公爵令嬢、過保護な父と毒舌な弟に結婚を妨害されています~誰かこの家の男どもを止めてください~【完】

午前3時の雨音

文字の大きさ
3 / 39

第3話『第一の刺客、侯爵令息とのお茶会』

しおりを挟む
マルセリーヌ侯爵家から正式な返事が届いた翌週、求婚候補第12号との顔合わせが決まった。
場所は、王都でも格式の高い《パラミール薔薇亭》の個室サロン。母と店側が旧知ということで、完全貸切である。

もちろん、父と弟が同行することも“当然”のごとく決定していた。

(個室という名の監視付き密室……ええ、わたくしの自由意志など最初から存在しないのですわね)

父は壁際に立ち、腕を組んで黙して待機。
弟のレオンは、卓上に資料を広げて真剣に目を通している。
私は淡いライラックのドレスに身を包み、香り高い紅茶を前に気持ちを落ち着けようと努めていた。

「お待たせいたしました。マルセリーヌ侯爵家ご嫡男、ユリウス・ド・マルセリーヌ様でございます」

扉が開き、案内の声とともに現れた彼は、たしかに“噂通り”の人物だった。

栗色の髪に淡い青灰の瞳。長身で、仕立ての良いコートを纏い、柔らかな物腰で一礼する。

「本日はお時間を頂戴し、光栄に存じます。リアーナ様、そしてご家族の皆様にも感謝を」

父は微動だにせず。
弟は書類から目を離さず、冷ややかな視線を彼に向ける。

(……これで“歓迎されている”と思ってもらえるなら、逆にすごいですわ)

「ユリウス様、どうぞおかけくださいませ」

私の言葉に、ユリウスは礼儀正しく席に着く。

「リアーナ様にお目にかかれる日を、心待ちにしておりました。あなたの噂は以前から耳にしております。“気品と知性を兼ね備えた花”と」

「まあ……ありがとうございます。でも、その“花”には棘があるとも聞き及んでいらっしゃいます?」

「もちろん。近づくには覚悟が要ると、心得ております」

口調は穏やかで、言葉選びも自然。
押しつけがましくなく、話し方にも余裕がある。
いかにも“貴族社会に鍛えられた完璧な青年”という印象だ。

けれど、あまりに整いすぎている。

会話は宮廷の情勢から始まり、すぐに魔導器の話題へと移る。

「古代文字の転写機構を改良されたとか?」

「はい。失礼ながら――こちらをご覧ください」

ユリウスは懐から小さな銀製のオーブを取り出すと、卓上に置いた。
魔石が淡く光を放ち、空中に紫がかったルーン文字列を浮かび上がらせる。

「この試作品は、魔法陣を視覚化して複製可能にするものです」

「……驚きました。これほどの小型化、わたくし初めて拝見します」

学術的な関心から、私は素直に感嘆の声を漏らした。
彼の技術は本物。会話も知的で、話題も多く、聞き手としても見事。

けれど――

(どこか、距離がある)

彼は常に完璧な“正解”を返してくる。
穏やかで、柔らかくて、上品。
でも、どれほど話しても“相手の素顔”が見えてこない。

それはまるで、磨きすぎた鏡のようだった。
触れれば指紋すら残らない、整いすぎた表面。

父が静かに口を開いた。

「ユリウス殿。以前交際のあった女性とは、すでに縁が切れているのか?」

「はい。個人的な感情より研究を優先してしまい、自然に疎遠となりました」

「未練は?」

「ございません」

「今後も同じように、結婚後の家庭より研究を優先することにはならないと断言できるか?」

「リアーナ様に関しては別です。彼女の知性と興味は、私の研究の支えにもなり得る。共に歩めると、確信しております」

──正論。文句のつけようがない。

それでも、心は動かなかった。

「学術院の資金運用は逼迫していると聞いていますが、政略婚の意図は?」

今度はレオンが問いかけた。

「研究資金のために縁組を望むことはありません。必要なら我が家の財を投じます」

即答。
声色も穏やか、笑みも自然。
なのに、レオンがぽつりと呟く。

「……姉上が、“素で笑える間合い”をくれる相手ではないですね」

「レオン?」

「彼は確かに完璧です。でも、姉上はずっと“合わせて”いただけ。楽しいでしょうけれど、それは本当の心ではありません」

私は少し黙ってから、そっと紅茶を口に運んだ。

(……正しい。でも、それだけじゃ、だめなのですわ)

ユリウスはその後も丁寧に言葉を尽くし、礼儀正しく退出していった。

残されたサロンに、静けさが戻る。

「……素敵な方ではありましたわね」

「だが、却下だ」父は断言した。

「姉上は、心が動いた様子が一度もなかった」レオンも書類に×をつける。

私は小さく笑った。

「たしかに。“跳ねる瞬間”は、一度もありませんでしたわ」

初めての対面、初めての違和感。
けれど、それは恋ではなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王太子に理不尽に婚約破棄されたので辺境を改革したら、王都に戻ってきてくれと言われました

水上
恋愛
【全18話完結】 「君は中身まで腐っている」と婚約破棄されたエリアナ。 そんな彼女は成り行きで辺境へ嫁ぐことに。 自身の知識と技術で辺境を改革するエリアナ。 そんな彼女を、白い結婚のはずなのに「膝枕は合理的だ」と甘やかす夫。 一方、エリアナを追放した王都では、彼女の不在の影響が出始めて……。

ガハハと笑う公爵令嬢は、王太子の自由を縛らない ~水戸黄門ムーブでざまぁします~

ふわふわ
恋愛
「公爵令嬢? 柄じゃねえな!」 前世の記憶が蘇った瞬間、 ウィンタースイート公爵令嬢ガラリアは“貴族らしく生きる”ことをやめた。 怒鳴る、笑う、現場に出る。 孤児院、病院、工事現場―― 権力ではなく足で歩き、不正を正す水戸黄門ムーブが彼女の日常。 その振る舞いを理由に、婚約者からはあっさり婚約破棄。 しかしガラリアは気にしない。 「オーケー、俺もそう思う」 ところがその自由さに目を留めたのは、 理解できないまま理解しようとする王太子ディーンだった。 「あなたの自由を縛るつもりはありません」 型破りな公爵令嬢と、束縛しない王太子。 静かなざまぁと、現場主義の信頼が積み重なる、 “笑っているのに強い”逆転恋愛譚。

白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活

しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。 新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。 二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。 ところが。 ◆市場に行けばついてくる ◆荷物は全部持ちたがる ◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる ◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる ……どう見ても、干渉しまくり。 「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」 「……君のことを、放っておけない」 距離はゆっくり縮まり、 優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。 そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。 “冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え―― 「二度と妻を侮辱するな」 守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、 いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

役立たずと捨て石にされたコミュ障皇女は、死地に送られ愛される

なかの豹吏
恋愛
   テオリカンの皇女、ヴァレリア。  三姉妹の末娘である彼女は社交性も乏しく、挨拶をしてもどもるばかり。  年の離れた公爵令息に言い寄られるも、それを狙う姉に邪魔だと邪険に扱われる始末。  父親から社交界では使えないと評され、ヴァレリアは十三歳にして滅亡寸前の弱小国、ドミトリノ王国へ謀略の為の『生贄』として差し出されるのであった。  そこで結婚相手となる皇子、マリウスと出会い彼と接するうちに恋心が芽ばえるヴァレリア。  だが今回の結婚の目的は、テオリカンがドミトリノ王国を奪い取る為の謀略だった。  負け戦とわかっていてもなお決起に燃えるマリウス率いるドミトリノ王国軍。  その出陣前にヴァレリアは―――。

無能な私を捨ててください!と婚約破棄を迫ったら溺愛?

萩月
恋愛
公爵令嬢のルルナには悩みがあった。それは、魔力至上主義のこの国で、成人を過ぎても一切の魔力が開花していない「無能令嬢」であること。 完璧超人の第一王子・アリスティアの婚約者として相応しくないと絶望した彼女は、彼を汚点から守るため、ある決意をする。 「そうだ、最低最悪の悪役令嬢になって、彼に愛想を尽かされて婚約破棄されよう!」

溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~

紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。 ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。 邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。 「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」 そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。

冷徹王子に捨てられた令嬢、今ではその兄王に溺愛されています

ゆっこ
恋愛
 ――「お前のような女に、俺の隣は似合わない」  その言葉を最後に、婚約者であった第二王子レオンハルト殿下は私を冷たく突き放した。  私、クラリス・エルデンは侯爵家の令嬢として、幼い頃から王子の婚約者として育てられた。  しかし、ある日突然彼は平民出の侍女に恋をしたと言い出し、私を「冷酷で打算的な女」だと罵ったのだ。  涙も出なかった。  あまりに理不尽で、あまりに一方的で、怒りも悲しみも通り越して、ただ虚しさだけが残った。

処理中です...