もしも、いちどだけ猫になれるなら~神様が何度も転生させてくれるけど、私はあの人の側にいられるだけで幸せなんです。……幸せなんですってば!~

汐の音

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第三章 運命の人

69 不思議な魔王

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 ふつう、王は使節にも護衛にもならない。どちらかと言えば遣わすほう。守られるほう。
 果たして、魔王かれを杓子定規な人間ひとことわりにあてはめて、こんこんとさとしても良いものか。
 北の地でユウェンと再会したアストラッドは、つかの間、本気で迷った。



   *   *   *



魔都ナイトメーアからの使節代表の方々がお着きです」

 カチャ、と通路に控えていた護衛騎士が扉をひらき、すぐに入室した魔族人員は三名だった。大人、大人、――子ども。
(子ども?)

 三名とも移動の際の騒乱を気遣ってか、目深にフードを被っている。全身すっぽりとマントで覆っていた。大人は背中がこんもりとしているので、多分翼持ち。

 白い石を切り出して磨き込んだ大きな円卓に、高い背もたれのある古風な椅子が六脚。うち、もっとも上座であり司会進行をつとめる席にイゾルデ。時計回りにサジェス、アストラッド。反対側は奥から背の高さ順に掛けていった。

「遅くなりましたか」

「いえ、時間通りです。窮屈ではありませんか? マントをお取りになっては」

「かたじけない」

 気さくそうな男の声。笑み含んで礼を述べた男にならい、三名の姿があらわになる。

 ――数時間前。
 アストラッドの緊張は、そこまでだった。



   *   *   *



「……(言いたい。すごく言いたい……、『なんで、あなたが直接ここに』って)」

 ザグラフと談笑するアストラッドは完全に他所よそ行きの表情かおで、品行方正ででしゃばらない、優秀な第三王子そのもの。

 ルピナスは、こっそり嘆息した。
 自分が『アイリス』として王都に滞在したことはジェイド家として伏せておきたい。ゆえに、聞くに聞けない。諦めて、初対面の北公嫡子としての態度を崩さずマレーネごとユウェンに向き合い、近づく。
 が。

「今日は、ちゃんと男なんだな」
「……〇×☆★◇◎▼……!?!?」

 えっ、とか、はい? とか、不明瞭な反応をしてしまった。側に並び立ったミュゼルが不思議そうに小首を傾げる。

「あの……お人違いでなければ、ユーグラシル陛下でいらっしゃいますね? お久しぶりです。わたくし、先だっての王城でお目にかかりましたわ。覚えておいでですか? 貴方はロザリンド王女とだけ踊っておいででしたが」

「覚えてるよ。人の子の公爵エストの娘。でも、あまりその名は出さないで。一応『随行員の一人』という体裁だから」

「それは失礼を」

 軽やかに淑女の礼をとるミュゼル。
 あくまでも自然な態度を崩さないユウェン。
 心持ち青ざめたルピナスに、背の高いマレーネは、にこっと微笑みかけた。

「ルピナス殿。ユウェンはこう見えて、千年以上も生きています。世に満ちるすべての魔力を把握できるかたですので、そのぅ…………女装? のご趣味があったとしても、すぐに見破られてしまうの。気にしないほうがいいわ」

「今、ものすごく不名誉なことを言われた気がしますが保留で。ユウェン殿、なぜ」

 ――わかったんです?
 訊こうとして一つの仮定にたどり着き、固まった。まさか。

 ぎぎぎ、と、軋みをあげるようなぎこちなさで斜め後ろを伺う。
 ザグラフとの雑談を終えたアストラッドが、珍しくいたわるような笑みを向けていた。

「宴のとき、陛下ちちに『あの令嬢、男だな』って教えたのは彼だよ。ルピナス」

「!! くそっ、やっぱりか!」

「え? 何? そういうこと? ユウェン様のルピナスが強制送還になっちゃったのね?」

 ミュゼルの問いを受け、ユウェンがひょいっと肩をすくめる。

「べつに、特技ってわけじゃない。魔力の流れが、男と女じゃ違うから」

「~~……っ! あああ、もう! わかった、わかったからこれ以上、私の傷に塩を塗り込まないでくれないか……?」

 こんなに気弱な北公子息あなた、初めて見るわ、と茶化すミュゼルに誘われ、皆の頬が緩む。異種族の客人らが朗らかに笑い声をあげるのを、ホールの反対側・サロン席で見守る面々もいた。



   *   *   *



「――よかったこと。少々危惧しましたが、息子も溶け込めているようです」

「ルピナスは、あれはあれで愛らしい性格ですから。これから先、国境向こうとの関係も深まるかと思いますが。何も話し合いは剣のみというわけではない。大丈夫。やっていけますよ」

「……そうですね。けれど、我が家は代々守護の一門。これからも武術や兵器、戦術の道を究め、勇猛な兵を育てる志は捨てませんが」

「大事なことです」

 頼りにしていますよ、と笑う王太子に、イゾルデは意味ありげに視線を逸らし、ほぅっと吐息。口元に指を添えた。

「……娘にも、体術の一つや二つ仕込んでおけば良かったかしら……いえ、今からでも」とひとりごち、グラスを傾けようとしていた彼をしこたませさせた。


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