婚約者に捨てられた訳ありΩは辺境でしたたかに生きることにしました

和泉臨音

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31.急がば回れ

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「おや、コルト様。もうお加減はよろしいので……どうかなさいましたか?」

 コルトがランドリア辺境伯邸を訪れれば、迎えてくれたジェイクが優しい笑顔を少し強張こわばらせる。

「あ、あの! エリックは、エリックはこちらに来ていませんか?」

 こんな朝早くからエリックがここにいるはずはない。
 そんなことはコルトだってわかっているのに、口から自然と言葉が出ていた。

 本人は無自覚だったが発情期明けでろくに食事もとっていなかったコルトの頬はやつれ、急いで走ってきたため髪も乱れており、ただ事ではない様相になっている。とにかく中へお入りくださいと案内されたのは大きな窓のある明るい応接室だった。

「何があった?」

 落ち着くようにとジェイクに用意してもらったホットミルクを飲んでいれば、あわただしい足音を響かせて子ども姿のルーティスが現れる。
 コルトはここに来るまでの間にどんどん不吉な想像をしてしまっていたが、ルーティスの煌めく銀髪と新緑色の瞳を見たら少し不安が軽くなるのを感じた。

「エリックがずっと帰ってきていなくって、いえ、それは俺が家にいたから仕方ないのかもなんですけど、そうじゃなくて魔獣退治にいっていなくって、いえそれもそういう時もあるかもなんですけど、そうじゃなくて、お世話になっている人に頼まれた仕事に無断で欠席していて、それだけじゃなくてその後もどこにいるのかわからなくて、もしかしたらどこかで魔獣に襲われて動けなくなって困ってるんじゃ……」
「わかったから、少し落ち着け」

 コルトはソファーから立ち上がってルーティスに走り寄ると矢継ぎ早に説明する。ルーティスは動揺しまくっているコルトの様子に小さく息をつくと安心させるように両手でコルトの手を握った。そのまま手を引いて、先程までコルトが座っていたソファーへ連れていく。

「とりあえずこれを飲め」

 渡されたホットミルクのカップを受け取るとコルトは言われたとおりに一口飲む。

(甘い……美味しい……)

「体が疲労していて悲観的な考えにとらわれているんだろう。エリックは傭兵団に所属できるような男なんだろう? しかも仲間に戦力として頼られている。そんな人間がおいそれとくたばったりなどしない。大丈夫だ」
「そう、ですよね。すみません」

 無断で仕事を休むなどエリックらしくないし、だからお世話になってる髭もじゃの傭兵も心配して家を見に来てくれたのだろう。しかし傭兵職の人間に対して一週間帰宅しないからおかしいと騒ぎ立てるのは大げさだ。騎士とは違い傭兵の規約はだいぶ緩い。突然入った仕事で街から姿を消すなどはよく聞く話で、そのあとフラッと帰ってくる。

「……心配するなとは言ってない。ただ、何もわからない状態なら無事を信じろというだけだ」

 新緑色の瞳がまっすぐコルトを見つめる。コルトもルーティスの瞳をしっかりと見つめ返した。

(ルーティス様の言う通りだ。俺が慌てたってどうしようもない)

 コルトはルーティスの瞳を見つめたまま大きく頷く。素直なコルトにルーティスも満足げにうなずくと、乱れているコルトの黒髪に手を伸ばして整えるように頭を撫でた。

「……まあ、こういう時に私を頼ってくれたのは正解だが」
「あ、いえ、頼ったつもりはなくて、俺の知ってるエリックの最後の行き先がここランドリア辺境伯邸だったので、なにか知ってることはないか聞きに来たんです。もう、一週間前なんですが、その日どこへ魔獣退治に行ったのかわかれば後も追えるかと。なにかご存じないでしょうか?」

 そのままコルトの頭を撫でていた小さな手が止まる。座っていても身長差があり、少し背伸びした状態で頭を撫でていたルーティスはコルトの真剣な顔に一瞬動きを止めた。

「なるほど。思ったより冷静なんだな」
「あ、すみません。みっともない姿をお見せしましたよね。発情期明けで動揺してたみたいで、ルーティス様とお話ししていたらだいぶ落ち着きました」

 間違いなく高位貴族の屋敷に訪れる格好ではなかった。コルトは今更ながら恥ずかしくなって身支度を整える。ルーティスは落ち着かせるために頭を撫でてくれたのかと思ったが、単純に髪が乱れていたのだろうと気づいてコルトはさらに顔を赤くした。
 その様子にルーティスは何度か瞬くと、思わず笑ってしまった。

「クッ、いや気にするな。ただ悲観していたんじゃなくてそこまで考えて行動していたのなら、たくましいし頼もしい限りだ。エリックがここに来た時の様子だったな……コルトの休みを伝えに来ただけで私はそれ以上踏み込んだ会話はしていない。ケヴィンならもっと詳しいことを聞いているかもしれないが」
「ケヴィンさんが?」
「ああ、屋敷にも一緒に来たし、最近はよく二人で待ち合わせをして昼飯を食べていると聞いている」
「?!」

(いつの間にそんなに仲良くなってたの??)

 コルトと三人で夕食に行くことは何度かあったが、二人で出かけているなど全く知らなかった。

「ジェイク、ケヴィンに使いを出して至急来るように伝えてくれ」
「承知しました」
「あと、消化のよさそうな食事も」
「はい、そちらはすでにご用意しております」
「そうか、助かる」

 驚いているコルトの横で、ルーティスとジェイクの会話が進んでいく。

(消化に良いものって……誰か具合でも悪いのかな? え、もしかして体調が悪いケヴィンさんを呼び出すんじゃ)

「コルトの食事だ」

 わかりやすく心配顔をしたコルトに、呆れたように目を細めてルーティスが告げる。

(また心を読まれた?!)

「ケヴィンが来るまでは時間もあるし、その様子だと食事もまともにしないで来たのだろう? フラフラの体ではいざという時動けないからな。しっかり食べておいた方がいい」

 辺境騎士団が多くの脅威に立ち向かうことが出来るのも、街の人たちに信頼されているのも、ルーティスのこうした気遣いや考え方が団全体に広がっているからなのだろう。
 自分を犠牲にしない。
 その精神は簡単なようでいて、自分自身で実行するのはなかなか難しい。

「はい、ありがとうございます」

 コルトはしっかりと頷くと、残っていたホットミルクを全部飲み干した。
 
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