公爵令嬢、過保護な父と毒舌な弟に結婚を妨害されています~誰かこの家の男どもを止めてください~【完】

午前3時の雨音

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第14話『王宮社交界、はじめての洗礼』

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アルヴェルト王国最大の社交舞踏会――《暁星の夜会》。

新年を迎えるこの舞踏会は、王族の婚約や重要な発表が行われる“象徴的な舞台”とされており、
今年はとくに注目されていた。

理由はひとつ。
第二王子リセルの帰還、そして――

「婚約者、リアーナ嬢が正式に姿を現す」からだ。


---

夜会の開幕を告げる鐘が鳴り、貴族たちの装いが会場に華やかな波を描く。

リアーナは、リセルに手を引かれながら入場した。
ドレスは深い濃藍を基調に、裾から広がる銀糸と淡灰色のグラデーション。
髪にはリセルの家紋を象った繊細な銀飾りが揺れる。
まるで――リセルの瞳と髪を纏うように。

対するリセルも、白を基調とした正装の中に、リアーナのドレスと同じ濃藍のタイと袖飾りを忍ばせている。

ふたりの装いは静かに共鳴し合い、視線を集めていた。

(……さあ、“選ばれた令嬢”としての初舞台ですわ)

王宮の人々がこちらに視線を向ける。
疑い、羨望、探るような視線――それらを、リアーナはひとつ残らず“見据えて”歩いた。

「……緊張していますか?」

リセルの囁きに、リアーナは首を小さく振った。

「ええ。でも……母に教えられましたの。“緊張しているときこそ、背筋を伸ばしなさい”って」

「クラリス様、偉大ですね……」

「ええ。“微笑んで敵を黙らせろ”が家訓ですの」

リセルが噴き出しそうになるのを、ぐっと堪えていた。


---

ダンスの曲が途切れ、貴族たちの歓談が始まった頃。
リアーナの前に、ひとりの女性が現れた。

緋のドレス、完璧に整えられたブロンドの髪、琥珀の瞳。
その存在感だけで、会場の空気がわずかに張り詰める。

「ごきげんよう、リアーナ様。ようやくお会いできましたわね」

その女性――ミリア・ロヴァンティーヌは、かつて“リセルの婚約者候補”として名が挙がっていた、貴族中の貴族だった。

「こちらこそ、お会いできて光栄ですわ、ミリア様。
ご紹介は受けておりました。“一度選ばれた女”として」

「まあ……厳しい物言い。
けれど、わたくしが去った席を、貴女が“埋めた”とは、まだ誰も言っていないのではなくて?」

「“空いていた席”には、時に埃が溜まるものですわ。
拭き取って磨いたら、案外、座り心地も悪くありませんの」

リアーナの言葉に、近くで会話を聞いていた貴婦人のひとりが、小さく口元を押さえる。

ミリアは笑ったまま、さらに一歩、近づく。

「異国から来た令嬢が、この国の空気にどこまで耐えられるのか、楽しみでなりませんわ。
“王妃”の器とは、耐久力も求められますもの」

「耐えるだけの器では、中身が腐ってしまいますわ。
わたくし、耐えるより、育てる方が得意ですのよ。空気も、国も、関係も」

「……ご立派なお考え」

「ええ。わたくし、“選ばれた令嬢”ではありませんから。
“選んで来た女”は、黙って座るだけの器にはなりませんの」

その言葉に、ミリアの微笑が、明らかに揺らいだ。

だが、次の瞬間。

「リアーナ嬢。少し、踊っていただけますか?」

声をかけてきたのは、王弟・ジークフリートだった。

緋色の装いに癖のある黒髪、涼やかな眼差し。
リセルの異母兄であり、芸術と音楽を好む、社交界でも一目置かれる人物。

彼は第一王妃の子ではなく、王位継承権も“形式上の第二位”に過ぎない。
本人もまた、政治に関わる意志はなく、王族でありながら“中立の観察者”として振る舞っていた。

「私が、弟の“見る目”を試したいだけです。踊りながら――少し、話しましょう」

リアーナは一礼し、軽やかにドレスの裾を持ち上げる。

「喜んで。……けれどご注意くださいませ。
わたくし、笑顔で踊っても、足元は踏み外しませんの」

音楽が流れる。

会場が静まり、王弟と“王子の婚約者”がフロアを舞う。

ジークの手がリアーナの腰に添えられ、リズムを取る間に、彼がそっと囁いた。

「……正直に言って、君がここまでやるとは思わなかった」

「“やる”つもりで来ましたの。
王子の隣に立つには、ドレスと微笑みだけでは足りませんもの」

「王妃とは、愛されるだけでは務まらない。それを分かっている女性は――実は珍しい」

「……選ぶことの意味と、選ばれる責任は、母から学びました」

ジークは口元だけで笑った。

「……ラクリエル公爵夫人、クラリスの娘、か。
なるほど――君なら、“本物”かもしれないな」

ダンスが終わると、周囲には確かな静寂と、わずかな驚きが漂っていた。

リアーナは、静かに会釈してフロアを離れる。


---

その夜、寝室。

リセルが紅茶を差し出しながら、彼女に尋ねた。

「……あのダンス、兄と踊っていたとは思えないくらい、見事だったよ」

「思ったよりも“穏やかな観察者”でしたわ。
でも……鋭かったです。あれは、わたくしの“答え”を探していました」

「君の答えは?」

リアーナは、ゆっくりとカップを傾けた。

「“わたくしは選ばれるだけの存在ではありません”
それが今日の、一番大事な言葉でしたわ」

リセルは、その瞳に深く感謝と敬意を込めて言った。

「君は僕の誇りだよ」

リアーナは微笑む。

「まだ、ほんの始まりですわ。
でも、この国で“リアーナ”という名を確かに刻んでいくために――わたくし、前に進みます」
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