公爵令嬢、過保護な父と毒舌な弟に結婚を妨害されています~誰かこの家の男どもを止めてください~【完】

午前3時の雨音

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第6話『本命(かもしれない)彼との再会』

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王家縁者との面談は、延期になった。

理由は「急用につき日程再調整」。
内容が具体的でないところを見るに、おそらく王宮内の政治的な都合か、あるいはこちらの家格を巡る思惑か――どちらにせよ、私個人の感情が関わる余地はないらしい。

父と弟は、すでに次の候補者選定に着手している。
次々と現れては消える求婚候補者たち。その背後にある駆け引きや期待に、私は少し疲れていた。

(……少しくらい、自分の時間を過ごしても、罰は当たりませんわよね)

そう思い、午後のうちに王都の図書院へ向かうことにした。
公務を伴う用件――とまではいかないが、貸出文献の返却も兼ねており、特に問題はない。
護衛と侍女を伴って馬車に揺られ、貴族街の一角にあるその古い石造りの建物へ足を運ぶ。

王立図書院。
そこは貴族も庶民も利用できる公的な施設でありながら、魔導器や古代文字の文献も多く取り揃えている。
私は幼い頃から、この静かな場所が好きだった。

館内はしんと静まり返り、魔法灯の柔らかな光が棚の間を照らしている。
閲覧席の窓辺に腰を下ろし、私は魔導器構造論の一冊を開いた。

(……落ち着く)

最近は、求婚だの家柄だのと騒がしい日々が続いていたからこそ、この静寂がありがたかった。

しばらくページをめくっていたそのとき――背後から、誰かが本を探す気配がした。
それは特別大きな物音ではなかったけれど、不思議と気になって、私はそっと視線を上げた。

そして、目が合った。

「……!」

灰色の瞳。
数日前、屋敷の裏手で偶然ぶつかった、あの青年だった。

彼も驚いたように、ほんの一瞬、目を見開いた。
だがすぐに穏やかな笑みを浮かべ、静かに一礼する。

「……お会いするのは、二度目ですね」

「ええ。まさか、こんな場所で再会するとは思いませんでしたわ」

言葉が自然に出た。
驚きはあったけれど、なぜか緊張はなかった。

彼は手にしていた本を胸に抱え、私の隣の席を軽く指差す。

「お隣、失礼しても?」
「どうぞ。騒がしいのは嫌いじゃないけれど、静かな読書は歓迎です」

そう言って私が微笑むと、彼も小さく笑って席に着いた。

彼の開いた本――それは、魔導器の基礎構造論。
私が読んでいた文献と、分野がまったく同じだった。

「魔導器にご関心があるのですか?」
「ええ、少しばかり。仕事で関わっているもので」

「研究職の方かと?」

「そうとも言えますし、そうでないとも。専門職というより、“国の中身”に興味があるとでも言いましょうか」

言い回しは柔らかいのに、言葉の奥に、何かがある。
私の好奇心が刺激されて、つい、尋ねてしまう。

「失礼ですが……お名前を伺っても?」
「リセル・エルヴァンと申します。正式な肩書きはございませんが、研究の補佐などをしております」

「私はリアーナ・フォン・グランツレーヴと申します」

名乗った瞬間、彼のまなざしが少しだけ深くなった気がした。

「……それは、恐れ多いお名前ですね。公爵令嬢ご本人とは」

「あら。ご存知でしたの?」

「噂程度には。けれど、今こうしてお会いしてみて……噂とは随分、印象が異なる」

「よく言われます。“高慢で気取った悪役令嬢の娘”と」

「いえ。むしろ静かで、理性的で、少し……不器用な方に見える」

「……不器用?」

「本当に興味のあることだけに集中して、外からはそれが誤解されやすい――そんな印象です」

(……わたくしのことを、ここまで自然に“見てくれる人”がいるなんて)

その時、扉の向こうで、控えていたミーナが顔を覗かせた。

「お嬢様、まもなくお時間です」

「あら。そんなに経っていましたのね」

リセルも立ち上がる。
そして、ふと私の目を見つめながら言った。

「貴女のような方が、“自分の意思で誰かを選ぶ自由”を持てる国でありますように」

それは、どこか祈るような言い方だった。

「ありがとうございます。……リセル様」

図書院の廊下を歩く足音が、静かに並んで響く。
会話は多くなかったはずなのに、なぜだろう。
心が、すこしずつほどけていくような、そんな感覚だった。

(……あの方が、本命かもしれない)

まだ何も始まっていない。
けれど、始まってしまったような気がしていた。
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