婚約者に捨てられた訳ありΩは辺境でしたたかに生きることにしました

和泉臨音

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4.ここはまさに新天地

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 エリックはもともと王都の騎士団に所属する騎士だった。年齢はコルトよりも少し若い二十三歳。
 エリックとコルトはβとΩという性別の違いはあれど、黒髪黒目が同じだからかどことなく雰囲気が似ていた。辺境伯領へ向かう旅路でも「兄弟か?」と聞かれることも多かったのだが、血の繋がりは全くない。

 そんな彼がファリシアンの我儘により、ファリシアンの専属護衛になったのは五年前だ。
 どうやらファリシアンは黒髪黒目の筋骨隆々すぎないがそれなりに鍛えた年上がタイプだったらしい。
 コルトが婚約者に選ばれたのもファリシアンが一目惚れしたからだと聞いているので、まあそうなのだろう。

 突然職場の変更を余儀なくされ、騎士としての出世コースを絶たれたエリックはトラジェント侯爵家ファリシアンの屋敷でコルトと出会った。コルトもエリックと同じ騎士団に所属はしていたが、いわゆる裏方事務員だったため勤務中に顔を合わせる機会はなかった。そんな二人を引き合わせたのがファリシアンである。
 ファリシアンはエリックにコルトの剣の相手をするようにと命じた。「ボクのためにコルトはもっと強くかっこよくなってね!」というのがその頃のファリシアンの口癖だったように思う。何を言っているんだとコルトは呆れつつも、年下の可愛い婚約者を無下には出来なかった。

 結果、ファリシアンに将来を振り回されたコルトとエリックが妙な親近感をおばえて仲良くなったのは必然と言えよう。
 しかもコルトが辺境へと追いやられるのが決まった時にエリックも追放……もとい、コルトの護衛として追従することが決まった。
 ファリシアンの意向というよりもミラ王女の希望だろうということは誰の目にも明らかで、それを裏付けるようにコルトの辺境行きは恐ろしい早さで進められた。
 どのくらいかといえば、婚約解消を告げられた翌日には出発するようにと王城からきた使者に言われたほどだ。まるで夜逃げである。
 さすがにコルトたちを哀れに思ったトラジェント侯爵夫人の采配で数日の猶予はできたが、最低限の準備で辺境へと向かうはめになった。

 今考えれば旅路の途中で魔獣に襲われ食われてしまってもいいと思われていたのかもしれない。むしろそれが狙いだったのだろう。
 しかし残念ながらエリックもコルトもそれなりに腕は立つので、魔獣や野盗と交戦したものの無傷で辺境伯領へたどり着くことができていた。

 そんな二人が今生活しているのは宿屋ではなく小さな借家だ。
 ランドリア辺境伯領の首都ラーシムは中心部に行くほど栄えており治安が良い。街外れの魔獣たちを防ぐために築かれた城壁近くは、日雇いの傭兵などが住む質素な掘っ立て小屋が並ぶ地区である。
 コルトたちの借家はまさしく城壁にほど近い場所にあった。
 本来Ωが住むべき治安の場所ではない。そのためエリックは少しばかり難色を示したが「問題ない」とコルトが押し切った。
 コルトはΩと言ってもフェロモンを出したところで襲われる心配もないし、その辺のゴロツキよりも腕はたつのだ。
 
「じゃあ行ってきます。いいですか、買い物する場合は絶対に表通りの店にしか行っちゃダメですからね! コルト様は何気に箱入りなんですから、すぐ騙されちゃいますから」
「わかってるって。ほら早くいかないと集合に遅れるぞ。エリックも怪我には重々気をつけて。皆にもよろしくな」
「はい!!」

 まだ日も昇らぬ早朝。コルトは笑顔で出かけるエリックを見送る。もはやこの光景も見慣れたものだ。

 コルトたちが辺境へ来てからあっという間に一月が経過していた。

 到着した頃は清々しい日差しが降り注ぐ過ごしやすい日々が続いていたが、最近は乾いた北風が強くなりぐっと寒さが増している。

「この辺りの家に必ず暖炉があるってのはこの寒さのせいか……」

 乾いた北風に身震いをしながらエリックを見送ったあと、コルトは早々に暖炉のそばへと移動した。
 まだ朝日が昇る前なので冷え込むみが一段と厳しい。
 そんな中、エリックが元気いっぱいにどこへ出掛けたのかと言えば魔獣狩りである。

 もともとエリックは「危険から人々を守りたい」という信念を持って騎士になった男だった。ファリシアンに声をかけられなければ騎士として多くの民を守るために活躍していただろう。
 護衛の任に就いていた時よりも、今の方が何倍も生き生きして見えるのはコルトの気のせいではないはずだ。

「さて今日は港の方にでも行ってみようかな」

 ランドリア辺境伯の執事に手紙を渡したあと、コルトはエリックに「もう俺たちも好きに生きないか?」と持ちかけた。
 エリックも辺境行きに対して思うところがあったのだろう。二つ返事で了承し、当面二人で生活していこうという話になった。
 剣を扱える二人にとって、ここは幸いにも仕事に困ることのない土地である。
 エリックは早速腕に覚えのある者が各地から集まり結成された傭兵団へ入団し、日銭を稼ぎを始めた。この家も傭兵団で斡旋してもらった場所だ。さすがに宿屋に泊まり続けるのは経済的ではなかったので大変ありがたかった。

 コルトもエリックと共に傭兵になろうと思ったが、正直にいえば剣を振り回すのも鍛錬も好きではない。ただ元婚約者ファリシアンが、強い男が好きだったので鍛えていただけなのだ。
 だが、もうその必要はない。そう考えるとこれを機に、ずっとやりたかったことをしたいという欲が浮かんでしまった。しかし極めれば将来的には商売になるものの、今は勉強に時間を取られてしまう。それはエリックに負担をかけることになる。

 やはり傭兵になるべきか、と迷うコルトの背中を押してくれたのはエリックだった。

「傭兵業は怪我をしたら続けられなくなリますからね。ここは王都付近と違って魔獣も強い。それならば他の稼げる道を探しておくのも必要ですよ」

(本当にエリックは優しくて貧乏くじを引くタイプだよな)

 そんなところも二人は似てるよね、と言ったのはファリシアンだったか。
 それはさておき。
 爽やかな笑顔のエリックに「おれたち好きに生きるって決めたじゃないですか」と言われてコルトは決心した。
 そうだ、これからはこの新天地で自由に生きるんだ! 
 コルトはその第一歩としてやりたかったこと、錬金術の研究に本腰を入れることにした。

 とはいっても今は住居を整えたり街の探索をしたりと、生活基盤を整えるのがコルトの仕事となっている。
 錬金術を研究するにも知識書グリモワールや工房などが必要となるので、そう簡単に始められるものではないのだ。
 はやる気持ちがないわけではないが、焦っても仕方がないこともある。

「まだ起きるには早いよな……店もやってないし」

 そう、焦っても仕方ないのだ。休息もまた重要な時間である。
 今までなら絶対にあり得なかった二度寝をするべくコルトは質素なベッドへ戻る。
 暖かい布団にくるまると何とも言えない幸せを噛み締めた。

(あー、なんて贅沢なんだろう……)

 コルトは惰眠を貪るべく、再び瞳を閉じたのだった。
 
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