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13 リュドミラという女①

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 スヴェトラーナがメドヴェージェフ邸の呼び鈴を鳴らすと時代遅れのそれは屋敷の外観にふさわしく、いささか古めかしい音を鳴らした。
 ブザー音に似た少しばかり、耳障りな音だった。

「今、出るよ。うるさいね!」

 声のトーンは若い女性である。
 しかし、それにしては違和感の強い声だった。

「あんた達かい? うちの下宿を希望する変わり者の姉妹は?」
「へぇ」
「えぇっ」

 玄関の扉を開け、姿を現したのは短い裾丈で太腿も露わな随分と挑発的なメイドドレスを着た若い女性だった。
 色素が薄い黄金色の髪はまるで金糸のような艶やかさを醸している。
 夏の澄み切った青空の如く、透明感を伴った青い瞳からは生命力があふれ出しているかのようだ。

 ただし、背は高くなく、平均よりやや低い百六十センチのアナスタシアはともかくとして、小柄で百五十五センチしかないスヴェトラーナよりもさらに低い。
 顔もまだあどけなさが残っていると言った方ふさわしい若々しさに溢れていた。
 身に着けている装束からするとメドヴェージェフ邸で下働きをしているメイドなのだろうかとアナスタシアは考えた。

 しかし、スヴェトラーナの考えは全く、違った。
 少女のようにしか見えず、使用人と間違えられてもおかしくない見た目の者が口走るとは思えない内容を口走っていた。
 明らかに異質の存在としか思えない。
 導き出した答えはいささか己の正気を疑いかねないものだった。

「もしかして、貴女がリュドミラ・メドヴェージェフ様ですか?」
「えー!? そうなんですか、お姉様」
「そうかい。そうかい。あんた、中々いい目をしてんじゃないか。そんなとこ、突っ立ってないでさっさと中に入んな!」
「ええ。そうさせていただきます」
「は、はいぃぃ」

 スヴェトラーナは自分が『魔王』だった前世を持っている。
 ましてや普通の人間だったはずのアナスタシアが異能に目覚めるのもその目にしているのだ。
 齢百歳を超えるとも言われるリュドミラが、少女のような見た目をしていたからといって、今更驚くようなことはなかった。
 少なくとも表向きは……。

 内心ではさすがに動揺を隠しきれない。
 単なる普通の人間が若さを保ったまま、年を経るのはありえない現象である。



 そのまま、リュドミラに押し切られる形で二人はダイニングルームへと誘われた。
 手指消毒をするように促された二人が席を離れている間、リュドミラは実に手際よく、てきぱきと食卓を飾っていく。
 ボルシチの名で知られる野菜スープを始めにヴァレーニキと呼ばれる水餃子に似た料理が盛りつけられていた。

「用意が終わったんなら、さっさと座んな!」
「え、ええ。はい」
「……」

 アナスタシアに至っては怒られてもいないのに凄い剣幕でまくしたてるリュドミラ相手にかなり、委縮していた。

「何してんだい? さっさと食べないかい。それともあたしの作ったもんなんか、口に合わないかい?」
「いいえ、そのようなことは……。あまりの御馳走に妹は驚いただけでしてよ」
「え、ええ。は、はい。そ、そうなんですぅ」

 引き攣った笑顔でようやくそう答えたアナスタシアだが、腹の虫は正直だった。
 元々、アナスタシアは欲望の赴くまま、生きてきた。
 姉を犠牲にして、隠れ蓑にして、生きてきた。
 目の前に並ぶ郷土の家庭料理を一刻も早く、味わいたくて仕方がないのにこれまで培ってきたあざとく、生き抜こうとするスキルが邪魔をしていたのだ。

「だったら、とっとと食べなっ」

 言い方こそ、つっけどんなもののリュドミラの顔に浮かぶのは嫌悪や困惑の色ではない。
 彼女の顔に浮かぶのはむしろ、同情と慈愛の色だった。
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