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49.月夜のプロポーズ
しおりを挟む何を言われるのかと戸惑うコルトの手を取って、ルーティスはその場に片膝をつき、跪く。
「は?」
コルトはルーティスの予想外の行動に驚き目を見張った。なぜ急にルーティスがこんな行動に出たのかわからない。どうしたらいいのかわからずただ茫然と見つめるコルトをルーティスは見上げる。
その表情はとても真剣なもので、鋭い視線に少しばかり恐怖を感じたコルトは無意識に姿勢を正した。
「コルト、私と番に……いや、私の妻になってほしい」
(?!?!?! はぃ??)
「な、なにを急におっしゃってるんですか????」
聞き間違いだろうか? コルトが驚きのあまり素っ頓狂な声を出す。その様子に思わずルーティスは苦笑いをした。
「コルトが私との婚姻を、貴族αとの結婚を嫌がっていることは充分承知している。だが、私には辺境伯としてこれ以外の選択肢が……いや、違うな、この言い方は卑怯だ」
ルーティスはそこまで言うとコルトの手の甲を己の額に当て、懺悔をするように頭を下げた。
「私はお前とこれからも一緒に過ごしたいと思ったんだ。たわいもない時間を過ごしたり、時には魔獣退治を一緒にしたり、買い物をしたり、他にも色々なことをコルトとしたいと思った……そんな風に思えた相手は初めてなんだ」
「~~っ!」
コルトは言葉に詰まる。
跪き懇願するように心のうちを吐露するのは英雄と呼ばれるαだ。その偉大な相手が自分の前で膝をついている。なにが起きているのかコルトの頭は理解が追いつかない。
「Ωや女性はか弱く、特にΩは番が死ねば後を追うように弱って死んでしまう。母が極端に弱かったわけではない、そういうものなのだと聞いている。もし私がΩを娶り、父のように番を残して死んでしまったらと思うと相手を選ぶ気にはなれなかった。その拒否感が私の体にも反映してしまっているんだろう。コルトを母のようなつらい立場に立たせるのは嫌だ……そう思う半面、私の番になれるのは、妻にしたいのはコルトだけなんだ。……身勝手ですまない」
声を搾り出すようにして話すルーティスの葛藤が手に取るようにわかった。心なしか触れている手も冷たくなってきている。緊張しているのだろう。
ルーティスの緊張を感じ取れば、コルトは逆に少しだけ冷静さを取り戻すことができた。
(ルーティス様の立場なら、俺を強引に番にすることだってできるはずだ。なのにこんな、頭を低くするなんて……)
解呪のことだけを考えるなら強制的にでもコルトと番うべきだろう。そもそも体質的にΩなら誰でもいいという状況ではない。その中でコルトは異質なフェロモンを持つΩだ。Ωとしては欠陥品と言ってもいい。だが、その欠点がルーティスにとっては利となるのだ。代わりは存在しない。本来コルトは選択できる立場にいないはずだ。
なのにルーティスは跪き、ただのプロポーズのような言葉を伝えてくる。ルーティスの態度からはコルトに嫌われたくないという気持ちが不思議と伝わってくる。ルーティスの言葉に嘘はないだろう。情に訴えてくるような、こんな風に騙し討ちをする人物ではないし、する必要がない。
コルトはゆっくりと地面に両膝をついた。そうすると手が邪魔ではあるが、ルーティスの俯く顔を少しだけ見ることができる。
「……ルーティス様は俺となら番になれる、という解釈であっていますか?」
コルトが静かな声音で問いかける。
「ああ。多分コルトのフェロモンであれば問題ないと思う」
「……俺のフェロモンはαを発情させる力が弱いだけじゃなくて、相手を昏睡させますがそれでも問題ないと思いますか?」
「ああ、問題はない。その……言い方は悪いが、コルトならどんな状態でも……抱ける気が、するんだ」
最後の方は本当に小声すぎて、もし今風が吹いて葉擦れの音でもしていたらルーティスの声を聞き取ることが出来なかっただろう。
いつもは堂々としている威厳のある男の弱々しい姿に可哀相だと思いつつも、ついコルトは思ったことを口にしてしまう。
「……ルーティス様も、微量な俺のフェロモンでとてもぐっすり寝てましたけど」
「あれはっ、子どもの体の時だし、そういう雰囲気の時ではなかっただろう!」
「……ふふっ、まあ、それはそうですね。失礼しました」
コルトの指摘にルーティスが思わず顔を上げて言い返してきた。気のせいか少しばかり目元が赤い。年甲斐もなく照れているのだろう。
(ティスもだけど、ルーティス様もたまにすごく可愛いな)
ルーティスの子どもっぽい姿にコルトは自然と笑みを浮かべた。あまりに慈愛に満ちたその微笑みにルーティスは思わず魅入ってしまう。自分が見惚れていることに先に気付いたルーティスは、気持ちを切り替えるように小さく咳払いをした。
「私が辺境伯としての義務を果たすなら、コルトを無理矢理にでも番にするべきなんだろう。だが……私はコルトの意志を尊重したい。解呪のためだからと無理強いはしたくない」
再び真剣な顔で見つめてくるルーティスに、今度はコルトが思わず見惚れる。
「私らしい判断をしろとケヴィンに言われたが、これだけは譲れない。だからコルトも求められたからではなく、自分がどうしたいのかをしっかりと考えて欲しい」
コルトは今まで問答無用でΩであることを強要されてきた。なのに、ここではコルトとして選択していいのだという。
きっと、ルーティスもそうだ。ずっと辺境伯としての選択を強要されてきた。だからこそ、コルトの立場がわかるのだろう。
ルーティスを筆頭に辺境領の人たちはみんな優しい。イヴェルザやケヴィンだって、コルトがルーティスと番になれる可能性をわかっていたからこそ番案を押していた。なのにコルトにそれを伝えなかったのは、コルトが断りにくくならないようにするためだろう。
そんな優しい皆の力になりたいと思う。
(……でも、本当に上手くいくんだろうか)
正直、ルーティスと事に及び「やっぱり無理でした」と言われた時に、今までの相手のように冷静でいられる自信がない。可能ならば今すぐにでも了承の意志を伝えたいのに躊躇してしまう。
思わずルーティスにも冷たく見捨てられるという最悪の事態を想像してコルトは身震いした。
「コルトが戸惑うのはわかる。こんな勝手なことを言って本当にすまない。これは強制ではない。私たちの婚約はコルトが望むように破棄することだって可能だ。私の権限において誰にも何も言わせない。これからも此処で自由に生きていけるよう力も貸そう。……だから、コルトがもし解呪のためだけに私と番になるというのなら、それは絶対にやめてほしい」
「ルーティス……様」
「私はコルトを愛している」
「っ!!!!」
「だから、Ωだからと言う理由だけで利用したくない」
顔を上げて真剣な表情で見つめてくる新緑色の瞳に、コルトは射抜かれてしまった。
ドクンドクンと鼓動が体中に響き渡り、呼吸が苦しくなる。
(こんなの、ズルいよ……!!)
拒絶されたら、いや受け入れられなかったらと思うと怖い。だけど、だけど……。
ルーティスの役に立てないことがなんであんなに悔しかったのか、苦しかったのか、その理由が今ならはっきりとわかる。
「すまない。泣くほど嫌だったか」
ルーティスが慌てて離そうとした手を、コルトが両手で掴み直す。いつの間にかコルトの視界は涙で歪んでいた。ゆらゆらと揺れる視界の先に困惑するルーティスの顔が見える。
「違います。いやじゃ……ないです。俺も、好きです」
「な,に……?」
「俺も、ルーティス様が好きです! 番になりたい!!」
コルトは涙で頬を濡らしながらもしっかりとルーティスを見据えて言い放った。
(ああ、そうか、今まで俺はΩとしてでしか求められたことがなかったんだ。それでいいと思ってたけど、違ったんだ)
Ωとかαとか関係ない。ルーティスがコルトを選び、コルトがルーティスを選んだのだ。たまたまお互いの第二性と体質が合致して、さらにルーティスの予期せぬ魔術を解くことができる。そうするべきという強制ではなく、二人の気持ちで結ばれるのだ。
それがどれだけ幸せで贅沢なことなのか。この気持ちをルーティスと共有することが出来たなら、これほど嬉しいことはない。
コルトは勢いよくルーティスに抱き着く。さすがというべきか、コルトの全力の体当たりでもルーティスはよろめくことなくしっかりと抱きとめる。
「俺は今までの人生が馬鹿らしくなってルーティス様との婚約から逃げました。でも、今は……誰かに言われたから、命じられたからじゃなくて、俺がただルーティス様の力になりたいんです」
「コルト」
「辺境伯だからとか英雄だからとかじゃなくて、ルーティス様だから、可愛いティスだから一緒にいたいし、番になりたいって思うんです」
そっとルーティスの手がコルトの顎に添えられたかと思うと上向かされる。流れ落ちるコルトの涙を無骨な指が拭った。
「そうか……、一応確認するが義務感ではないとして、いつものお節介じゃないよな?」
「違います。いま俺、ルーティス様のこと好きってちゃんと言いましたよね? だいたい、俺はルーティス様がいうほどお節介じゃないです」
コルトが涙をためた目でジトリと睨めば、睨まれているというのに蕩けるように幸せそうな笑顔をルーティスは浮かべる。
「それは第三者を交えて議論の余地はあるが……そうだな、ちゃんと気持ちを伝えてもらっていたな。ははっ、なんとも不思議な気分だ。……私もコルトが好きだよ。私を選んでくれてありがとう」
ルーティスは囁くようにそういうと、そっとコルトを抱きしめた。
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