全てを諦めた公爵令息の開き直り

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第1章

11話 内緒の話

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「……王太子ってば、俺に気があったりなんか…するのかな……?」
「えっ……」

カイトの言葉に、僕はガンッと強く頭を殴られた様な心地になった。

王太子の婚約者であったシルヴィアとしての短い生を終え、シリルとして戻ってきて。
シリルとなった今、王太子とは婚約者でも何でもない、彼を支持する派閥の一グループに過ぎなくなった。

そして、今世の僕は、彼とは極力距離を置いている。
深く関わるのが恐ろしかったからだ。
王太子はこのエウリルス王立学院の普通科をご卒業後、高等専門学科(専学科)で更なる勉学に励んでおられる。
それももうすぐご卒業だ。
科も、そもそも学年も違う故、意識して会おうとしなければ、なかなかお目にかかる事は出来ない。
なので、同じ学び舎にいるというリスクはあったが、それでも、僕には都合が良かった。
彼からアプローチして来る事も無いし、彼からすれば、僕は数ある取り巻きの中のただの一人に過ぎない。
それも、目立たず役立たずな令息として。
それで良かった。

……それでも。
稀に見かける彼の姿に。
真剣に勉学に取り組んでいる姿を目にする度に。
僕の中の深い所で、何かが燻る心地がするのだ。
心臓を強く鷲掴みにされている様な、苦しさを感じる。

それはきっと、僕の中に眠る“彼女”————シルヴィアの。
哀しみが叫んでいるのかもしれない。

その最愛の人を失ったシルヴィアの恋敵で、その舞台にさえ立たせてもらえなかった彼女。
前世では婚約者候補から外れてしまった……クリスティーナ・オースティン侯爵令嬢が、今世ではユリウス王太子殿下の婚約者となっていたのだ。

————そう。
婚約者がいるのに。
カイトはカレンと違い、男なのに。
それでも心惹かれてしまうのか。
救世の巫子という、存在に。

僕は、知らずにギュッと拳を握りしめていた。

「あ、あの……シリル?」

恐らく、かなり厳しい顔つきをしてしまっていたのだろう。
カイトは怯える様な声で、僕の顔を伺ってきた。

「……何。」
「その、今の話は内緒にして。お願い。俺の勘違いだとは思うし。……クリスちゃんにも知られたくないし。」

しょんぼりとそう語るカイトに、僕は常日頃から思っていた事をぶちまけてやった。

「……救世の巫子とは言え、高貴な令嬢の名を親し気に略して口にするなんて。本来なら、それだけで仲を疑われたり、不敬だと罰を受けたりするんだぞ?こんな事が許されるのは、本当に、お前が神の如く存在だからだ。それなのに、『俺だってただの人間なんだよ』だなんて、ムシが良すぎるだろう。」

怒る、よりも呆れた口調でそう話す僕に、しまった、また泣かせてしまうかと内心焦りかけたが、カイトはと言えば、ポカンとした顔をした。

「……え?でも、クラスメイトじゃん。その程度仲良くするのもいけないの?」
「男同士なら、まだともかく。貴族の令嬢だぞ。そんな気安く接して良い訳がないだろう。」

何を当たり前のことを…と呆れていると、カイトは衝撃を受けた顔をしていた。

「えぇぇ?!なら言ってよ!もっと早く教えて欲しかった!!……知らなかったんだよ、俺!…だって、早く皆と仲良くなりたくて……必死に笑って馴染もうとしたのに…」

なんて事だ……ただの礼儀知らずの馬鹿じゃないか…。と、カイトは頭を抱えて項垂れた。

「王宮で…誰か教えてくれなかったのか…王太子とか。」
「教えてくれてたら、あんな真似するかよ!『カイトの思うままに過ごしてくれたら。居てくれるだけで良いんだ。それだけで皆の励みになるんだよ。』って微笑んでるだけで…」
「……あぁ、成程?救世の巫子のご機嫌を損ねたくなかったのと、この国を見捨てて何処にもいかないで欲しかったから、お前に都合の良い様にしか言わなかったんだな。」

成程、と合点がいった。
彼がこの学院に転入して来て初っ端から、令嬢の事は○○ちゃんと呼ぶわ、僕の事もいきなり名前呼びされるわで、いくら元平民でも、なんて怖いもの知らずで無礼な奴だと思っていたが。

……そもそも知らされていなかったのか。
好きにして良いと言われたから、本当にただそうしていただけだった。
きっと、アレが元の世界での彼の普通だったのだろう。
なら、今のこの世界はかなり元の所とは違うのだろうな。

「俺、前にも言ったけど、元の世界では……こんな不思議な力なんて、本当になかった。本当にただの平民の男子学生だったんだよ。友達と遊んだり、馬鹿やったり…。それなのに急にこの世界に来て。皆に頼られるのは嬉しいんだ。こんな俺でも必要としてくれるならって。異世界人のこんな俺でも受け入れてくれるなら、俺だって全力で答えたい。皆の喜ぶ顔が見たいよ。……でも、俺の無知の所為で、皆に無礼を働いてたなんて……。」

ぐっと押し黙るカイトに、それまで何度かその背を撫でてやっていた僕は、今度は彼の震える肩を力強く掴んだ。

「わざとやってたんじゃなくて、知らなかったんだろう?なら仕方ないじゃないか。大体、いくらお前の機嫌を取りたいからって、最低限の常識も教えてやらなかった王太子達にも問題がある。礼儀というのは円滑に人間関係を進めていく上で必要だったから生まれたものだ。あまりにそれにこだわり過ぎると肩身の狭い事になってしまうが、多少は必要な事だ。その上でお前の意思に任せれば良かったものを……。だから、落ち込まなくていい。」

「……ありがと、クレイン公子様。」
「……いや、もうシリルでいい。慣れた。今更お前にそんな風に言われると、なんか気持ち悪い。」
「えぇぇ…。でも、それは俺も思った!…ありがとな!シリル。」

最後はニカッと子供っぽい笑みを見せて、カイトは立ち上がった。
そして、手を伸ばされる。
僕は少し逡巡したが、それでもおずおずとその手を掴むと、思いの外強く引っ張り上げられてよろけそうになった。

「おいっ!さっきも思ったが、お前、力強すぎるんだよ。もう少し加減出来ないのか。」
「出来ない!」
「おい!」
「アハハッ」

カイトの朗らかな笑い声が、この無人の教室に響き渡った。
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