46 / 57
46.母の願い
しおりを挟む『―― どうしてルーティスがこんなひどい目に合わないといけないの。魔獣と戦って死んでしまったらどうするの? 怖い。このままではランドリア家が廃れてしまう。旦那様に会ったらなんていえばいいの!!!!!』
『―― あの子がもっと幼ければこんなに傷つかずに済むのに。なんで大きくなってしまったのかしら。子どもに戻って頂戴。お願いよ……』
『―― 今日のパンケーキは絶品だったわ。旦那様も早く帰ってきて食べたらいいのに。ああ、おかえりはまだかしら……』
五冊目の魔術研究ノートは四冊目よりも支離滅裂なところが多く、前辺境伯夫人の痛ましい姿が文章からでも見て取れるものだった。
その中でもとりわけ顕著に記載されていたのはルーティスのことで、とにかく生きてランドリア家の血を後世につないでほしい、子どもに戻って戦場に行かないでほしい、という二点が多く目についた。
コルトは竜の呪いと聞いたとき違和感しかなかった。まず、竜が人を呪うということに違和感があった。そこまでの思考が竜にはないからだ。呪いとは相手を強く恨むことが必要となる。そんな感情はないはずだ。次に子どもになる意味もわからなかったし、夜は元に戻るという理由がもっとわからなかった。
だけど、ルーティスの母の日記を読み、合点がいった。
これはそもそも『呪い』ではなかったのだ。
ただ稀代の天才魔術師が願いを込めて我が子の無事を祈り施した魔術が、数々の偶然を経て変化した結果なのである。
時系列的にはこうだ。
まず、生まれたルーティスにランドリア辺境領の風習にのっとって『健康と成功を願う魔術印』が刻まれた。これは辺境領で生まれた、ある程度裕福な家庭の赤子ならみんな施される祝福らしい。この時は多くの領民同様、この魔術印には子の成長を願う親の愛情以上の意味はなかった。
ルーティスが十二歳のとき、殉職した父から家督を継ぐ。
すでに体もそれなりに育っており武芸の才もあったルーティスは迷うことなく戦場へと赴いた。それに苦言を呈したのは母親である前辺境伯夫人だけだったらしい。イヴェルザによれば前辺境伯夫人は騎士団の重鎮と随分と揉めていたそうだ。そんな母を諫めたのはルーティスで「辺境伯としての責任を果たさせてほしい」と言い切ったとのこと。それ以降、前辺境伯夫人は何も言わなくなったそうだ。
その後、たびたび骨を折るなどの怪我をルーティスは負ったが魔獣討伐では良くあること。しかし母親としては心をすり減らす事案でしかなった。前辺境伯夫人はどんどんと心を病み、工房に閉じこもっては奇声をあげたりすることも増えていったという。
そして前辺境伯夫人が亡くなる少し前に完成した『守護の魔術印』をルーティスの背中に施した。何かおかしなことをされては困ると魔術師団総出で魔法陣も確認したが、コルトが解明した内容を発見することはできなかった。また、施している間も怪しい動きをしないか複数人で監視していたらしい。その場にイヴェルザも同席していたそうだ。これが今から約十五年前、ルーティスが十五歳の時だ。
だけど、前辺境伯夫人は天才的な魔術の使い手だった。いや、Ωであったゆえに特別な魔術、錬金術が使えたのだ。本人がこの時意識していたのかはわからない。だが、魔術印をルーティスに与えたときに強く願ったはずだ。
―― 「この子が死にませんように」「この子がランドリア家を守りますように」「この子が戦場に行かなくていい年齢に戻りますように」と。
もちろん願っただけで、それを叶えるような魔術は発動しなかった。
だがその願いを込めた魔力を持って魔術印を刻んだことで、赤子の時に施した『健康と成功を願う魔術印』にも影響を与えることになった。この時の願いの内容が健康長寿に近いものだったからかもしれない。
そして前辺境伯夫人の願い、錬金術が大成したのはまさにそれらのすべてが打ち砕かれようとした瞬間である。
竜の一撃を背に受け、致命傷をルーティスが負った瞬間だ。
竜の強大な魔力を吸収して『守護の魔術印』が予期せぬ効果を発動し、死にかけたルーティスを蘇生するため『健康と成功を願う魔術印』も魔術として発動する。しかしおおきい体のままでは傷を修復するのに効率が悪く魔力も足りない。そこで子どもの姿に変体させた。この変化は前辺境伯夫人の「小さい頃に戻ってほしい」という強い願いもあったからだろう。傷が回復したのに子ども化の魔術が継続しているのがその証拠ともいえる。
子ども化の原因である魔術印が『健康』を願うだけのものであれば、この時にルーティスは子どもの姿に固定されたのかもしれない。しかしこの魔法陣には『成功』の魔術効果も付与されていた。
そのためルーティスの成功、辺境伯として後継を残す、一族繁栄の務めを果たせるようにと夜は大人に戻るといういびつな魔術として発動したのだ。これも前辺境伯夫人の強い願いでもある。
「……まとめますと、きっかけはルーティス様が死にかけたこと、そしてその傷を負わせたのが強大な魔力を持つ竜だったこと。この二つの偶然が重なり発動したのが昼間だけ子どもになる魔術だろうと結論づけます。どちらの条件がそろわなくても今の状況にはならなかったでしょう。これは呪いではなく、偶然が重なった魔術の予想外の発動です」
コルトはそう説明を締めくくると、部屋に集まってもらった面々を見回した。
コルトとイヴェルザはあれから検証を進め、さらに一週間が経過していた。おおよその仮説もまとまり、港の片付けと誘拐事件についても一段落ついたというのでルーティスに話を聞いてもらうことにしたのだ。
話を聞くのはできれば夜がいいというので夕食の後、応接室に集まっている。メンバーはコルトとイヴェルザ、ルーティスの他にケヴィンが同席しており、扉近くにはジェイクが控えていた。
「すごいっ! すごいですよコルトさん!! 大発見ですよ!! その『守護の魔術印』を使えば色んなものを強化できるんじゃないですか? オレも使える可能性がありますよね?」
どことなく重たい沈黙を破ったのはケヴィンだ。青い瞳が興奮したようにコルトを見つめる。
「それは……」
「貴方は何を聞いていたの? ケヴィン。『守護の魔術印』は体内に魔力がなければ発動しないの。βの貴方に刻んでも意味がないわ」
「う……残念過ぎます。では、例えばですが、武器に魔石と共に組み込んでみるのはどうでしょうか。強度が上がりませんか?」
「それなんですが、必要なのは『強度を増すモノ自身の魔力』と、あと『Ωが魔術印を施すこと』みたいでして」
『守護の魔術印』をイヴェルザと共にさらに調べた結果わかったことだ。十五年前、魔術師団の魔術師たちが『守護の魔術印』をいくら調べてもなにも発見できなかったのはこのためである。Ωにしか使えない魔術、『守護の魔術印』は錬金術の領域だったのだ。当時調べた魔術師の中にΩは一人もいなかった。
「つまり魔術印と魔力が別々では意味をなさないのよ。魔石を固くしても仕方ないでしょう? それに刻めるのがΩだけとなると数も作れないし、そもそも人体への影響は未知数だわ。とても他の人に刻むことは許可できないわね」
「そうですか……それは残念です」
しょぼんと肩を落としたケヴィンの隣で、押し黙っていたルーティスが小さく息を吐いた。ルーティスの表情からは感情はうかがえず、なにを考えているのかわからない。コルトも出来るだけ表情を引き締める。この話で一番思うところがあるのはルーティスだろう。ルーティスの負担にならないよう、自分は出来るだけ冷静で公平な立場を取ろうとコルトは心に決めている。
ルーティスは無表情のまま、コルトを見つめた。
「……母の魔術が『竜の呪い』の原因だということは理解した。それで? 解呪方法はみつかったのか?」
無表情のルーティスはただ淡々と、冷たい声で話の続きを促した。
341
あなたにおすすめの小説
もう一度君に会えたなら、愛してると言わせてくれるだろうか
まんまる
BL
王太子であるテオバルトは、婚約者の公爵家三男のリアンを蔑ろにして、男爵令嬢のミランジュと常に行動を共にしている。
そんな時、ミランジュがリアンの差し金で酷い目にあったと泣きついて来た。
テオバルトはリアンの弁解も聞かず、一方的に責めてしまう。
そしてその日の夜、テオバルトの元に訃報が届く。
大人になりきれない王太子テオバルト×無口で一途な公爵家三男リアン
ハッピーエンドかどうかは読んでからのお楽しみという事で。
テオバルドとリアンの息子の第一王子のお話を《もう一度君に会えたなら~2》として上げました。
※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
天啓によると殿下の婚約者ではなくなります
ふゆきまゆ
BL
この国に生きる者は必ず受けなければいけない「天啓の儀」。それはその者が未来で最も大きく人生が動く時を見せる。
フィルニース国の貴族令息、アレンシカ・リリーベルは天啓の儀で未来を見た。きっと殿下との結婚式が映されると信じて。しかし悲しくも映ったのは殿下から婚約破棄される未来だった。腕の中に別の人を抱きながら。自分には冷たい殿下がそんなに愛している人ならば、自分は穏便に身を引いて二人を祝福しましょう。そうして一年後、学園に入学後に出会った友人になった将来の殿下の想い人をそれとなく応援しようと思ったら…。
●婚約破棄ものですが主人公に悪役令息、転生転移、回帰の要素はありません。
性表現は一切出てきません。
回帰したシリルの見る夢は
riiko
BL
公爵令息シリルは幼い頃より王太子の婚約者として、彼と番になる未来を夢見てきた。
しかし王太子は婚約者の自分には冷たい。どうやら彼には恋人がいるのだと知った日、物語は動き出した。
嫉妬に狂い断罪されたシリルは、何故だかきっかけの日に回帰した。そして回帰前には見えなかったことが少しずつ見えてきて、本当に望む夢が何かを徐々に思い出す。
執着をやめた途端、執着される側になったオメガが、次こそ間違えないようにと、可愛くも真面目に奮闘する物語!
執着アルファ×回帰オメガ
本編では明かされなかった、回帰前の出来事は外伝に掲載しております。
性描写が入るシーンは
※マークをタイトルにつけます。
物語お楽しみいただけたら幸いです。
***
2022.12.26「第10回BL小説大賞」で奨励賞をいただきました!
応援してくれた皆様のお陰です。
ご投票いただけた方、お読みくださった方、本当にありがとうございました!!
☆☆☆
2024.3.13 書籍発売&レンタル開始いたしました!!!!
応援してくださった読者さまのお陰でございます。本当にありがとうございます。書籍化にあたり連載時よりも読みやすく書き直しました。お楽しみいただけたら幸いです。
ぼくの婚約者を『運命の番』だと言うひとが現れたのですが、婚約者は変わらずぼくを溺愛しています。
夏笆(なつは)
BL
公爵令息のウォルターは、第一王子アリスターの婚約者。
ふたりの婚約は、ウォルターが生まれた際、3歳だったアリスターが『うぉるがぼくのはんりょだ』と望んだことに起因している。
そうして生まれてすぐアリスターの婚約者となったウォルターも、やがて18歳。
初めての発情期を迎えようかという年齢になった。
これまで、大切にウォルターを慈しみ、その身体を拓いて来たアリスターは、やがて来るその日を心待ちにしている。
しかし、そんな幸せな日々に一石を投じるかのように、アリスターの運命の番を名乗る男爵令息が現れる。
男性しか存在しない、オメガバースの世界です。
改定前のものが、小説家になろうに掲載してあります。
※蔑視する内容を含みます。
転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。
星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。
前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。
だが図書室の記録が冤罪を覆す。
そしてレイは知る。
聖女ディーンの本当の名はアキラ。
同じ日本から来た存在だった。
帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。
秘密を共有した二人は、友達になる。
人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。抱かれたら身代わりがばれてしまうので初夜は断固拒否します!
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
隣国の国王キリアン(アルファ)に嫁がされたオメガの王子リュカ。
しかし実は、結婚から逃げ出した双子の弟セラの身代わりなのです…
本当の花嫁じゃないとばれたら大変!
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだんキリアンに惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
高貴なオメガは、ただ愛を囁かれたい【本編完結】
きど
BL
愛されていないのに形だけの番になるのは、ごめんだ。
オメガの王族でもアルファと番えば王位継承を認めているエステート王国。
そこの第一王子でオメガのヴィルムには長年思い続けている相手がいる。それは幼馴染で王位継承権を得るための番候補でもあるアルファのアーシュレイ・フィリアス。
アーシュレイは、自分を王太子にするために、番になろうとしてると勘違いしているヴィルムは、アーシュレイを拒絶し続ける。しかし、発情期の度にアーシュレイに抱かれる幻想をみてしまい思いに蓋をし続けることが難しくなっていた。
そんな時に大国のアルファの王族から番になる打診が来て、アーシュレイを諦めるためにそれを受けようとしたら、とうとうアーシュレイが痺れを切らして…。
二人の想いは無事通じ合うのか。
現在、スピンオフ作品の
ヤンデレベータ×性悪アルファを連載中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる