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第 1 話 〈コスモポリテス〉
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* * * * * *
恭介は、1日の仕事を終えてアパートに帰宅したはずが、なぜか森みたいな場所で、よくわからない状況に陥った。
「なあ、おい、ちょっと待て。キミ、今なんて云った?」
聞き違えでなければ、青年いわく、自分を「好きしていい」らしい。笑えない冗談である。しかし、周囲のチビッ子たちは恭介のカラダに飛びつくと、スーツの上着やベルトを奪い取ってゆく。小さな手には意外と力があった。革靴や、くつ下まで脱がされる始末である。さらに、シャツとズボンに手をかけてくるため、さすがに抵抗するしかない。
「待て待て、こらっ、やめないか!」
軽く腕を振ると、カツンと、何かが胸ポケットから落下した。プラチナ万年筆である。チビッ子のひとりが拾いあげ、青年に手渡した。
「……これは、なに、」
めずらしいようすで携帯用のペンをながめる青年に、恭介は返却を求めた。
「万年筆だよ。知らないのか。」
手のひらを向けて差しだすと、きちんと返してもらえたので安堵した。それにしても、ブランド品のネクタイの行方が気になった。アパートに戻ってから、自分でほどいた記憶はない。
恭介は裸足にされてしまったが、やわらかい羽根の上にいるため、思ったより不快ではなかった。ひとまず、社会人の礼儀として自己紹介をしておく。
「オレは石川恭介って云うんだけど、キミの名前は?」
相手の見た目は年下につき、面倒な敬語は使わなかった。青年は先程から無表情だが、恭介の顔をまっすぐに見てこたえた。
「ぼくは、リシルド=ディアラ=ガーデンハーツだ。」
思ったとおり、氏名には異国のふぜいが漂っている。恭介の髪と目は黒いが、リシルドは違っていた。お互いに名乗り、顔見知っとなった今、恭介は、くだけた口調で会話を続けた。
「あのよ、リシルドくん、」
「シリルでいいよ。」
「うん? シリル?」
氏名のどこを取ったら“シリル”になるのかと、内心突っ込んでおく。言葉が通じるため少し油断した。
「シリルくんは、ここに住んでいるのか?」
「キョースケって、ばかなの? ここは墓地の近くにある遺跡だよ。こんなところで、生活するわけがない。」
「……そ、そうなのか?」
ルーインとは、遺跡や廃墟を意味する言葉である。確かに、崩れた岩や倒木が目についた。ちなみに、気安く呼び捨てられたが、まったく構わなかった。恭介は、いわゆる上下関係という立場が苦手な性格で、だからこそ個人事務所を立ちあげている。
さて、現在地はどこかの遺跡だと判った以上、次は、帰宅する方法を探さなければならない。考えたくないが(本当にばかげた考えだが)、おそらく現在地は、日本ではないと思われた。夢なら早く醒めてほしいものだが、しっかりと意識はある。
「どうしたもんかな。……とりあえず、遺跡に用はないし、出てるか。」
恭介はそう云って、二、三歩ほど前へ進んだが、シリルからシャツの裾を引き寄せられた。
「シリルくんも一緒に行くか?」
振り向いた途端、避けるひまもなくキスを喰らった。驚いた恭介は青年の腕を掴み、カラダごと押し返した。そのはずみで肩がけの衣服が地面へすべり落ちると、やはり、布下は裸身であった。淡い褐色の肌が露になっても隠そうとせず、コーラルレッドの双瞳で、じっと恭介の顔を見つめる。
「わ、悪い。びっくりしたから、……ほら、」
布を拾って差しだすが、シリルはそ無視して歩き始めた。
「シリルくん? 待てっ、」
あわてて追いかけようとした時、周囲のチビッ子が、ひとりもいなくなっていたことに気づいた。
「あいつらはどこへ……、」
突然の状況にうろたえる恭介の耳に、シリルの声が聞こえた。
「ぼくが、キョースケを助けてあげる。コスモポリテスの王宮まで案内するからついて来て。」
裸身で振り向かれても、目のやり場に困る。だが、恭介は青年を追いかけるしかない。“コスモポリテス”どうやらそれが、この世界の呼び名らしい。
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