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14話 死者の町の偽王

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 『聖女』が追放されたことで心ある有力な貴族が王都を離れていった。
 これに危機感を覚えたのは信仰心が篤い者達である。
 まるでその危機感を煽り、焦燥感を後押しするかのように血そのものを思わせる不気味な赤い雨が丸一日、降り続いたのはまさにその時だった。

 『聖女』を失った神殿が苦渋の決断を下す。
 北のブレイズ領、西のウィンディ領、南のフロウ領。
 神官達は三方に別れ、神殿を廃棄することにしたのだ。
 これにはもう一つの理由があった。
 『聖女』のことを再考してもらうと登城した大司教が帰還しなかったばかりか、その首が罪人として、晒されたのである。
 こに恐れ戦かない者はいなかった。
 そして、神官の後を追うように信仰心のある者達も王都を去っていった。

 まるでその日を境に『聖女』と『異変』が入れ替わったのだ。
 後の歴史家はそのように史書に記すことになる。
 これまでに見られなかった奇妙な現象が各地で起こり始めたのだ。

 それは王都も例外ではない。
 王都に残っているのは新王イラリオに媚びへつらう者ばかり。
 貴族とは名ばかりの貧乏貴族や評判が悪い貴族、下位の貴族。
 そのような者達が跋扈する魔都と化していた。
 彼らは貴族としての権利は主張する。
 ところが義務は放棄しているものだから、民を虐げるだけの存在だったのだ。
 その為、多くの民は頼れる伝手を辿って、地方へと逃げるように都を去っていった。
 現在、都に残っている民は逃げることが叶わなかった者達なのだ。

 そこに『異変』が生じようとしていた。
 奇病の流行。
 赤い雨を浴びてしまった者が数日の後に病を発症し、その死者数が留まるところを知らなかった。
 まず、全身に赤い発疹が生じ、高熱が出るのが初期症状である。
 そこから、吐血や下血といった出血を伴う症状が現れるともはや手の施しようがない末期症状だった。
 この病の厄介なところは不用意に防護なしに患者や死者と接することでさらに感染が広がることだ。
 それを怠ったが為に初期症状の患者から、次々と感染が広がっていった。

 しかし、真の恐怖はここからだったと言えるだろう。
 この病に罹り、天に召された者は手厚く、埋葬された。
 火葬ではなく、土葬であったことが引き金となる。

 この世の全てを恨むような呻き声とともに乾いた土を突き破ったのは人の腕だった。
 それも一本や二本ではない。
 無数の腕がそこかしこから、生えてきていた。
 棺桶の中で遺体が急速に腐乱していく。
 肉が腐り落ちていき、骨だけが残るのが本来の姿。
 どうやら、この病に罹った者には死して、なお平穏が訪れないようだ。
 それが地中で他の死体とくっつき合い、新たな生命体が誕生したのだ。

 この動く死体こそ、後に『ゾンビ』と呼ばれる魔物である。

「これが現在、王都で起きている出来事だ」

 ビセンテはそう締めくくり、報告書を畳むと大きく息を吐き出した。
 話を聞き終えたオスワルドは腕組みをしたまま、黙っている。

「それで……これからどうするんだ? イラリオには……」

 オスワルドの問いに対して、ビセンテはお道化たように肩をすくめる。

「さあ? 彼に言ったところでどうかなるかい? とりあえず、僕は僕の仕事をやるだけだ」
「はっ……。お前という奴は相変わらずだな」

 呆れたように呟いたオスワルドだったが、すぐに気を取り直したのか、表情を引き締める。

「俺も出来る限りの協力はするぜ。だから、何かあったら遠慮なく言ってくれ」
「ああ、ありがとう。君のような友人を持てて本当に嬉しいよ」

 二人は固い握手を交わした。
 それから、数日後のことである。
 王都では早くも『異変』の影響が出始めていた。
 各所で『ゾンビ』による襲撃事件が発生していたのだ。
 この『ゾンビ』に襲われ、死んだ者もまた、『ゾンビ』になるという恐ろしい事実が判明した。
 既に王都内のあちこちで『ゾンビ』の姿が見られるようになり、王都はさながら死者の町と化していた。



 この事態を重く見た新王イラリオは急遽、騎士団の派兵を決定し、町中を巡回させることにした。
 だが、それでも被害は収まらない。
 それどころか、増えていく一方だった。

 そもそも、今回の派兵を決めたのはイラリオではなかったのだ。
 彼の側近であり、軍師のように裏で動いているのはビセンテ・フロウだった。
 彼はイラリオに事態を報告することなくし、独断で騎士団の派遣を決定したのだ。

 当然のことながら、このような勝手な行いにイラリオがこの決定に激怒する……とはならなかった。
 むしろ、感謝される始末だった。
 新王として、即位したイラリオはイラリオ・ドラクルと名乗り、自らを英雄王と謳っていた。
 だが彼は全く、知らなかったのだ。
 王として、君臨していると思っているのが自分だけであることに……。
 彼を王と認めている者など、この国では少数派に過ぎないということに……。
 イラリオの思い描く『英雄王』など、絵に描いた餅。
 彼の地位は砂上の楼閣に等しい不安定なものだったのだ。

 そうとも知らず、決裁を下し、王としての務めを果たすとイラリオはいそいそと自室へと向かう。
 そこで自分を待っている愛しい女との蜜月に心を弾ませていたのだ。
 彼の中には民の苦しみなど、欠片も届いていなかった。
 婚約者であるはずのレイチェルと愛を育むどころか、体で触れ合うことすら、許さなかった。
 普段の情動を考慮に入れ、そうされていたことに気付きすらしなかったイラリオはそのことに憤慨していた。
 そして、現れたヒメナを一目見て、運命の相手であると信じた。
 彼女に対しては誠実であろうとするイラリオにヒメナもまた、心を許し、全てを許した。
 イラリオは初めて触れ合う女の肌と色香に溺れ、狂ったのかもしれない。
 互いに初めての関係であったにも関わらず、相性が良かったのか。
 それともヒメナに与えられた『力』のなせる業だったのか。
 はっきりしたことは分からない。
 しかし、それ以来、イラリオはヒメナとの愛に溺れ続けた。

「ヒメナ。すまない。待たせてしまったね」
「ううん。あなたのことはいつまでだって、待てるのよ」

 イラリオはそう言って、小首を傾げ、頬を桜色に染めるヒメナを優しく抱き寄せる。
 二人の影は自然と重なり、熱く激しい愛の行為がいつ終わるとも知れず、続くのだった。
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