婚約者に捨てられた訳ありΩは辺境でしたたかに生きることにしました

和泉臨音

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46.母の願い

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『―― どうしてルーティスがこんなひどい目に合わないといけないの。魔獣と戦って死んでしまったらどうするの? 怖い。このままではランドリア家が廃れてしまう。旦那様に会ったらなんていえばいいの!!!!!』
『―― あの子がもっと幼ければこんなに傷つかずに済むのに。なんで大きくなってしまったのかしら。子どもに戻って頂戴。お願いよ……』
『―― 今日のパンケーキは絶品だったわ。旦那様も早く帰ってきて食べたらいいのに。ああ、おかえりはまだかしら……』

 五冊目の魔術研究ノートは四冊目よりも支離滅裂なところが多く、前辺境伯夫人の痛ましい姿が文章からでも見て取れるものだった。
 その中でもとりわけ顕著けんちょに記載されていたのはルーティスのことで、とにかく生きてランドリア家の血を後世につないでほしい、子どもに戻って戦場に行かないでほしい、という二点が多く目についた。

 コルトは竜の呪いと聞いたとき違和感しかなかった。まず、竜が人を呪うということに違和感があった。そこまでの思考が竜にはないからだ。呪いとは相手を強く恨むことが必要となる。そんな感情はないはずだ。次に子どもになる意味もわからなかったし、夜は元に戻るという理由がもっとわからなかった。
 だけど、ルーティスの母の日記を読み、合点がいった。
 これはそもそも『呪い』ではなかったのだ。
 ただ稀代の天才魔術師が願いを込めて我が子の無事を祈り施した魔術が、数々の偶然を経て変化した結果なのである。

 時系列的にはこうだ。
 まず、生まれたルーティスにランドリア辺境領の風習にのっとって『健康と成功を願う魔術印』が刻まれた。これは辺境領で生まれた、ある程度裕福な家庭の赤子ならみんな施される祝福らしい。この時は多くの領民同様、この魔術印には子の成長を願う親の愛情以上の意味はなかった。

 ルーティスが十二歳のとき、殉職した父から家督を継ぐ。
 すでに体もそれなりに育っており武芸の才もあったルーティスは迷うことなく戦場へとおもむいた。それに苦言を呈したのは母親である前辺境伯夫人だけだったらしい。イヴェルザによれば前辺境伯夫人は騎士団の重鎮と随分と揉めていたそうだ。そんな母をいさめたのはルーティスで「辺境伯としての責任を果たさせてほしい」と言い切ったとのこと。それ以降、前辺境伯夫人は何も言わなくなったそうだ。
 その後、たびたび骨を折るなどの怪我をルーティスは負ったが魔獣討伐では良くあること。しかし母親としては心をすり減らす事案でしかなった。前辺境伯夫人はどんどんと心を病み、工房に閉じこもっては奇声をあげたりすることも増えていったという。

 そして前辺境伯夫人が亡くなる少し前に完成した『守護の魔術印』をルーティスの背中に施した。何かおかしなことをされては困ると魔術師団総出で魔法陣も確認したが、コルトが解明した内容を発見することはできなかった。また、施している間も怪しい動きをしないか複数人で監視していたらしい。その場にイヴェルザも同席していたそうだ。これが今から約十五年前、ルーティスが十五歳の時だ。

 だけど、前辺境伯夫人は天才的な魔術の使い手だった。いや、Ωであったゆえに特別な魔術、錬金術が使えたのだ。本人がこの時意識していたのかはわからない。だが、魔術印をルーティスに与えたときに強く願ったはずだ。

 ―― 「この子が死にませんように」「この子がランドリア家を守りますように」「この子が戦場に行かなくていい年齢に戻りますように」と。

 もちろん願っただけで、それを叶えるような魔術は発動しなかった。
 だがその願いを込めた魔力を持って魔術印を刻んだことで、赤子の時に施した『健康と成功を願う魔術印』にも影響を与えることになった。この時の願いの内容が健康長寿に近いものだったからかもしれない。

 そして前辺境伯夫人の願い、錬金術が大成したのはまさにそれらのすべてが打ち砕かれようとした瞬間である。

 竜の一撃を背に受け、致命傷をルーティスが負った瞬間だ。
 竜の強大な魔力を吸収して『守護の魔術印』が予期せぬ効果光の盾を発動し、死にかけたルーティスを蘇生するため『健康と成功を願う魔術印』も魔術として発動する。しかしおおきい体のままでは傷を修復するのに効率が悪く魔力も足りない。そこで子どもの姿に変体させた。この変化は前辺境伯夫人の「小さい頃に戻ってほしい」という強い願いもあったからだろう。傷が回復したのに子ども化の魔術が継続しているのがその証拠ともいえる。
 子ども化の原因である魔術印が『健康』を願うだけのものであれば、この時にルーティスは子どもの姿に固定されたのかもしれない。しかしこの魔法陣には『成功』の魔術効果も付与されていた。
 そのためルーティスの成功、辺境伯として後継を残す、一族繁栄の務めを果たせるようにと夜は大人に戻るといういびつな魔術として発動したのだ。これも前辺境伯夫人の強い願いでもある。

「……まとめますと、きっかけはルーティス様が死にかけたこと、そしてその傷を負わせたのが強大な魔力を持つ竜だったこと。この二つの偶然が重なり発動したのが昼間だけ子どもになる魔術だろうと結論づけます。どちらの条件がそろわなくても今の状況にはならなかったでしょう。これはではなく、偶然が重なったです」

 コルトはそう説明を締めくくると、部屋に集まってもらった面々を見回した。
 コルトとイヴェルザはあれから検証を進め、さらに一週間が経過していた。おおよその仮説もまとまり、港の片付けと誘拐事件についても一段落ついたというのでルーティスに話を聞いてもらうことにしたのだ。
 話を聞くのはできれば夜がいいというので夕食の後、応接室に集まっている。メンバーはコルトとイヴェルザ、ルーティスの他にケヴィンが同席しており、扉近くにはジェイクが控えていた。
 
「すごいっ! すごいですよコルトさん!! 大発見ですよ!! その『守護の魔術印』を使えば色んなものを強化できるんじゃないですか? オレも使える可能性がありますよね?」

 どことなく重たい沈黙を破ったのはケヴィンだ。青い瞳が興奮したようにコルトを見つめる。

「それは……」
「貴方は何を聞いていたの? ケヴィン。『守護の魔術印』は体内に魔力がなければ発動しないの。βの貴方に刻んでも意味がないわ」
「う……残念過ぎます。では、例えばですが、武器に魔石と共に組み込んでみるのはどうでしょうか。強度が上がりませんか?」
「それなんですが、必要なのは『強度を増すモノ自身の魔力』と、あと『Ωが魔術印を施すこと』みたいでして」

 『守護の魔術印』をイヴェルザと共にさらに調べた結果わかったことだ。十五年前、魔術師団の魔術師たちが『守護の魔術印』をいくら調べてもなにも発見できなかったのはこのためである。Ωにしか使えない魔術、『守護の魔術印』は錬金術の領域だったのだ。当時調べた魔術師の中にΩは一人もいなかった。

「つまり魔術印と魔力が別々では意味をなさないのよ。魔石を固くしても仕方ないでしょう? それに刻めるのがΩだけとなると数も作れないし、そもそも人体への影響は未知数だわ。とても他の人に刻むことは許可できないわね」
「そうですか……それは残念です」

 しょぼんと肩を落としたケヴィンの隣で、押し黙っていたルーティスが小さく息を吐いた。ルーティスの表情からは感情はうかがえず、なにを考えているのかわからない。コルトも出来るだけ表情を引き締める。この話で一番思うところがあるのはルーティスだろう。ルーティスの負担にならないよう、自分は出来るだけ冷静で公平な立場を取ろうとコルトは心に決めている。

 ルーティスは無表情のまま、コルトを見つめた。

「……母の魔術が『竜の呪い』の原因だということは理解した。それで? 解呪方法はみつかったのか?」
 
 無表情のルーティスはただ淡々と、冷たい声で話の続きを促した。
 
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