婚約者に捨てられた訳ありΩは辺境でしたたかに生きることにしました

和泉臨音

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48.ルーティスの秘密

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 月明かりの中、工房へと続くレンガ道を歩く。コルトは目の前を歩く大きな背中に、二人で最初にこの道を歩いた日を思い出していた。

(あの時は緊張と恐怖しか感じてなかったけど……だいぶ変わったな)
 
 ルーティスと対面したとき、戦うために生まれたようなαだと思った。さすが英雄と呼ばれる男、無敵なんだろうなと思った。何事にも動じない、冷静な人なのだろうと見た目で判断していた。
 だが実際は違った。ルーティスは決して『残虐伯』などと呼ばれるような無慈悲な人ではなかった。魔獣との戦闘でも我を忘れることなく、仲間のことを考えて行動していた。確かに圧倒的な強さではあったけど、あれこそルーティスの努力の結果だろう。
 今のコルトには辺境に住む人々がルーティスを敬愛し、支えたくなる気持ちがよくわかる。王都で遠くから見ていた時と今では驚くほどルーティスへの印象は変わった。

(……俺が番になれれば話は早かったんだけどな)

 もちろん大前提として、ルーティスがコルトを選んでくれるならというのはあるけれど。
 イヴェルザと話していたとき、もしかしたら打診があるかもとコルトは思った。辺境騎士団を含め、ルーティスの回りにいるΩがコルトだけだからだ。解呪法を提案しているのもコルトだし、ルーティスを元の体に戻す自信はそれなりにあった。なんといっても発情期にルーティスを思い出せたのだ。コルトなら問題なくルーティスを求めることができるだろう。

 だけど、コルトがいくら求めることが出来るからと言ってルーティスがそうとは限らない。
 さらに言えば、コルトは欠陥Ωだ。
 コルトのフェロモンはαを昂らせるどころか萎えさせ深い眠りへといざなう。実際ティスもよく眠っていた。
 残念ながらコルトはΩとして役に立たない。番になるなど論外なのだ。
 きっとイヴェルザはコルトの体質を知っていたのだろう。だから何か言いたげな表情を向けてはきたものの、コルトに「ルーティスの番になってくれ」とは決して言わなかった。

(本当に自分勝手なものだな。あれだけ第二性に振り回されるのはごめんだって思ったのに、今はΩとして役に立たないことがこんなに悔しいなんて)

 コルトは思わず苦笑する。
 このまま工房に向かうのだろうと思っていたルーティスの足が道の途中で止まった。ここから林に入ると漆が生えている。初めてこの道を歩いた時に立ち止まった場所と同じだ。足を止めて振り返ったルーティスをコルトは見上げる。月光はあるものの木々に遮られて薄暗く、表情はよく見えなかった。
 
「何から話せばいいのか……まずは私のために尽力してくれたことに礼を言う。この二年、呪いの解明は行っていたがこんなに進展したのは初めてだ。コルトに出会えてよかった」
「こちらこそ、お役に立てたなら良かったです」

 呪いの解明をする代わりにランドリア家の工房を使わせてもらう、それどころか魔術の師としてイヴェルザも紹介してくれた。呪いの解明だってコルトからすれば魔術研究、やりたかったことの一環だ。礼を言われるのは嬉しいが、当然のことをしたまでである。
 そんなことを言うためにわざわざ呼び出したわけではあるまい。コルトはルーティスを見つめたまま話の続きを待った。

「……私は今までランドリア家の名に恥じぬよう、辺境伯として正しい行いをしてきた。やるべきことをやる、しなければならないことをする。そこに私の意志など関係ない」
「はい。よくわかります」

 コルトはルーティスの言葉に小さく頷く。コルトにもわかる感覚だ。貴族のΩとして生まれた以上、自分の気持ちなど関係なく使命を全うしなければならない。辺境伯と一介のΩの責任は違いすぎるので決して同じではないが、選択の余地がない人生を歩んできたという気持ちは理解できる。

「今回の件も同じだ。Ωを番にするほうが安全で可能性が高いのならば、私はそちらの解呪法を選ぶべきだ」
「……」

 ルーティスの言葉にコルトは何も言い返せなかった。
 それは本当にそうなのだ。だからこそイヴェルザも番による解呪法しか提示する必要はないと言った。辺境伯として正しい選択はそれしか今のところないのだ。

「だが、私には……それが、出来ない」

 見つめるコルトの視線を避けるようにルーティスは顔をそらすと、絞り出すように呟いた。

「Ωのフェロモンと私は相性が悪い……いや、フェロモンに逆反応を起こしてしまうんだ」
「え?」

(それは、どういう……?)

 思いもよらないルーティスの告白にコルトは目を見開く。

「ルーティス様はΩが嫌いなだけじゃないんですか? てっきりヒートトラップとか、Ωに嫌な目にあわされて苦手になっているんだと」

 思わず考えが声に出てしまい、コルトは慌てて口を閉じる。いくらなんでも失礼だったかとコルトはルーティスを伺ったが、ルーティスは特に気にした様子もなく会話を続けた。

「ヒートトラップか……あれは王都に行くたび巻き込まれるが、若い頃は恐怖もあったが今となると相手があわれで仕方ない」
「あの……つまりその状況をもう少し詳しくお伺いしてもいいんでしょうか?」
「ああ。私はΩのフェロモンに対して欲情することはなく、逆に萎えてしまうんだ。Ωの乱れる姿に不快感や嫌悪感を抱くことすらある。医者たちが言うには性に目覚める前から過度なストレスのかかる戦場に身を置いていたことと、母の……番を失ったΩの最期を間近で見ていたことが原因だろうと。まあ、生まれ持った体質というのもあるんだろうな」

 ルーティスが諦めたように小さな声でコルトに語ったのは驚愕の事実だ。
 まさかΩのフェロモンで発情しないαが存在するなど、思いもしなかった。

(いや、俺もαを発情させないΩだし、人のことはまったく、これっぽっちも何も言えないけども)

「もしかして、それも魔術印が……」
「いや、それは多分ないだろう。そもそも精通も体型のわりに遅いと言われて心配されていたしな。それに母の望みとも合致しないなら、呪いではないだろう」
「そう、ですか」

(確かに母君の願いとは反するし、調べさせてもらった限り繁殖に関係する魔術印はないから、体質ないし精神的なものなんだろうけど)

「あの、お体の方はそれで大丈夫なんですか? 反応しないのはΩのフェロモンだけで、男性機能としては問題ないんでしょうか?」

 聞きづらいことを平然と聞いてくるコルトにルーティスは視線を戻す。いつの間にかコルトは食い入るように一歩前に出てルーティスとの距離を詰めていた。好奇心と心配と、お節介の性分が現れているのだろう。そんなコルトの姿にルーティスはなぜか安堵感を覚えた。否定されずに心配されるのが心地よい。コルトの優しさに甘えている自覚がルーティスにはある。この心地よさを手放したくはない。
 今更取りつくろう必要もないかとルーティスは思った。希望的推測だが、コルトならランドリア辺境伯としてふさわしくない、みっともない部分でも素直に受け止めてくれるだろうと思えるからだ。
 ルーティスは見上げてくる黒曜石のように美しい瞳を見つめ返した。

「寝ている間など、一人でリラックスしているときに達することは出来ているから、体調に問題はない。ただ、男として役に立ってはいないが」
「いえ、全く反応しないのでないならよかったです」

 コルトも聞きかじりではあるが、欲を吐き出せないまま体にためておくのは非常に問題があるという。だから気分じゃなくても定期的に抜いておいた方がいいと教わった。
 コルトはルーティスの回答に胸をなでおろす。何とも複雑そうな表情でコルトを見つめる新緑色の瞳と見つめ合うこと数秒。

(いや? え? ……でもそれってやっぱりよくないというか、大問題では?)

「もしかして、Ωと番になれないのって……」

 αとΩが番になるために必要な条件はいくつかある。まず第一にΩこと、そして発情中にαΩことだ。

「ああ、残念ながら私の体質では普通のΩを番にすることは出来ない」

(っ!!???? そんな、まさか一番有効な解呪方法が行えないなんてっ!)

 ルーティスは何かしらΩに対して思うところがあって嫌煙しているだけなのかと思っていたが、そんなレベルの話ではなかった。説得とか考え直してもらうとかで、どうにかなる問題ではない。

「それで、ここからが本題なんだが……」
「はへ??」

(今ものすごく重大なことを聞いたけど、これが本題じゃないの??)

 ルーティスのαとしての、いや男としての問題はランドリア辺境伯家の存続にもかかわる一大事のはずだ。南の英雄の大スキャンダルともいえる。
 それが本題でないというなら、ルーティスの話したいこととは一体何なのか?
 コルトは思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
 
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