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47.二つの解呪方法
しおりを挟むルーティスの新緑色の瞳に見つめられて、コルトは思わず唾を飲み込む。威圧しているわけではないのはわかっているが、感情を押し隠そうとして無表情なのがとても怖い。
(ティスの時は儚げだったけど、ルーティス様だと途端に不機嫌そうに見えるから不思議だ……)
たぶんどちらの時も同じ顔をしているんだろう。だが、顔つきが違っているので周りに与える印象はかなり違った。
コルトはルーティスの雰囲気に飲まれないよう、出来るだけ冷静に伝えるべくゆっくりと話し始める。
「解呪の方法はいまのところ判明していません。ですが、解呪ができるだろう可能性なら二つほど候補があります」
コルトの言葉にルーティスが先を促すように頷く。
「まず一つ目は子ども化の魔術の核となっていると思われる『健康と成功を願う魔術印』を体から消すことです」
コルトの説明に再びルーティスが頷く。その姿を見てコルトは少し気合を入れてもう一つの提案を行った。
「二つ目は……意中のΩと番になることです」
「わかった。それなら一つ目の策を実行することにしよう」
コルトの説明にルーティスは迷うことなく即決する。
(やっぱり、イヴェルザさんの言った通りだった)
この二つの案を提案したら絶対ルーティスは魔術印を消すほうを選ぶだろうとコルトはイヴェルザから言われていた。
提案しているからには勿論どちらも子ども化の魔術を解く可能性はある。だけどここで簡単に選ばせるわけにはいかない。
コルトは拳を握りしめつつルーティスをしっかりと見据えて説明を続ける。
「あの、お言葉ですがルーティス様。一つ目より二つ目の方法のほうが解呪の可能性が高いです。魔術印を消す場合、『守護の魔術印』の前例から考えるとどのような反動が起きるか分からず、他の魔術印が予期せぬ発動をする可能性も考えられます」
「だが、解呪の可能性は充分あるんだろう?」
「それは、そうですがルーティス様の身を危険にさらすことはしたくないですし、正直いま体にある魔術印はとても貴重です。今後もルーティス様をお守りするのは間違いないんです!」
(確かに子ども化の原因だし、消したくなるかもしれないけど、でもこれは呪いなんかじゃない)
「……せめて即断せずに、二つ目の内容も検討していただけないでしょうか」
コルトの余りにも必死な懇願にルーティスは大きなため息をつくと、ギロリと睨むようにイヴェルザに視線を向けた。
「……イヴェルザ。お前の入れ知恵か?」
「まさか。とんでもない」
イヴェルザはルーティスの睨みなどものともせずににっこりと微笑む。
「コルトといくつか仮説を立てたわ。その中でこの二つなら解呪できる可能性がとても高いからお伝えしているのよ。特にΩと番になるほうが解呪できる可能性が高いわ。それにコルトが説明した通り、魔術印にはできれば触れたくないの。ランドリアは貴方を失うわけにはいかないもの。それなら半日子どものままでいてもらった方がマシよ」
「…………」
「コルトがね、可能性があることはすべて伝えるべきだっていうのよ。わたしとしては番による解呪案だけ伝えればいいと思ったの。だって選択肢を与えたら選ばないのはわかっているもの。 ……これでもわたしはαとしてルーティス様の気持ちも体のことも、それなりに理解しているつもりよ。でも、今なら少しは番のことも検討の余地があるんじゃなくて?」
イヴェルザの言葉にルーティスの眼力と威圧が増す。もはや魔獣を相手にしているのでは? といった殺気だった雰囲気だ。イヴェルザも笑顔なのに怖い。
α同士の睨み合いはこんなに怖いものなのかと、コルトは思わず身震いする。
「あのぅ、二人とも。コルトさんが怯えているのでもう少しなごやかな雰囲気で会話できませんか?」
そんな殺伐とした空気の中でケヴィンの口調は相変わらず穏やかだった。少しだけ空気が緩み、コルトは思わずホッと息を吐く。
「それで、コルトさん。ティスに意中のΩと番になれと簡単に仰ってますけど、彼に意中の人がいると思っての発言ですか?」
「えっ、いえ。特定の方がいるかはわからないんですが……魔術印を消すより番を作るほうが可能性と安全性が高いのは間違いありません。ただルーティス様がいやいやΩと番になった場合、魔力が安定するかわからないのでさらに可能性を高めるために意中のお相手、想っているお相手を想定しました。さらに詳しく説明しますと、まず、魔術印を消す解呪法の危険性はお伝えしましたが、そもそも子ども化の魔術はルーティス様の幸せを祈ったものであり、Ωの錬金術です。これを上回る願いを込めた魔術といいますか、たぶんΩの魔力ですね、をルーティス様に送ることによって体を再び変化させる、いえ正確には元の状態に戻す事ができると考察できます。発情期のΩがαを求める高ぶりを利用するわけです。あれは本当に己の意志とは無関係なものなので、番契約の状態までもっていけば確実に相手のα、この場合はルーティス様を求めます。その感情を利用するんです。なので極論Ωの気持ちは無視しても……ああ、いえ、それはもちろん人道的ではないのできちんと考慮する必要はありますが、理屈だけで言うなら考慮の必要はないと思われます。あとですね、番になるとそもそも相手との結びつきが強くなりフェロモンも変化するじゃないですか。これって完全に体が変化してるってことなんですよ。Ωのほうが顕著に体質が変わりますしこれはΩとαにしか起きない現象なので体内魔力が大いに関係しているんだと推測できます。つまり変体の魔術の一種なんですよ! そしてルーティス様の母君の願いです! Ωと番になったってことは一族繁栄はほぼ達成する事が出来るので、かけられた願いを成就できるという点でも解呪の可能性が高くてですね、他にも」
「コルトさん、とりあえず落ち着いてください」
「はっ! う、 すみません」
思わず興奮して早口で喋ってしまっていたコルトは恥ずかしくなり顔を真っ赤に染める。無関係と思われることがちょっとずつ影響し合って今の状態に至っており、なおかつそれを一つ一つ解き明かすと発見が多くてついつい胸が躍ってしまうのだ。そんな場合でないことはわかっているが、もともと魔術に興味があって錬金術を研究したかったコルトの好奇心は抑えることが出来なかった。
すぐに表情を変える素直なコルトの様子にケヴィンが額に手を当てて天を仰ぐ。
「ほんと、コルトさんは一生懸命で可愛いですね……とりあえず、難しい内容は置いておきます。要点をまとめると魔術印の消去は危険があるからお勧めではないということですね」
「はい、そのとおりです」
「番になる方法は、ルーティス様のお体に危険はないんですか?」
「考え得る限りではありません。番になるΩにも魔術による影響はないはずです」
「なるほど、わかりました」
ケヴィンはにっこり微笑むと、ルーティスに向き直る。
「ちゃんと聞きましたかルーティス様? 辺境騎士団副団長であり、あなたの副官であり、無二の友であるオレから言えることはただ一つです。この機会に番を作れ、以上です」
「ケヴィン、お前まで……」
「それが、ランドリア辺境伯としての最善の手です。こんなことでリスクのある方をを選ぶなんて、あなたらしくない」
「ぐっ……」
いつの間にか笑顔が消え真面目な表情になったケヴィンの言葉に、ルーティスはソファーに深く沈むと長いため息をついた。
「確かにそうだな。私らしくなかった。……コルト、すまないが少し二人で話をしたい。場所を変えてもかまわないか?」
「え? あ、はい。もちろんです」
(この流れで俺と話したいことって……、あ! そう言えば、まだ婚約者のままだったんだっけ。その正式な解消話……とかかな?)
ありえない話ではない。結婚と番は別だという貴族αもいなくはないが、ルーティスはそんな不誠実な関係を良しとする人物ではない。数ヶ月の付き合いでしかないが、それでも充分ルーティスが誠実で優しく、義理堅い人物だということをコルトは知っていた。
チクリ、と胸が痛む。
結婚なんてしないとルーティスに言ったのは自分である。ここで胸が苦しくなるのは余りにも自分勝手だろう。
(別に工房に来れなくなっても、当初の予定通り平民として生きていくだけだ。何の問題もない)
頭ではわかっていても、どうにも苦しくなる。
コルトは重たい気持ちを吐き出すように大きく息を吐くと、ルーティスの大きな背中を追って応接室を後にした。
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