっと愛馬に騎乗していたサジェスが車体に乗り込んだ。
長身の彼が加わると、日本にいた頃の感覚では修学旅行で引率の先生が同乗したような安心感がある。
宜しいかな? と茶目っ気たっぷりに問われ、ヨルナはにこにこした。
「はい。喜んで」
「サジェス殿下は、アクアジェイルにはどれくらいいらっしゃったのですか?」
座席も今までとは違う。進行方向を前にする席は奥からアストラッド、サジェス。
反対側の進行方向が背になる席は、奥からヨルナ、ミュゼル、ルピナス。とにかく空気を和らげたかった少女たちが、あれこれ奮闘した成果だった。
如才なく場に適した質問を投げかけたのはミュゼル。
サジェスはそれに、何かを思い出すように口元に指を添えた。
「俺は今、十九なんだが。ちょうど今のアーシュくらいだったかな? 王都の近衛騎士団じゃもの足りなくなって、北公領騎士団との合同演習を願い出たんだよ。十七までは北にいた。今でも、半年に一度は足を伸ばしてる」
「そんなに」
常識で考えれば、多忙を極めるはずの王太子が半年に二度。“転移”を使っていないのであれば、それはぎりぎりのスケジュール調整の賜物と思えた。
アストラッドは兄君の話に大人しく耳を傾けている。
が、ルピナスは大儀そうに息を吐いた。
「殿下。あまり小綺麗にまとめないでください。最初の演習はともかく、そのあとの滞在やら模擬戦やら、定期視察やらは全部うちの姉に会うためじゃないですか」
「「!!?」」
「ばれたか」
「バレバレですよ。北都一帯じゃ有名です。嫁入り前なのに、慎んでくださいよ……!」
「う~~ん?」
にこり、と、意外なお茶目さでサジェスが笑う。
ヨルナとミュゼルは、ただただ初めて目の当たりにする『ちょっと大人な恋物語』に圧倒されていた。
サジェスは表情を改め、軽く咳払いして二人に向き合う。
「まぁ……その。今回、貴女がたが同行してくださって本当に良かった。あっちに着いてイゾルデ殿に親書をお渡ししたら、すぐに彼女を紹介しよう。宜しく頼むよ」
「宜しく……とは?」
令嬢たちは、そろって首を傾げた。
「姉には友人がいない」
「こらっ」
「!!」
王太子の足りない言葉を容赦なく補足する一言に、一同はびっくりしてしまう。
サジェスは目を細めてそれを嗜め、ばつが悪そうにぼそぼそと訴えた。
「彼女が繊細で体が弱いのと、周囲が脳筋なのが悪い。……あと、若かった俺が考えなしに入り浸ったのもいけなかった。先だっての夜会で、北方貴族の令嬢がたが勝ち誇ったような顔で群がってきたからな。なにか仕掛けられたんじゃないかと……。旧エキドナだけじゃなく、そっちも要調査」
「はぁ」
――――お気の毒ですし、お忙しいですね、と、実に正直に口をついて出そうになり、慌てて飲み込む。
ふと正面を見ると、アストラッドに真っ直ぐ見つめられていることに気がついた。
「僕は、そんなことはさせません。万全に手を尽くします」
「…………はい?」
「よしなさいアーシュ。お前が言うと圧が半端ない……」
何とも言えない表情のサジェスが脚を組み替え、やれやれと息をつく。
車窓から風が通り、紅色の髪が炎のようにたなびく。
それが、緩やかに過ぎてゆく緑の景色に、鮮やかに映えていた。
* * *
馬車足は順調。めざすは北公領平野部。
早ければ日没時。遅くとも今夜。
一行は、件の姫君と魔族領からの使節が待つアクアジェイルに到着する。
出発にあたり、それまでずっと愛馬に騎乗していたサジェスが車体に乗り込んだ。
長身の彼が加わると、日本にいた頃の感覚では修学旅行で引率の先生が同乗したような安心感がある。
宜しいかな? と茶目っ気たっぷりに問われ、ヨルナはにこにこした。
「はい。喜んで」
「サジェス殿下は、アクアジェイルにはどれくらいいらっしゃったのですか?」
座席も今までとは違う。進行方向を前にする席は奥からアストラッド、サジェス。
反対側の進行方向が背になる席は、奥からヨルナ、ミュゼル、ルピナス。とにかく空気を和らげたかった少女たちが、あれこれ奮闘した成果だった。
如才なく場に適した質問を投げかけたのはミュゼル。
サジェスはそれに、何かを思い出すように口元に指を添えた。
「俺は今、十九なんだが。ちょうど今のアーシュくらいだったかな? 王都の近衛騎士団じゃもの足りなくなって、北公領騎士団との合同演習を願い出たんだよ。十七までは北にいた。今でも、半年に一度は足を伸ばしてる」
「そんなに」
常識で考えれば、多忙を極めるはずの王太子が半年に二度。“転移”を使っていないのであれば、それはぎりぎりのスケジュール調整の賜物と思えた。
アストラッドは兄君の話に大人しく耳を傾けている。
が、ルピナスは大儀そうに息を吐いた。
「殿下。あまり小綺麗にまとめないでください。最初の演習はともかく、そのあとの滞在やら模擬戦やら、定期視察やらは全部うちの姉に会うためじゃないですか」
「「!!?」」
「ばれたか」
「バレバレですよ。北都一帯じゃ有名です。嫁入り前なのに、慎んでくださいよ……!」
「う~~ん?」
にこり、と、意外なお茶目さでサジェスが笑う。
ヨルナとミュゼルは、ただただ初めて目の当たりにする『ちょっと大人な恋物語』に圧倒されていた。
サジェスは表情を改め、軽く咳払いして二人に向き合う。
「まぁ……その。今回、貴女がたが同行してくださって本当に良かった。あっちに着いてイゾルデ殿に親書をお渡ししたら、すぐに彼女を紹介しよう。宜しく頼むよ」
「宜しく……とは?」
令嬢たちは、そろって首を傾げた。
「姉には友人がいない」
「こらっ」
「!!」
王太子の足りない言葉を容赦なく補足する一言に、一同はびっくりしてしまう。
サジェスは目を細めてそれを嗜め、ばつが悪そうにぼそぼそと訴えた。
「彼女が繊細で体が弱いのと、周囲が脳筋なのが悪い。……あと、若かった俺が考えなしに入り浸ったのもいけなかった。先だっての夜会で、北方貴族の令嬢がたが勝ち誇ったような顔で群がってきたからな。なにか仕掛けられたんじゃないかと……。旧エキドナだけじゃなく、そっちも要調査」
「はぁ」
――――お気の毒ですし、お忙しいですね、と、実に正直に口をついて出そうになり、慌てて飲み込む。
ふと正面を見ると、アストラッドに真っ直ぐ見つめられていることに気がついた。
「僕は、そんなことはさせません。万全に手を尽くします」
「…………はい?」
「よしなさいアーシュ。お前が言うと圧が半端ない……」
何とも言えない表情のサジェスが脚を組み替え、やれやれと息をつく。
車窓から風が通り、紅色の髪が炎のようにたなびく。
それが、緩やかに過ぎてゆく緑の景色に、鮮やかに映えていた。
* * *
馬車足は順調。めざすは北公領平野部。
早ければ日没時。遅くとも今夜。
一行は、件の姫君と魔族領からの使節が待つアクアジェイルに到着する。
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