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5.百聞は一見にしかず
しおりを挟むエリックが傭兵仲間から聞いた話によれば二年前の魔獣の大量発生以降、辺境伯の姿を見かける回数が減ったらしい。魔獣の調査のため少数精鋭で森の奥に入っているからだろうとのこと。
首都ラーシムの城壁の外には深い森が広がっており、死の山脈へと続いている。その森全体の調査をするとなるとかなりの労力と時間が必要だろう。普通なら領主自ら出向くことなんてないはずだが、どうやら辺境では違うらしい。
肩書でなく実力を示せ。
そんな言葉を受け継ぐ歴代ランドリア辺境伯たちは、危険な場所にこそ己で出向くのだという。なんという勇姿か。王都のお気楽貴族たちに爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいとコルトでなくとも思うだろう。
想像以上に多忙を極める辺境伯である。
屋敷に居ないというのはどうやら執事の嘘ではなかったようだ。
日が昇り、二度寝から起きたコルトは洗濯などを済ませてから街へと繰り出すことにした。
中心地のいわゆる大通りに面したお店は治安も良く、買い物はしやすいが少し値がはるのが難点だ。それに錬金術や魔術の知識書を扱う店が少なく、とてもコルトが買えるような金額では店頭に並んでいなかった。
エリックからは表通りの店以外には入るなと言われているが、本当なら裏道のヤバそうな店の本を漁りたい。たぶんコルトのそんな想いがバレているからこその釘刺しなので、無駄に心配かけないよう言いつけは守ろうと自制はしている。
しかし、だ。露店なら周りの目もあるので犯罪に巻き込まれる危険も少ないだろう。裏路地の店ではないからエリックの言いつけも守れている。完ぺきだ。
そんな事を考えながらコルトが思い描いたのは、街の中心地を挟んで家の反対側にある港地区だ。
港地区までは距離があり、馬車に乗る必要があるので今まで行ったことがなかったが、珍しい外国からの品を扱う露店で市が建っているらしい。きっと貴重な知識書もあるだろう。
(なにも買えなくても、ただ眺めるだけで楽しそうだ)
コルトは意気揚々と乗合馬車へと乗り込み、港地区へ向かうのだった。
ランドリア辺境伯領は死の山脈と王都へ続く荒れた丘陵地、さらに海に面している。死の山脈から降りてくる魔獣だけでなく、海の向こうの隣国にも対応しなければならない統治の難しい土地だ。ただ五十年ほど前より隣国とは友好関係が続いており、大きな外交問題がないのは幸いと言えよう。
南の英雄と言われるランドリア辺境伯の態度が殺伐としているのも、その重積を考えれば当然なのかもしれない。
辺境地の大変さはコルトも知識としてもちろん知ってはいたが、その場所を実際目にするのと遠くから話に聞くだけでは全く印象が違った。
百聞は一見にしかずとはよく言ったものだ。
「おお……賑わってるな」
そして今まさにコルトはそのことわざを体感していた。
目の前に広がる簡易テントの群れが凄い、海岸沿いの道だけでなく白浜にまでテントがいくつも並び、取り扱う商品は衣服から装飾品、雑貨、食品などざっと見ただけで多岐にわたる。おいしそうな匂いを漂わせて海鮮を焼き、提供している店には列ができていた。
生まれ育った地でも王都でも体験したことのない活気あふれる光景に、コルトはしばし見入ってしまう。
(なんかいいな、こういうの)
海風は冷たく身に染みるというのに、何故か心は浮き足立って思わず頬が緩んでしまう。そのまま海原へと目を向ければ、水面が美しく輝いていた。
(人の活気もすごいけど……ここは魔力が想像以上に溢れているんだな)
コルトの推察を肯定するように、体に暖かなモノが流れ込むような感覚がした。間違いなく魔力だ。
魔力は子を産めるものにしか感じることも使うことも出来ない、自然界に存在しているエネルギーである。それを利用し活用するのが魔術であり、錬金術だ。
魔術は女性が扱うことができ、錬金術は男のΩだけが扱うことができるとされているが、第一性で呼び方を分けているだけで内容としてはさほど差はない。魔力を使って病や傷を癒す薬をつくったり、壊れた物をなおしたりと日常生活にどちらも幅広く利用されている。
ただやはり人口の約半分を占める女性よりも男のΩの方が圧倒的に人数は少なく、その中で錬金術を学べる機会に恵まれる者も少ない。
実際コルトも辺境に来て、辺境伯に門前払いをされなければ錬金術を研究しようと思うこともなかっただろう。
本当に、本当に、自分のやりたいことをできるというのはなんて幸せなことなのか!
(よし、今日の夕飯はここで済ませてしまおう)
魔獣狩りで遠征しているエリックは二、三日は留守にするというので帰宅が遅くなっても問題はない。思う存分にこの場所を堪能したい!
露店巡りももちろんだが、海から流れてくる魔力にも大変興味がある。
王都の知人が見たら別人だと思うのではないかというほどコルトはキラキラと瞳を輝かせながら、手始めに屑魔石の露店を冷やかすことにした。
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