公爵令嬢、過保護な父と毒舌な弟に結婚を妨害されています~誰かこの家の男どもを止めてください~【完】

午前3時の雨音

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第4話『偶然?それとも、運命の悪戯ですの?』

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 「……ただいま戻りました」

屋敷の玄関扉をくぐり、息を吐く。
お茶会からの帰宅。気疲れがじわじわと押し寄せる。

ユリウス・ド・マルセリーヌ。
あまりにも完璧な彼は、私の心に“余白”すら与えてくれなかった。

(……恋って、もっと自然に始まるものではなくて?)

家族会議、求婚状の山、そして監視つきの面談。
まるで政略と品評の連続に疲れてしまった私は、そっと母に声をかける。

「少しだけ、外の空気を吸ってまいりますわ。レーナ、付き添いをお願い」

「かしこまりました、お嬢様」

付き従うのは、幼い頃からの侍女・レーナ。
彼女を連れて、私は屋敷の裏手にある温室と庭園を抜け、使用人用の搬入口へと足を運ぶ。

そこは屋敷の敷地内ながら、物資の搬入馬車が頻繁に出入りする裏門通路でもある。
普段は家族が近づくことも少ない静かな場所。

石畳の道に、午後の陽が落ちかかっていた。

「少しだけ、外に出ても?」

「門のすぐ外なら。見張りは立っていますし、問題ありませんわ」

レーナの許可を得て、私は門を出てすぐの小径へ足を踏み出す。
本当に、数歩だけ。

けれどその数歩が、何かを変える一歩になった。

「――っと、失礼……!」

声と同時に、軽い衝撃が肩に走った。

反射的に体がよろける。けれど、腕をつかまれて支えられ――

「大丈夫ですか、お嬢さん?」

男だった。
黒髪、灰色の瞳。落ち着いた雰囲気の青年で、見覚えはないが、威圧感も敵意も感じない。

「申し訳ありません、こちらこそ前を見ておらず……」

「いえ、完全に私の不注意でした」

すぐに手を離し、数歩下がって頭を下げる彼。
身なりは質素な外套、だが身のこなしには訓練された気配がある。

(……貴族ではない。でも、庶民でもない。何者かしら)

「お気をつけて。この辺りは、馬車の出入りも多いようですから」

「ええ、ありがとう……ございます」

名乗るでもなく、立ち去るでもなく、彼は一瞬だけ私の瞳をじっと見つめた。

灰色のその双眸には、静かな理性と、淡い情のようなものが宿っていた。
まるで、言葉でなく心の奥を探られるような、不思議な視線。

「お嬢様!」
レーナが小走りに駆け寄ってきた。

男は軽く会釈をして、何も言わずに立ち去った。
私はその背を、しばらく見送っていた。

「大丈夫ですか? お怪我などは……」

「ええ。ぶつかっただけ。問題ないわ」

本当に、ただそれだけの出来事。
けれど、心にほんの小さな波紋を残していた。

(……妙に気になる。なぜかしら)


---

その夜、父と弟が揃って部屋に現れた。

「明日、次の候補者との面会日が決まった」

「今回は王家縁者です。事前準備をお願いします、姉上」

「……はいはい」

気力の残量がほとんどないのは、きっと気のせいではない。

けれど今日だけは――
ほんの数秒、偶然ぶつかった“誰か”のことを、思い出しても許される気がした。
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