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29.思いやりに包まれて
しおりを挟む冬の死の山脈は雪で閉ざされ、人が立ち入れる場所ではないと聞いていたが、首都ラーシムの冷え込みも中々のものである。辺境にきて三か月。雪が舞う日も多くなり、どちらかと言えば温暖な王都で過ごしていたコルトは昼間でも外に出たくないと思う日々になった。
(よし、出来た)
まだ薄暗い早朝、コルトは自宅の暖炉のそばでモコモコのひざ掛けに包まれて作業をしている。モコモコひざ掛けは余りにも工房で寒がっていたコルトにルーティスがくれたものだ。羊のような魔獣の毛で編まれておりとても温かい。
その温かなひざ掛けの上でコルトがもくもくと作っていたのはカラフルな組紐だ。これはただの紐ではなく魔法陣が立体的に織り込まれた、なかなか高度な魔道具である。
出来上がった組紐と近くのテーブルに置いてあった設計図と見比べて、予定通りにできているか確認する。
(たぶん大丈夫な、はず。あとはエリックに使ってもらって確認しよう)
その組紐を革製の巾着袋に通して完成だ。新しいエリックの財布である。これで落としても探すことができるだろう。
閲覧を許可された前ランドリア辺境伯夫人の日記には様々な魔術が書かれていた。この組紐もその一つだ。ルーティスから「無くしたものを発見する魔術がある」と教えられた時は、てっきり無くしたくないものに刺繍をするのだと思っていたので、紐という新たな形が衝撃だった。
(しかも立体的にすることでいくつも魔法陣を織り込むなんてよく考えたよな。王都でも見たことないし、ルーティス様の母君は魔術の天才だったに違いない)
イヴェルザに聞いたところ、あの隠蔽されていた机や日記帳の鍵なども前ランドリア辺境伯夫人が考えた魔術なのだそうだ。
元々ランドリア辺境伯家は武芸同様、魔術に対しても重きを置いており、優秀な魔女が嫁入りする事が多かったようだ。
前ランドリア辺境伯夫人もその一人で、Ωの魔女だったこともあり歴代の中でも多くの魔術や魔道具を開発したとのこと。
どんなに偉大で崇高な人だったのかと思えば、その魔術のほとんどは夫や子どもたちの為に開発していて、良き妻で優しい母だった事が察せられた。
(まさかこの魔術が、物を落としまくるルーティス様のために考えられたとは思わないよな)
魔術を確認するのに前後の日記を読ませてもらったのだが、「ルーティスがまた上着を忘れてきた」「今度は帽子」「なぜ剣の鞘を失くすのかしら?」等々。
「ふふ。……何度思い出しても笑える」
どこからどう見ても威厳があって隙のなさそうなルーティスの、子ども時代とのギャップにコルトは思わず笑みを浮かべる。あまりにもルーティスが可愛くて、その後の日記もついつい読んでしまった。
腕に刻まれていた魔術印もてっきり毒殺対策なのかと思っていたのに違ったようだ。「ケヴィンからルーティスが森の中に生えていたキノコを食べたと聞いた。お腹を壊さなくてよかった」「微量だけど毒のある木の実をお土産だと持って帰ってきた。勝手に食べないよう言ってはあるけど心配。なにか対策を考えるべし」のあとに解毒用魔術の魔術印への転用が記されていたのだ。母の苦悩を察してしまう。
(小さいルーティス様はファリシアン様なんか目じゃないほどヤンチャだったんだな。今のお姿からは考えられない)
コルトの顔が思わずにやけてしまう。日記兼魔術研究ノートは全部で五冊あり、最初の三冊はそんな感じで微笑ましい日常と優しい魔術がいっぱい書かれていた。
その様子が変わったのは四冊目の途中からだ。前ランドリア辺境伯が殉職し、ルーティスが十二歳の若さで辺境伯を継いでからである。
前ランドリア辺境伯夫人の夫を亡くしたことへの絶望と、息子も夫と同じように死んでしまうのではないかという恐怖。しかも前ランドリア辺境伯が亡くなった頃と前後して、辺境騎士団に所属していた夫人の父と兄も殉職しており心労はかなりのものだったのようだ。日記には日常で感じるちょっとした不安が大袈裟に書かれるようになり、嘆きの文章ばかりになっていった。
前ランドリア辺境伯の死後、夫人も数年後に病死したと聞いていたが、体よりも先に心が病んでしまったのかもしれない。実際はどうだったかわからないが、他人がそこまで知るべきではないだろう。
最後の五冊目のノートには栞も挟まっていなかったので、コルトは読むのを控えることにした。
少しばかり思考に沈んでしまったコルトだったが、扉が開く音で我に返る。
「おはようございます、コルト様。……もしかしてまた徹夜しましたか?」
「ええと、まあ、うん。これを完成させたくて」
「!? もしかしておれの財布ですか?」
「そう。落としても魔術で探せる組紐をつけたから、無くしたら言ってね」
「ありがとうございます! 今度は落とさないよう大事にします!!」
そんなに喜ばなくてもいいのに、と思いつつも喜んで貰えるのは嬉しい。ただ先日、ケヴィンに御守りを渡したところ比喩でなく飛び上がって喜んでくれて、そのあまりの喜びようにはさすがに申し訳なく思った。ルーティスからケヴィンに御守りは要らないと言われたものの、約束したからにはとオーソドックスな刺繍をしたハンカチをプレゼントしたのだ。
その様子を見ていたエリックに「特別な図案になんかしていたらケヴィン様の情緒がヤバかったかもしれませんね」と真顔で言われてコルトは苦笑してしまった。捻りのないものを渡したことに後ろめたさが浮かんでいたが、結果的には良かったのかもしれない。
「作っていただいておいてあれですけど、あまり根を詰めると体調を崩しますよ。ほら、なんとなく顔が赤くなってますし、熱っぽかったりしませんか?」
気付けばすでに朝日が昇っており、部屋の中も幾分明るくなっている。朝日のせいではと一瞬思ったコルトが「あっ」と声を上げた。
「発情期になったかも……」
コルトの発情期はおおよそ四ヶ月に一回で、ランドリアに来てから初めての発情期だ。
最近色んなことがありすぎて、すっかり自分の発情期のことなど忘れていた。
「そういえばそんな時期ですね。どうしますか? ランドリア辺境伯にお伝えしてあちらで過ごさせて貰うとか?」
エリックの提案にコルトは激しく首を左右に振る。
「そんな迷惑はかけられないよ。部屋にこもっていればここで過ごしても大した問題はないし、とりあえず一週間くらい工房に行けないのは伝えてくるけど」
「……もしかしなくても、ご自分でこれから伝えに行くつもりじゃないですよね?」
「行くつもりだけど?」
呆れ顔のエリックにコルトは不思議そうに首を傾げる。コルトのフェロモンは誰が嗅いでもリラックス効果しかないし、普通のΩの発情期に比べれば周りに与える影響はかなり少ないのだ。その点だけ、出来損ないのΩで良かったとコルトは思っている。
ただそうはいってもΩのフェロモンではあるので、コルトがΩだということがバレる場合もある。
「ダメに決まってるじゃないですか。ケヴィン様からも改めて身の回りに注意するよう言われたばかりですよね」
「う、そうだけど……」
人攫いの件を調べ直したケヴィンから、「どうやら男のΩを探している物騒な輩がいるようなので、コルトさんはくれぐれも注意してください」と先日念を押されていた。
「辺境伯へはおれが事情を説明してきますよ。今度からは始まる前にお伝えしてちゃんとお休みをもらってください」
「う、ごめん。ありがとう」
コルトはエリックの好意に甘えることにして、三日は続くであろう部屋ごもりの為に水や食料を準備する。
同じ家に発情しているΩがいるのは申し訳ないが、βのエリックにはさほど影響もない。あったとしても多少の物音がするくらいだが、そんなことも気にならないくらいよく眠れるようになるはずだ。もし気になるようなら数日は宿屋に泊まってくれとお願いして、魔獣退治に向かうエリックを送り出す。
「はぁ……自覚したら熱くなってきちゃった……」
さっきまで寒いと思っていたのに不思議すぎる。
コルトは暖炉の火を消すと、モコモコのひざ掛けを手に自室へ戻っていった。
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