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30.発情期
しおりを挟むΩの発情期は個人差はあれど一週間くらい性的興奮が高まり、無差別にαを求める状態になる。
コルトはだいたい三日程度でおさまり、意識が飛ぶのも数時間で済むので発情期としては軽い方だった。そんなコルトでも相手がいない虚しさは何度経験しても辛い。その上コルトは発情しているのにαが欲情することはなく、目の前でスヤスヤと寝られたことが幾度とあった。フェロモンのせいだとわかってはいても、自分には相手を興奮させる魅力がないのだと悲しくなって自然と枕を涙で濡らすのがコルトの発情期である。正直発情すること自体がトラウマだ。
そんないつも苦痛しかなかった発情期だったが、今回はなぜか穏やかに過ごすことができた。
モコモコひざ掛けを抱きしめ顔を埋めれば、何とも言い難い安心感があった。心が温かいもので満たされる。
性処理もいつもは虚しいだけなのに気持ちがいいと思えた。
発情期の症状が軽いコルトはいつも三日程度で収まるのだが、今回はいつもより長くかかった。時折夢の中にルーティスが現れたものの、接触は手をつないだくらいだったので胸を撫で下ろした。さすがにおかずにしてしまっては申し訳がなさすぎる。
(手をつないだのはティスなのに)
なぜか夢の中のルーティスは大人の姿で、手をつないで工房へと続くレンガ道を二人で歩いていた。ただそれだけなのにとても嬉しくて、いつも流していた悲しみの涙が今回は嬉し涙に代わっていた。自分でもなにがそんなに嬉しいのかわからないが、発情期ゆえの情緒不安定のせいだろう。
発情している間はもっぱらルーティスの夢ばかりを見たが、発情が落ち着くとコルトは昔の夢を見た。
『ごめんね、コルト。ごめんね。幸せになってね』
泣く母になんと声をかけていいのか、まだ子どもだったコルトはすごく悩んだ記憶がある。
最初の結婚で家を出てからかれこれ十年近く経ったが、両親にも幼かった弟にもそれ以来会っていない。手紙のやり取りはしていたので近況はお互い把握しているが、辺境に来てからは一通も送っていなかった。
王命に背き潜伏するように生活している、とは少々言い難いが、訳ありになったコルトは行方不明としておいた方が家族に迷惑が掛からないだろうと思ったからだ。
(久しぶりに思い出したな。前ランドリア辺境伯婦人の日記を見たからだろうか……)
末端と言えど貴族のΩとして生まれた以上、長男でも嫁に出ることになるだろうと思っていたコルトは顔見知りの男爵に嫁げることになって安心していた。知らない相手に嫁ぐよりよっぽどいい。そう思っていたのに母は違ったようだ。泣いて詫びる悲壮感溢れる母の姿に「もしかして俺は可哀相なんだろうか?」と気づいてしまった。母は強制的に嫁がされる息子に同情したのだろう。両親は恋愛結婚だと聞いていたし、子どものコルトより思うことは色々あったのかもしれない。
次に自分の運が悪いのではとコルトが思ったのは男爵に離縁された時だ。いつも朗らかで優しかった男爵も、母と同じように悲壮感溢れる顔で「すまない」とコルトに詫びた。
その後はファリシアンに会うまで決して良い境遇だったとはさすがにコルトも思ってはいない。プライドを傷つけられたαは攻撃的になる者が多かった。ただコルトはその理不尽に耐えられただけだ。
ファリシアンと婚約してからは後ろ盾が出来たからか、体を鍛えて殴っても殴り返してきそうに見えたからか、変に絡まれることも減った。さらに色々と学ぶことも出来て充実した日々だった。だけどそれらは半ば強制的で、窮屈さを感じずにはいられなかった。ファリシアンの婚約者として、Ωとして、しなければならないことだったから。
(可哀相なΩ、か)
此処に来てからはそんなことすっかり忘れていた。
魔術が使える人間として扱われることはあるが、子を産むための腹として見られることはない。一般的なΩとしての振る舞いを求められない。第二性でなく一人の人間として認識されているのが実感できる。
Ωに生まれたからには結婚して幸せになるべきだと思い込んでいたが、そうではない道もあったのだ。少なくともコルトにとっては結婚しないという選択肢こそ幸福になる道だったのだろう。
そのきっかけをくれたルーティスには感謝しかない。
(ルーティス様にはいつの間にかいっぱい世話になってしまっているし、早く呪いを解いて恩返ししなくっちゃ)
「……うん、よし。発情期終わったな」
発情期特有のふわふわ思考から抜け出して頭がスッキリとしてきたコルトは、ベッドから起き上がると換気のために窓を開ける。外の寒さに震えながら洗濯物を集めれば暖炉のある部屋へと移動した。
朝日の差し込む部屋には熱はなく、しばらく誰も立ち入っていないことが伺えた。暖炉の灰も冷え切っているのでエリックはここ数日帰宅していないのだろう。
やはり宿屋にでも泊まったのかな、とコルトが思ったのとほぼ同時に玄関の扉がノックされた。
「おいっ、エリック帰ってるのか!?」
(あれ? この声はたしか傭兵団の人だ)
この家を斡旋してもらった時にエリックに紹介された人だろう。背はあまり高くないが体は大きく髭もじゃで、見るからに傭兵といった感じの人だ。ガサツそうな見た目に反して面倒見がとてもいいのだと、エリックが言っていた。
「おい! 居るんなら返事しろ!」
ドンドンドン、と朝にしては激しいノック音にただ事ではないと察したコルトは慌てて扉を開けた。
「なんだ、やっぱりいるんじゃねぇか……って、弟のほうか。おい、エリックは帰ってるか?」
扉を開けたコルトを最初エリックだと思ったのだろう、顔を上げたコルトが別人だとわかると傭兵団の男は顔をしかめる。
エリックの弟ではないしむしろ年齢的には兄なんだがとコルトは思ったが、誤解されていてもさほど問題がないのでスルーする。
「あの、何かあったんですか? エリックはここ何日かたぶん帰ってないみたいで……」
「チッ、あいつらどこいきやがったんだ。三日前の仕事はデカいから絶対に来いって言ったのによぉ」
「あの」
「ここのとこエリックが詰所に来てねぇんだよ。デカい仕事ん時も絶対行きますとか言ってたからアテにしてたのによぉ」
「えっ」
(家に帰ってこないのは俺が発情してるからだってわかるけど、魔獣退治に行かないなんてことある?)
あんなに毎回満面笑顔で魔獣退治に出かけていた、エリックが??
「まあいいや、戻ったら詰所に顔出すよういってくれ」
「あ、はい」
まさか何か事件や事故に巻き込まれたのでは? と傭兵団の男に詰め寄りたかったが、どうみても彼は何も知らないだろう。コルトは立ち去っていく男の背中を呆然と見送る。
(どうしよう、絶対にエリックが職場に無断欠勤するなんてありえない)
傭兵団といういわゆるゴロツキが集まる秩序のない場所だとしても、他の傭兵がどうかはしらないが、エリックは約束したら必ず守る男だ。しかも世話になった相手から来るようにと言われた魔獣退治だ。無断で休むなんてありえない。
「えっと、最後に会った日も魔獣退治に行くって言ってて……」
(そうだ、俺がしばらく休むことを辺境伯に伝えに行ってくれたはずだ! とにかく足取りを追ってみよう)
どこかで怪我をして助けを待っているかもしれない。
コルトは洗濯物を放り出すと開けた窓を閉め、身支度を整えると家を飛び出した。
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