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第5話『母、静かに爆発する』
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翌朝。
いつものように、家族揃っての朝食。
けれど私はパンをちぎる手を、何度も止めていた。
昨日のお茶会の疲れが抜けていないのか、それとも――あの、ほんの一瞬の“出会い”が、まだ胸の奥で小さく波紋を立てているせいか。
「王家縁者の件だが、面談は今週末に決まったそうだ」
父が、綴じられた革装の資料に目を落としながらそう言った。
その表紙には、“リアーナ婚姻候補者一覧”と金文字で書かれている。
まさか本当に専用の冊子があるとは思わなかった。
「直近5年の公的記録、爵位継承順位、家族構成と資産状況を調べ上げました」
弟レオンが隣で補足するように言い、ページを捲った。
「問題は実母の系統が王宮外戚と近すぎる点ですが、功績評価は高く、本人の人格評も概ね良好です」
私はパンに手を伸ばしながら、こっそりため息を吐いた。
(どうして朝から“結婚相手の経歴レビュー”を聞かされるのかしら)
そんな空気の中、静かに母がサロンに姿を現した。
「おはようございます、皆さん」
母は淡い藤色のドレスをまとい、優雅な足取りで席に着いた。
その立ち姿は変わらず気品に満ちていて、かつて“悪役令嬢”と呼ばれた面影を微塵も損なっていない。
「セシル? それ、また“婚姻調査記録”なの?」
「当然だろう。娘の未来がかかっている」
父は少しも悪びれることなく返した。
「現在、候補者は13名。姉上の年齢と家格を考慮すると、この1年が選定の分水嶺と考えられます」
レオンが静かに言う。
いつの間にか彼の手元には、候補者比較の一覧表まで並べられていた。
私は思わず口を挟んだ。
「……もう少し、普通の話題はないのかしら?」
「朝の情報共有は、何よりも大切です」
「安心しろ、今日の午後には次の家柄評価が届く」
「……はあ」
その時、母が小さくティースプーンを置いた音が響いた。
「あなたたちね……」
その声は、驚くほど穏やかだった。
でも、空気が――ひやり、と変わった。
父が顔を上げる。レオンもぴたりと動きを止めた。
「クラリス?」
「リアーナの人生を“守る”つもりで、“奪って”いることに気づいてる?」
ピシャリと落ちたその言葉に、場が凍りついた。
「たしかに娘の将来は心配よ。けれど、その心配を盾にして“自由に選ぶ権利”まで奪うのは、親のすることじゃないわ」
父がやや口を開いたが、言葉が出ない。
「わたくし、反対はしていないの。むしろ、あなたたちがリアーナを大切に思ってくれていることは、とても嬉しいわ」
母はふんわりと笑った。けれど、その目は一切笑っていない。
「ただね。あなたたち――セシルも、レオンも。“リアーナはこうであるべき”という理想像を押しつけてないかしら?
“選ばせている”つもりで、実際は“選ばせていない”状態になってるのよ」
「……クラリス」
父が低く唸るように名前を呼んだ。
「彼女は18歳。自分で好きになること、自分で誰かを拒むこと、時には傷つくことだって、全部――人生よ」
その言葉が、私の胸に静かに落ちてくる。
「間違ってもいいの。恋なんて、誰だって一度や二度は間違える。
でも、それすら“させてもらえない”環境で、どうやって本当の気持ちを育てろと言うの?」
レオンが、ゆっくりと手元の資料に目を落とした。
「……母様の仰ることは、もっともです。僕は……姉上に“安全な道”しか見せていなかったかもしれません」
父は息を吐き、手の中の資料をそっと閉じた。
「リアーナ」
「……はい」
「俺は、お前を大切に思っている。その気持ちは本当だ。
だが……もしかしたら、大切にするやり方を、少し間違えていたのかもしれない」
私は微笑んだ。
「そのお気持ちは、ちゃんと伝わっていましたわ、父様。
でも、ありがとうございます。母様も」
「ううん。あなたが一番大変なのよ。頑張って、恋をしなさいな」
母は、そう言って静かにカップを傾けた。
それを見ていた私は、手元の紅茶をひと口。……今朝はなんだか、ほんの少しだけ甘く感じた。
いつものように、家族揃っての朝食。
けれど私はパンをちぎる手を、何度も止めていた。
昨日のお茶会の疲れが抜けていないのか、それとも――あの、ほんの一瞬の“出会い”が、まだ胸の奥で小さく波紋を立てているせいか。
「王家縁者の件だが、面談は今週末に決まったそうだ」
父が、綴じられた革装の資料に目を落としながらそう言った。
その表紙には、“リアーナ婚姻候補者一覧”と金文字で書かれている。
まさか本当に専用の冊子があるとは思わなかった。
「直近5年の公的記録、爵位継承順位、家族構成と資産状況を調べ上げました」
弟レオンが隣で補足するように言い、ページを捲った。
「問題は実母の系統が王宮外戚と近すぎる点ですが、功績評価は高く、本人の人格評も概ね良好です」
私はパンに手を伸ばしながら、こっそりため息を吐いた。
(どうして朝から“結婚相手の経歴レビュー”を聞かされるのかしら)
そんな空気の中、静かに母がサロンに姿を現した。
「おはようございます、皆さん」
母は淡い藤色のドレスをまとい、優雅な足取りで席に着いた。
その立ち姿は変わらず気品に満ちていて、かつて“悪役令嬢”と呼ばれた面影を微塵も損なっていない。
「セシル? それ、また“婚姻調査記録”なの?」
「当然だろう。娘の未来がかかっている」
父は少しも悪びれることなく返した。
「現在、候補者は13名。姉上の年齢と家格を考慮すると、この1年が選定の分水嶺と考えられます」
レオンが静かに言う。
いつの間にか彼の手元には、候補者比較の一覧表まで並べられていた。
私は思わず口を挟んだ。
「……もう少し、普通の話題はないのかしら?」
「朝の情報共有は、何よりも大切です」
「安心しろ、今日の午後には次の家柄評価が届く」
「……はあ」
その時、母が小さくティースプーンを置いた音が響いた。
「あなたたちね……」
その声は、驚くほど穏やかだった。
でも、空気が――ひやり、と変わった。
父が顔を上げる。レオンもぴたりと動きを止めた。
「クラリス?」
「リアーナの人生を“守る”つもりで、“奪って”いることに気づいてる?」
ピシャリと落ちたその言葉に、場が凍りついた。
「たしかに娘の将来は心配よ。けれど、その心配を盾にして“自由に選ぶ権利”まで奪うのは、親のすることじゃないわ」
父がやや口を開いたが、言葉が出ない。
「わたくし、反対はしていないの。むしろ、あなたたちがリアーナを大切に思ってくれていることは、とても嬉しいわ」
母はふんわりと笑った。けれど、その目は一切笑っていない。
「ただね。あなたたち――セシルも、レオンも。“リアーナはこうであるべき”という理想像を押しつけてないかしら?
“選ばせている”つもりで、実際は“選ばせていない”状態になってるのよ」
「……クラリス」
父が低く唸るように名前を呼んだ。
「彼女は18歳。自分で好きになること、自分で誰かを拒むこと、時には傷つくことだって、全部――人生よ」
その言葉が、私の胸に静かに落ちてくる。
「間違ってもいいの。恋なんて、誰だって一度や二度は間違える。
でも、それすら“させてもらえない”環境で、どうやって本当の気持ちを育てろと言うの?」
レオンが、ゆっくりと手元の資料に目を落とした。
「……母様の仰ることは、もっともです。僕は……姉上に“安全な道”しか見せていなかったかもしれません」
父は息を吐き、手の中の資料をそっと閉じた。
「リアーナ」
「……はい」
「俺は、お前を大切に思っている。その気持ちは本当だ。
だが……もしかしたら、大切にするやり方を、少し間違えていたのかもしれない」
私は微笑んだ。
「そのお気持ちは、ちゃんと伝わっていましたわ、父様。
でも、ありがとうございます。母様も」
「ううん。あなたが一番大変なのよ。頑張って、恋をしなさいな」
母は、そう言って静かにカップを傾けた。
それを見ていた私は、手元の紅茶をひと口。……今朝はなんだか、ほんの少しだけ甘く感じた。
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