白家の冷酷若様に転生してしまった

夜乃すてら

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4幕 家守の鏡

9 家守様

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「ああっ、お嬢様!」

 碧玉が母屋に近づくと、女が声を上げるのが聞こえた。
 母屋の入り口の前には篝火が焚かれ、傍に槍を持った衛士が二人立っている。そのうちの一人と話していたようで、女は今にも泣きだしそうな顔で走り寄ってきた。碧玉が如花を地面へ下ろすと、女は地面にしゃがんで如花を抱きしめる。それから、すぐに如花の様子を確認した。

「お嬢様、いったいどちらに行っておられたのですか。お休みになったはずなのに、様子見に戻ったらいないんですもの! エンは心の臓が止まるかと思いました!」
「ごめんなさい、燕。如花は眠くなかったの」

 燕という名らしき女が泣いているので、如花は気まずそうに正直に告げた。燕がこちらに気づかないので、碧玉はわざとらしく咳払いをして注意を引く。

「そちらの姫君は、兄君を見かけて追いかけ、迷子になったようだ。客堂のあたりで泣いていたので、連れてまいった」
「ああ、確か白家のほうのお客様ですね。わたくしは乳母の燕と申します。如花様を送り届けてくださり、誠に感謝申し上げます。宴席のほうへご案内いたしましょうか」
「不要だ。旅の疲れで食欲がないため、白宗主に願い出て、宴席を欠席したのだ。今更参加しては、あちらの面目が立たないだろう? お前もわざわざ姫君から目を離した罰を受けることもない」

 宴で気分よく過ごしているところに、水を差すようなものだ。如花が止めるだろうが、桃家の主人は客の目がある手前、この使用人を罰するしかなくなる。

「ご配慮いただき、ご寛恕かんじょ痛み入ります」
「姫君も疲れているだろうから、部屋に帰りなさい」

 面倒事に巻き込まれるのはうんざりなので、碧玉は気遣いのできる客の顔を作って、そう言った。

「それでは姫君、これで失礼を……」
「だめ!」
「……なんだと?」

 退散しようとしたら、如花に止められた。

「家守様について教えるって言ったでしょ!」

 如花は腰に手を当てて、眉を吊り上げて怒る仕草をした。

「子どもは眠る時間だろう。また明日」
「だーめー!」

 あろうことか、如花は碧玉の右足にしがみついてわめいた。

「お、お嬢様!」

 燕が止めようとするが如花は聞かず、衛兵も諭そうとしたが、如花は頑として頷かない。
 石のように動かない幼女を見下ろし、碧玉は天を仰ぐ。

「姫君、どうして私をその家守様とやらに紹介したがるのだ?」
「だって、なんだか家守様と雰囲気が似てるんだもの」

 たったそれだけでこんなに引き止められているのかと思うと、頭痛がする。碧玉は衛兵に問う。

「……失礼だが、私が母屋に入り、その家守様というのにお会いするのは問題ないのか」
「家守様というのは、白明鏡のことですよ。白家からいらっしゃったお客人なのですから、雰囲気が似ているというのも頷けますね。では、私が同行します。如花様、もし宗主様に見とがめられましたら、かばってくださいよ?」
「うん!」

 衛兵の頼みに、如花は元気な返事をした。
 その場に灰炎と雪瑛を残し、碧玉は母屋に入ることになった。如花は急に元気を取り戻し、ぱたぱたと小走りになって、燕に止められる。碧玉の後ろで、衛士が苦笑した。碧玉は衛兵に問う。

「姫君は体が弱いのでは? 放っていて構わぬのか?」
「そうですね、寝込みがちなので、屋敷の者達も心配しております。しかし、以前は兄君の顔色を窺って大人しく過ごしておいででしたから、こんなふうに我がままを言ってくださるのはうれしいのですよ」

 衛兵はしみじみとした口調で言った。

「では、噂通り、安殿は優しくなったと?」
「ええ。以前は……いえ、なんでもございません。お客人に話すことでもありませんね」

 衛士は言葉をのみこんだ。
 母屋の外廊下を進んでいくにつれ、霊力が強くなってきた。

「こっちだよ」

 如花に促され、その部屋に入る。そこには祭壇が作られ、一枚の銅鏡が飾られていた。

(これが白明鏡……)

 銅鏡は作り立てならば、まるで黄金で作られた鏡のように見える。手入れがいいのか、法具だからなのか、白明鏡はまるで昨日作られたばかりみたいに、美しい姿を保っていた。

「家守様、こんばんは。今日は、白家のお客様を連れてきたよ! あなたと雰囲気がそっくりだよね。うーんと、そうだね。冬の澄んだ空気と冷たさを感じるよ。それから、あなたと同じで、周りを守ってくれる人だと思う」

 如花は鏡にあいさつして、話しかけた。碧玉はその言葉に少し驚いた。如花の人を見る目が優れていたからだ。
 冷たいについては、如花でなくても誰でも感じるだろうが、後半は違う。隠居している身ではあるが、白家の前宗主として白領を守っている。そのことを教えてもいないのに、如花は感じとったらしい。
 如花が誇らしげにこちらを見上げたので、碧玉は拱手をして白明鏡にあいさつをした。

「白家から参りました、銀嶺と申します。先祖がもたらした宝物に、こうして相まみえることができて光栄です」

 そして、碧玉はまじまじと白明鏡を観察する。なんて優れた法具だろうかと見とれていると、鏡に人影が映った気がした。

「ん?」

 思わず、碧玉は後ろを振り返る。不思議そうな顔をする衛士と目があっただけだった。

「どうされました?」
「いや、気のせいだろう」

 首を傾げつつ、碧玉は如花に問う。

「もしや姫君は、この白明鏡と話すことができるのか?」
「家守様だよ!」
「ああ、家守様だ」
「ううん、お話はできないけど、ずっとここにいて寂しいだろうなと思って、毎日あいさつしているの。たまにキラッと光って、嬉しそうにしてくれることがあるよ」

 碧玉は燕のほうを見た。燕は気まずそうにさっと目をそらす。

(なるほど、幼子がそう思いこんでいる……と、乳母は思っているようだな)

 碧玉がそんなことを考えているとも知らず、如花はしょんぼりとうつむく。

「でもね、お兄様が優しくなった日から、光ってくれなくなっちゃったの。如花のお願いを叶えたせいで、元気がなくなっちゃったのかも」
「いや、霊力は満ち足りているから、どう見てもこの鏡は法具としての役目を全うしている」

 碧玉が感じたままを答えると、衛兵がほうと感心した声を漏らす。

「さすがは白家の方、そういったこともお分かりになるのですね。お嬢様、家守様は元気だそうですよ」

 衛兵が優しく教えると、如花は嬉しそうに目を輝かせる。

「そうなの? それじゃあ、なんでキラッて光らないんだろう?」
「寝ているだけではないか?」

 碧玉は適当に話を合わせた。
 如花はそれが納得のいく答えだったようで、うんうんと頷く。

「そっかあ、眠ってるならしかたないよね。ゆっくり休んでね! 家守様!」

 如花は少しだけ声の音量を落とし、白明鏡に笑いかけた。
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