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第一部 名も無き島の小さな勇者とお姫様

第32話 小さな勇者の怒り

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ネズ・イソロー視点

 姫さんが消えた場所はウェディングドレスの試着まで出来るいわゆる出店だった。
 それを突き止めることが出来たのはレオの直感だった訳だが、それだけあの二人の絆が強いということかねえ?

「しかし、おかしな話だなあ。誰もいねえ」
「本当だ。どうなってるんだ?」

 レースやフリルが付いた純白のドレスが何点か、飾られているだけで人がいない。
 おかしな話だ。
 こういう商品なら、当然のように案内する人間がいるものだろう?

 百貨店ではすぐに店員がやってきて、応対してくれて逆に煩わしいくらいだったが、あれが普通じゃないのか?

「ロー! あっちだ! あっちにリーナがいる」
「お前……目が!?」

 はっきりと感じた。
 レオの全身から、怒りにも似た確かな感情の揺れっていうのをな。
 あの時と一緒だ。
 島に一度、危機が訪れたことがある。
 野望を抱いた岩の巨人ルングニルが島を支配しようとやって来た。
 あのセベクさんですら、敵わない相手にどうしようもなくなった時、あいつが……レオが不思議な力を発揮して、やっつけたんだ。
 その時、レオの赤い瞳が炎のように揺らいで輝いていた。

「おい! 待てよ! レオ!」

 姫さんも言ってたよなあ。
 レオが自分を守ってくれたって。
 ひょっとしたら、あいつの力は誰かを守ろうとすることで発揮されるのかもしれない。
 それも大切に思っている人間に対してだ。

 だとするとまずいぞ。
 あの感じは島の時よりも怒っている。
 我を忘れて暴れる可能性もあるんじゃないか?



「なんじゃ、ありゃあ!」
「あれだ! リーナはあれに捕まってるんだ」

 ものすごいスピードで走り始めたレオに追いつくのがやっとで辿り着いたのは百貨店の裏手だ。
 商品の搬入口にあたる場所で人目につきにくいからか、大きな商品が無造作に積まれていた。
 その中に明らかに違和感のある物体がいやがった。

「聞いたことがあるぜえ。ありゃ、ネペンテスの魔物だ」
「ネペンテス?」
「食人植物さあ。幻覚を起こす粒子を発生させて、獲物が惑っている間に触手を使って、捕まえて食べるって話だなあ」
「それじゃ、リーナは……」

 ネペンテスは温暖な気候で生息する種で大きくても人間の大人くらいのはずだ。
 だから、人を襲うことは滅多にないし、森の奥にしか、生息していないんじゃなかったか。

 大きさからして違うぞ。
 高さだけでも俺達の三倍はあるだろう。
 横幅は酒樽三本で済むかも怪しい。
 緑色の巨大な醸造樽から、蔓のような触手が伸びていると言った方がいいな。
 触手で捕まえて、醸造樽で獲物を溶かす訳か……。

「まだ、時間が経っちゃいないから、姫さんはきっと無事だ。ありゃ、多分、姫さん以外の人間も腹の中にいるぜえ」
「分かった。リーナは無事なんだね。僕が助ける! うおおおおお!」
「おい! 待てってば、レオ!!」

 駄目だ。
 あいつの耳に俺の言葉は届いてないんじゃないかと思うくらいに我を失っている。
 くそ! 仕方ねえな!

「俺は攻撃魔法なんて、ほとんど使えないんだがなあ。仕方ねえやあ。とっておきだあ! 風の刃ウインド・カッターよ、我が敵を切り裂け!」

 武器も持たずに突っ込んでいったレオを目掛けて、鞭のようにしなった触手が襲い掛かっていたが、あいつは物ともせずに避けていた。
 だが、避けるだけで攻撃に転じることが出来ないようだ。

 この俺が何とか、するしかない。
 俺が発動させた風の初級魔法風の刃ウインド・カッターがレオに襲い掛かる前に切り裂いた。
 意外と出来るな、俺。

「ありがとう、ロー! うおおおお! このおおお!」

 あいつ、滅茶苦茶だな。
 地面を蹴っただけで三倍以上ある醸造樽の頭まで届いたぞ……。

 錯覚か?
 目を擦ってみるが、まだ見えている。
 レオの体がほんのりと赤い炎のようなもので包まれているように見えた。
 あいつの瞳の揺らめきと似ている。
 その炎が強さを増して、襲い掛かる触手はあいつに触れる前に焼き切れているようだ。

「リーナ! 今、助けるから」

 いや、すごいな、あいつ。
 俺は何も出来ていないのにあいつ、ほぼ一人でやりやがった。
 それだけ、あの姫さんが大事なんだな。
 あいつ自身はそのことに気が付いてないみたいだが。
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