婚約者に捨てられた訳ありΩは辺境でしたたかに生きることにしました

和泉臨音

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38.救出

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 月の光が思ったよりも明るいので船に近づくと見つかってしまうのではないかとコルトは心配になったが、大型船のほとんどの船員は港に宿泊しており船には最低限の人数しか残っていないとのこと。見張りも少人数なのでタイミングを見計らえば死角から船に乗り込むのは容易だった。
 コルトは船に乗り込むと、エリックの財布を探すべく魔術を発動する。

「船のちょうど真ん中あたりにに反応があります」
「船内図で見た中央階ですね。それでは行きましょうか。他の者は手筈てはず通りに行動してください」
「承知いたしました」

 コルト、ルーティス、ケヴィンの三人はエリックを救出するため魔術で反応のあった場所を目指す。
 他の騎士や魔術師は船の動力源を停止させ、逃げられないよう食い止める作戦になっていた。エリックの救出に成功次第、海上で控えている騎士団の船も合流して一網打尽にする予定となっている。
 
「情報では船員は二十人いないだろうとのことなので、遭遇する可能性は低いと思いますが……と、言ってる傍から」
「私が行く」

 エリックがいるであろう場所を目指し廊下を進んでいれば前方から歩いてくる人影が見えた。まさか船員以外がいると思っていないのだろう、コルトたちが見えているはずなのに慌てる様子はない。そんな船員に一気に距離を詰めたルーティスは、剣を抜くことなく一瞬にして船員を海へと投げ飛ばした。本当にあっという間の出来事だった。船員も何が起きたのかわかっていないだろう。

「急ぐぞ」

 水音は響いたもののその音に反応する者はなく、廊下には静寂が訪れる。ルーティスの指示に従いコルトとケヴィンは急ぎ足で後に続いた。

 大型船は三階建てになっており、一番上はいわゆる客室と操舵室があり、中央階には客室と倉庫、最下層には船を動かす動力源となる魔道具と倉庫があると船内地図には書かれていた。魔術の反応に従い中階層に到着すれば、探しているものが近くにあるのを感じる。コルトは剣の鞘に手をかけて警戒しつつ、先頭に立って廊下を進む。

「この角を曲がったあたりです」

 コルトの魔術が指し示した先は倉庫でなく客室だった。廊下には特に見張りらしい影もない。

(警備が手薄すぎる気がする……)

「見張りもいないなんて、随分と不用心ですね」

 今まさにコルトが感じた疑問をケヴィンが口にした。ドクリと心臓が高鳴る。

(それってもしかして……エリックが逃げられない状態ということではないだろうか)

 コルトは嫌な想像をしてしまい背筋が寒くなった。確認するのが怖くなってきたコルトの耳に、落ち着いたルーティスの低い声が聞こえた。

「まあ部屋から逃げても海の上だからな。それ以上は逃げられないと高を括っているんだろう。コルト、魔術の気配は感じるか?」
「あ、いえ、特にはなにも……」
「それなら大きな罠もありませんね。行きましょう」

 ケヴィンは立ち止まったコルトの横を抜け扉を開けようとしたが、さすがに鍵はかかっていたようで開かない。ケヴィンは無言で剣を抜くと迷うことなくドアノブを破壊した。その衝撃でキラキラと氷の結晶が舞い散る。
 ケヴィンの持つ「氷結の魔剣」の効果だ。氷結の名の通り刀身に描かれた魔法陣は透き通っており、まるで氷で出来た美しい彫刻のような魔剣である。そして何よりコルトが驚いたのは、この魔剣を作ったのも前ランドリア辺境拍夫人ルーティスの母だったということだ。しかも使用できる者を魔術印とリンクさせることで、実質上「氷結の魔剣」はケヴィン専用の魔剣になっているらしい。知れば知るほどルーティスの母は魔術の天才だったんだなとコルトは尊敬の念を抱く。

 ケヴィンが勢いよく扉を開けて中に入れば、中には大きなベッドとソファーが置かれていた。客室の中では良い部屋なのだろう。結構な広さがあり、どことなく家具や装飾に高級感があった。
 その部屋のベッドの上には両手を手錠でつながれ目隠しをされたエリックが座っていた。

「! エリック!!!!」
「?? その声は、コルト……さま?」

 コルトは飛びつかんばかりの勢いでエリックの元に走り寄ると、目隠しを外す。

(よ、よかった……生きてる!!!!!!)

 少し頬はこけて顔色は悪いが大きな怪我はなさそうだ。コルトは一気に気が抜けてベッドに座り込んだ。

「よかった……エリック、良かった。ひどい事されなかったか? 大丈夫か?」
「はい、ここに来てから食事が変な薬草茶だけしかもらえなかったくらいで、あとはずっと放置されてたので問題はありません」

 思わず涙ぐんでしまったコルトを落ち着かせるべくエリックは笑顔を作る。そしてコルトの後ろにいるケヴィンとルーティスに視線を向けた。

「ケヴィン様、ルーティス様……わざわざおれなんかの為にすみませ……うぐっ」
「え?? ケヴィンさん??」

 コルトはケヴィンの行動に思わず固まってしまった。
 ケヴィンは突然エリックの襟首を掴んだと思ったら唇を重ねたのだ。その行動にはルーティスも思わず苦笑する。

「っ……とりあえず、回復薬と各種状態異常回復の薬です」
「……ふぁ??」

 唇が離れればケヴィンがフンッと鼻を鳴らしながら自分の唇を舌で舐め取る。
 突然何をしたのかと思えば、口移しで回復薬を飲ませたようだ。

(え? なんで、どういう事??)

 エリックは薬を渡せば自力で飲める状態である。それなのになぜ口移しをする必要があったのか?
 突然のことにコルトは呆然と二人を見つめ、エリックは真っ赤になって固まってしまった。

「アナタが行方不明になったと知ったコルトさんは目も当てられないほど心配していたんですよ。探しに来るのは当然でしょう? しかも今回狙われたのはどうやら辺境伯の婚約者のようですからね」
「そうだな。我々にも関係のある話だ。むしろ巻き込んでしまって申し訳ないと思っている」
「! いえ、そんなことは……」

 エリックは真っ赤な顔のままケヴィンとルーティスを見たあと、何とも言えない表情を浮かべた。それこそもし誘拐されたのが辺境伯の婚約者コルトだというなら辺境伯自ら助けに来るのはわかる。だがエリックはただの平民で、一傭兵に過ぎない。それだけコルトが二人に大事に思われているのか、それとも辺境騎士団は人情深く平民でも手を差し伸べるのか。そのどちらだとしてもとても嬉しいことで、エリックは今まで感じたことのない喜びが込み上げてくるのがわかった。

「あり、がとうございます」
「ああ」

 エリックが自然と礼を述べれば、ルーティスは重々しく頷いた。

「さて、その手錠をざっくり切ってしまいましょうか」

 そういいながらケヴィンが魔剣を抜いたのとほぼ同時、廊下から部屋をのぞく人影があった。

『ちっ、ここもダメだ!』
『こうなったら、船ごと沈めて全員、生贄にしてやる!!』
 
(エランドゥーダ語?)

 覗き込んでいたのは二人で、いずれもエランドゥーダ人とわかる肌の色の濃い男だった。エリックに助けが来たことを知るときびすを返し走り去る。

「いま、船ごと沈めてやるって……」

(嫌な予感がする。あの男、結構魔力のある魔石を持っていた)

 エリックがいる部屋に踏み込もうとやってきたエランドゥーダ人の手には大きな魔石が握りしめられていた。こんな大きな船を動かす技術を持つ国なのだ。あの魔石で何を行うのか想像もできない。いま追わないと大変なことになる気がする。

「エリックのことお願いします!!」
「おいっ、コルト! チッ」

 飛び出したコルトのあとを追ってルーティスも部屋を飛び出す。
 ケヴィンはそんな二人を見送ってから、「頼まれたので」ともう一度エリックにキスしたあと魔剣で手錠の鎖を破壊した。

「これは魔術防止の手枷ですね。これを今すぐ壊すのは難しいのでしばらく我慢していただけますか?」
「だ、だ、だ、大丈夫です。魔術は使えませんから」
「そうでしたね。でも少し……いえだいぶ腹立たしい。しっかりとこの落とし前は着けさせていただきましょう」

 二回目のキスの意味は全く分からず真っ赤な顔で動揺するエリックに、ケヴィンはにこやかな笑みを浮かべる。その微笑みがなんとも恐ろしい迫力を伴っており、思わずエリックは「ヒッ」と声を上げて慄いてしまった。
 コルトもわかりやすいがエリックも表情が出やすく喜怒哀楽がわかりやすい。よく今まで人違いだとバレずに拘束されていたものだ。
 ケヴィンはにこやかな表情を浮かべたまま、エリックが本当に無事で良かったと深く安堵した。
 
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