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「国王の命は譲れません。幽閉では今後に憂いが残りますから」
幸薄い生い立ちが遠因だとしても、自分の意のままに国を動かそうとする彼に為政者の力はないとシェリーは思った。
「仕方がないのでしょうね」
父を失うシュラインとアルバートはどう思うだろうか……
シェリーは少しだけ俯いた。
「ご子息たちのことをお考えですか? 彼らの方が余程王としての資質をお持ちですよ。心配いりません」
「そうでしょうか……」
シェリーは周りの全員が『悪の根源は国王』と言っていることに心を痛めていた。
実際に彼女自身が国王から嫌な目に遭ったことはないし、アルバートがローズ嬢の所に通い詰めている(と思い込んでいた)時も、心から慰め励ましてくれたのだ。
本当に国王が悪いのだろうか……シェリーがずっと抱えてきていた黒いシミのような思いが広がっていく。
「先ほどのまでのお話しですが、証拠はございますの? 憶測だけで動いているわけではありませんわよね?」
シェリーはキッとした視線を辺境伯に向けた。
「証拠ですか。証拠はこれですという形で出すことはできませんね。長年に渡って感じてきたことや裏を取った事の積み重ねとでも言いましょうか。一つ一つはとても些細なものかもしれませんが、私としては妹や娘たちが被害を受けた当事者なわけです。彼女たちからも直接話は聞いています。それでは足りませんか?」
辺境伯の言葉は信じるに値するものだろうとシェリーは思った。
シュラインもサミュエルも、そして我が夫であるアルバートも方法は違うとはいえ、同じことを目指して行動しているのだ。
シェリーは靴を噤んだ。
「皇太子妃殿下はお優しい方なのでしょうね。数年とはいえ義父として仕えた人間に対して、信じたいというお気持ちがおありなのでしょう」
慰めるような辺境伯の言葉に、シェリーの顔に熱が集まる。
自分の感情で作戦を滞らせるわけにはいかない。
シェリーは一度強く目を瞑ってから顔を上げた。
「そうですね。迷っていては皆さんの足を引っ張ることになるでしょう。私は夫を信じます。彼の言う通りに行動しますわ」
辺境伯とエドワードが小さく頷いた。
レモンも少しだけホッとした表情を浮かべる。
辛そうな顔をしたのはイーサンだけだった。
そんなイーサンの肩をぽんぽんと叩き、エドワードが口を開いた。
「今頃王宮では大騒ぎでしょう。その混乱に紛れて入城した方が良さそうだ。せっかく辺境伯領に来ていただいたのに、ほとんどとんぼ返りで申し訳ないが、明日の早朝出立します」
シェリーとレモンが頷いた。
「それにしても、エドワード様はなぜ口調を改められましたの?」
エドワードが片方の口角を上げて言った。
「あなたが皇太子妃として、真にふさわしい人格者だと認識したからですよ」
「そ……そうですか……それは何よりです」
頓珍漢な返事しかできない自分をシェリーは恥じた。
明日の準備のため、それぞれが自室に引き取る。
シェリーとレモンは二人の戦闘メイドと共に部屋に向かった。
「シェリー」
部屋に入る前に後ろから呼び止められる。
「イーサン……」
「少しでいいんだ。話ができないか?」
シェリーはチラッとレモンの顔を見た。
「メイドを一人お付けください」
レモンの言葉に頷くと、シューンと名乗ったメイドがシェリーの後ろに控えた。
姉の方だったかしら? などと考えているとイーサンが少し苛ついたような声を出す。
「ゴールディ王国皇太子妃に何をする訳も無いだろう? 二人で話したい」
シェリーはイーサンの気持ちもわかると思ったが、ここは引くわけにはいかない。
「イーサン、二人だけでというならお話しすることはできないわ」
「シェリー?」
「分かってちょうだい」
イーサンがグッと拳を握った。
「分かった。ではその護衛騎士もメイドも同席してくれて構わない。それなら良いだろう? 部屋に入れてくれ」
シェリーが頷くと、シューンがドアを開けた。
レモンは取り上げられていた小剣をメイドから返してもらったのか、左手に握ったままシェリーの後ろに控えた。
「そんなに警戒しないでくれ。これからは仲間として行動を共にするんだ」
イーサンは苦笑しながら軽い言葉を吐いた。
「申し訳ありません、シルバー卿。これも私の任務だと思ってください」
あくまでも平常運転なレモンだった。
幸薄い生い立ちが遠因だとしても、自分の意のままに国を動かそうとする彼に為政者の力はないとシェリーは思った。
「仕方がないのでしょうね」
父を失うシュラインとアルバートはどう思うだろうか……
シェリーは少しだけ俯いた。
「ご子息たちのことをお考えですか? 彼らの方が余程王としての資質をお持ちですよ。心配いりません」
「そうでしょうか……」
シェリーは周りの全員が『悪の根源は国王』と言っていることに心を痛めていた。
実際に彼女自身が国王から嫌な目に遭ったことはないし、アルバートがローズ嬢の所に通い詰めている(と思い込んでいた)時も、心から慰め励ましてくれたのだ。
本当に国王が悪いのだろうか……シェリーがずっと抱えてきていた黒いシミのような思いが広がっていく。
「先ほどのまでのお話しですが、証拠はございますの? 憶測だけで動いているわけではありませんわよね?」
シェリーはキッとした視線を辺境伯に向けた。
「証拠ですか。証拠はこれですという形で出すことはできませんね。長年に渡って感じてきたことや裏を取った事の積み重ねとでも言いましょうか。一つ一つはとても些細なものかもしれませんが、私としては妹や娘たちが被害を受けた当事者なわけです。彼女たちからも直接話は聞いています。それでは足りませんか?」
辺境伯の言葉は信じるに値するものだろうとシェリーは思った。
シュラインもサミュエルも、そして我が夫であるアルバートも方法は違うとはいえ、同じことを目指して行動しているのだ。
シェリーは靴を噤んだ。
「皇太子妃殿下はお優しい方なのでしょうね。数年とはいえ義父として仕えた人間に対して、信じたいというお気持ちがおありなのでしょう」
慰めるような辺境伯の言葉に、シェリーの顔に熱が集まる。
自分の感情で作戦を滞らせるわけにはいかない。
シェリーは一度強く目を瞑ってから顔を上げた。
「そうですね。迷っていては皆さんの足を引っ張ることになるでしょう。私は夫を信じます。彼の言う通りに行動しますわ」
辺境伯とエドワードが小さく頷いた。
レモンも少しだけホッとした表情を浮かべる。
辛そうな顔をしたのはイーサンだけだった。
そんなイーサンの肩をぽんぽんと叩き、エドワードが口を開いた。
「今頃王宮では大騒ぎでしょう。その混乱に紛れて入城した方が良さそうだ。せっかく辺境伯領に来ていただいたのに、ほとんどとんぼ返りで申し訳ないが、明日の早朝出立します」
シェリーとレモンが頷いた。
「それにしても、エドワード様はなぜ口調を改められましたの?」
エドワードが片方の口角を上げて言った。
「あなたが皇太子妃として、真にふさわしい人格者だと認識したからですよ」
「そ……そうですか……それは何よりです」
頓珍漢な返事しかできない自分をシェリーは恥じた。
明日の準備のため、それぞれが自室に引き取る。
シェリーとレモンは二人の戦闘メイドと共に部屋に向かった。
「シェリー」
部屋に入る前に後ろから呼び止められる。
「イーサン……」
「少しでいいんだ。話ができないか?」
シェリーはチラッとレモンの顔を見た。
「メイドを一人お付けください」
レモンの言葉に頷くと、シューンと名乗ったメイドがシェリーの後ろに控えた。
姉の方だったかしら? などと考えているとイーサンが少し苛ついたような声を出す。
「ゴールディ王国皇太子妃に何をする訳も無いだろう? 二人で話したい」
シェリーはイーサンの気持ちもわかると思ったが、ここは引くわけにはいかない。
「イーサン、二人だけでというならお話しすることはできないわ」
「シェリー?」
「分かってちょうだい」
イーサンがグッと拳を握った。
「分かった。ではその護衛騎士もメイドも同席してくれて構わない。それなら良いだろう? 部屋に入れてくれ」
シェリーが頷くと、シューンがドアを開けた。
レモンは取り上げられていた小剣をメイドから返してもらったのか、左手に握ったままシェリーの後ろに控えた。
「そんなに警戒しないでくれ。これからは仲間として行動を共にするんだ」
イーサンは苦笑しながら軽い言葉を吐いた。
「申し訳ありません、シルバー卿。これも私の任務だと思ってください」
あくまでも平常運転なレモンだった。
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